二つの顔


志半ばで命を失った忍び達。
その魂を鎮めるための祭りは、毎年夏に行われる。
堅苦しい式典のあと、集会場は夜店の並ぶ賑やかな祭りの会場に様変わりした。

まだ幼く、親しい者をなくしたことのない子供達にとっては、鎮魂の行事は楽しみの一つでしかない。
はしゃぎまわる子供を見つめる大人達の顔に、僅かな陰りがあることも気づかなかった。

 

 

「父さんと母さんには親戚縁者が一人もいない。だから、私達に何かあったときには、火影様を頼るんだよ」
祭囃子の音の中、父親の呟いた声は場にあまりに不釣り合いだった。
両親に手を繋がれて歩く少年は、驚きに目を丸くして父を見上げる。

「どうして、そんなこと言うの。父ちゃん達は、優秀な忍びなんでしょ」
「そうだ。だから、もしもの話だよ」
不安げな少年に、父は穏やかに言う。
少年が反対側へ顔を向けると、母は無言で頷いていた。
父の言葉を肯定するその仕草は、少年の不安をさらに増長させる。

「・・・・やだよ。父ちゃんや母ちゃんと、ずっと一緒にいたいよ。一人になんて、絶対なりたくない」
思わず涙ぐんだ少年を見て、父はかがみ込んで彼の頭を撫でた。
「ごめん、ごめん。怖がらせちゃったか?」
少年は首を振ったが、溢れだした涙はなかなかひいていかない。
困り顔の父は、背後を振り返りながら明るい声音で訊ねた。

「ほら、美味そうな匂いがしてるぞ。何が食べたい?」
「・・・・おいものフライ」

 

 

両親が揃って死んだのは、その翌年のこと。

今でも、祭囃子を聞く度に、思い出す。
死を言い当てたかのような、父の不吉な言葉。
幸せだったころの記憶は、彼にとって辛いと感じるだけのものになっていた。

 

 

 

 

目を開くと、部屋を煌々と照らす蛍光灯の光がイルカの目に入った。
そして、胸部分に感じられる不自然な重み。
半身を起こすと、イルカの胸に乗っていた彼の頭がずるずると下に落ちていく。
「ナルト?」
呼び掛けてみたが、ナルトは居眠りをしているようで全く反応を示さない。
イルカの方を向いた横顔は、気持ち良さそうに寝息を立てていた。

窓の隙間から漏れ聞こえるのは、祭りの日に備えて、太鼓を練習する音。
だからあのような夢を見たのかと思い、イルカは額に手を置いて、大きく息を吐いた。
近頃微熱の続いたイルカは、仕事を休んでベッドに横になっていたのだが、ナルトがいつの間にか家に入り込んでいたらしい。
サイドテーブルには、水の入った洗面器が置かれている。
イルカの額に置かれていた濡れタオルは、ナルトの仕業だろう。

起きる気配のないナルトの肩を、イルカは軽く揺する。
「おい、ナルト」
まるで動かないナルトの様子にため息を付いたとき、ふと、イルカの目に入ったナルトの細い首。
血色の良い肌は鼓動に合わせて脈を打ち、生命力の強さを伝えている。
その首筋に触れたイルカの目に、段々と暗い光が宿り始めた。

 

 

この、