SWEET VACANCES
「ねーねー、ナルト、これとこれ、どっちがいいと思う?」
「えっと・・・・、その、どっちも、いいと思うけど・・・あの」
大胆なビキニと、フリルのついたワンピース、サクラは両方の水着をナルトの目の前に翳したが、彼の返答は全く要領を得ない。
「何よ、はっきりしなさいよー。男らしくないわね」
サクラはぷんぷんと怒っていたが、サクラに恋する男だからこそ迷ってしまうのだ。
当然のことながら、普段は隠れている部分のサクラの肌は是非とも見てみたい。
海で遊ぶのがナルトとサクラの二人きりならば間違いなくビキニを選んでいたはずだ。
しかし、現実には浜辺にナルト以外の男が山ほど集まっているのだから、大人しいワンピースの方を薦めたいような心境になってしまう。
「ナルトくん、どうですか、似合いますか?」
肩を叩かれて振り返ると、リーがストライプ模様の水着を着て歯を光らせていた。
いや、水着というより彼が普段来ている全身タイツに近いかもしれない。
「ゲジマユ・・・・それ、暑くないのかよ。もっといろいろあるけど」
「これが一番落ち着くんですよー」
「ああ、そう」
ナルトの水着は店に入って3分で決まったために、あとはサクラだけだ。
「あれ、サクラちゃん?」
きょろきょろと周囲を見回したナルトは、すぐ隣りにあった試着室のカーテンが開く音に反応して首を動かす。
そこにいたのは先程ナルトが選ぶのを躊躇したビキニの水着を着たサクラで、ナルトは目と口を大きく開けたまま硬直した。「じゃーん、どう!?」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・・・な、何よ、そんなに変?」
いつまで待ってもナルトとその後ろにいるリーは無言のままで、サクラは不安げに自分の水着に視線を落とした。
全くその逆で、サクラに見とれていたために声が出なかったのだが、どうも上手く呂律が回らない。
「あ、あの、凄く似合ってるってばよ」
「素敵です、サクラさん!」
頭をかいたナルトと涙を流して感動するリーの言葉に、サクラは明るい微笑みを浮かべた。
ナルトが「しまった」と思ったときはもう遅かった。
「じゃあ、この水着にするわねv」
波打ち際で戯れるビキニ姿のサクラは見たいけれど、他の男には見せたくない。
壮大なジレンマと闘うナルトだったが、前者の思いの方が強かったためか、サクラの決断に口を挟むことは出来なかった。
今現在、みかづき島はシャバダバの圧力により閉じこもっていた国民達が活動を再開したため、観光客が数多く訪れ、元の賑わいを取り戻しつつある。
リーは水着を購入したあともスポーツ用品店に留まったため、ナルトとサクラは二人で店を出た。
途中、通りで出くわしたサーカスの団長とナルトが話し込み、サクラはその間少し土産物の店などを見て回ったのだが、ろくに品物を選べずナルトのところに舞い戻る。
何故か行く先々で同じ年頃の少年達のグループに声をかけられるため、彼らの誘いを断るだけで手一杯だ。「連れがいますから!」
後ろから体当たりされたナルトが驚いて振り向くと、サクラがしつこく食い下がる少年を上目遣いに睨んでいた。
サクラならば民間人の少年を投げ飛ばすなどわけないのだが、なるべく騒ぎを起こさないようカカシに注意されているため我慢しているらしい。
舌打ちして去っていく少年が遠ざかると、サクラはようやくナルトから体を離す。
「何だか変な人達が多いわねー。もしかして、この辺ってナンパのメッカなのかしら・・・」
不満げにこぼすサクラを横目にナルトは思わず苦笑する。
確かに新たな出会いを期待した若者達は多くいるが、サクラは自分に彼らを惹き付けるだけの魅力があると分かっていないらしい。
アカデミーのときからナルトは彼女に夢中だが、サクラは年を重ねるごとにどんどん綺麗になっていくようだ。「あ、そうそう朝ミチルさんが私の部屋に来たのよ」
「えっ!」
サーカスの団長に手を振って別れたあと、何気なく呟いたサクラにナルトは思わず声をあげた。
「な、何で!」
「王家の人だけが使えるプライベートビーチに一緒に行かないかって誘われたの。明日は仕事がお休みの日なんですって」
「それでサクラちゃん、どうしたの!?」
「OKしたわよ、もちろん。有り難い申し出じゃない。人気のリゾート地だから海だって混んでるだろうし」
愕然としたナルトだったが、サクラは微笑みを浮かべたまま話し続ける。
「それで、私がナルトやリーさんに伝えるから、ミチルさんはヒカルくんを連れてきてくださいねって言ったの。何だか変な顔してたけど、お腹の調子でも悪かったのかしらね?」
「へぇ・・・」
それはたぶんサクラと二人きりで行こうと思っていたからだろう。
心配するまでもなく、サクラの鈍さは筋金入りのようだ。
胸をなで下ろすナルトは、ミチルが次にサクラにちょっかい出せば別居中の妻であるアマヨに密告しようと固く心に誓った。
二人が公園の脇を通るとからくり時計が3時を告げ、中から出てきた人形の音楽隊が「おもちゃのチャチャ」を演奏し始める。
ナルトの記憶が確かなら、カカシに懇願され、毎日サクラが病院に通っている時間だ。
「今日はカカシ先生のところに行かないの?」
「いいわよ、一日くらいお見舞いに行かなくなって、死にはしないわ。どうせ「スイカが食べたい」とか「背中をさすって欲しい」とか「口移しで食べさせて」とか我が儘放題なんだから」
「く、口移しーー!!?」
「やってないわよ、そんなこと」
くすくすと笑ったサクラは、辻売りから買った花の一つをナルトの耳の上に挿した。
金糸のような髪に鮮やかな色の赤い花が映えて、サクラは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「さ、サクラちゃん・・・・」
「うん、可愛いv」
「・・・・」
満面の笑顔を向けられると、ナルトは耳元に伸ばしかけた手を下げてそのまま口をつぐんでしまう。
ナルトにとって、微笑みはサクラの最強の武器だ。
気持ちが高揚するのと同時に、何でもしてあげたくなって、何でも許してあげたくなる。
他の誰にも同じような気持ちになったことはない。
サクラは自分にとってかけがえのない存在なのだと再認識したそのとき、彼女の顔からふいに笑みが消えた。
「帰ってきてね」
「えっ・・・」
あまりに唐突で、ナルトは一瞬何を言われたのか分からなかった。
彼に合わせて歩みを止めたサクラは、目を瞬かせるナルトを真っ直ぐに見つめる。
「ナルトは、ちゃんと帰ってきてね」
強い口調で繰り返したサクラに、ナルトは声を詰まらせる。
サクラはおそらく、この任務が終わって、ナルトが自来也と共に旅立ったあとのことを言っているのだ。
今の7班は正規のメンバーではない。
そしてナルトがいなくなれば、7班のスリーマンセルは木ノ葉隠れにサクラ一人だけになってしまう。「俺もサスケも、帰るのはサクラちゃんのところしかないよ」
サクラの瞳を見つめ返しながら、口を衝いて出たのはナルトの心からの本音だった。
家族のいないナルトには、7班が一番の強い絆で、支えとなる大切なものだ。
また、サスケにとってもそうであると、ナルトは固く信じている。
「俺、絶対強くなって戻ってくるから。サクラちゃんのこともサスケのことも、みんなみんな守れるように。だから待っていて」
「ナルト・・・」
瞳を潤ませるサクラにナルトは笑顔で応える。
ナルトにしても生まれ育った里を離れる寂しさを感じていたが、これが永遠の別れではない。
サスケやサクラと、また一緒に歩むための修行の旅だ。
「帰ってきたら、またみんなでみかづき島に来ようよ。今度はサスケも一緒にさ。ねっ」
「・・・・うん」
翌日、サクラやリー達とツキ王家のビーチに向かったナルトは、この世の天国を味わっていた。
紫外線を気にするサクラにコパトーンを渡され、彼女の背中に日焼け止めクリームを塗る任務を承ったからだ。
「ちゃんとまんべんなく塗ってよー」
「分かってるってばよ」
腕にクリームを塗り込むサクラに、ナルトは感動の涙を流しながら答える。
普段は少し馴れ馴れしくしただけで拳が飛んでくるのだが、今はクリームを塗るためとはいえサクラの肌に直に触れているのだ。
バーベキューの準備をするリーやミチルが羨ましそうに見ていても役目を変わる気は毛頭無い。
「あ、そうそう。ナルト、何か欲しいものあったら今のうちに言ってね。餞別に買ってあげるから」
「いや・・・・、もう十分もらってます」
あとがき??
そういえば、映画はこれで第一部完なんだなぁと思ってこんな話に・・・。
湿っぽくてすみません。
ナルトがサスケにあれほどこだわるのは、友情の他に「サスケのことを好きなサクラを悲しませたくないから」という理由も混じっているといいと思います。
サクラにとっては、すでにナルト>サスケになっているっぽいけれど、ナルトは自覚無し。鈍いのはどっちだ。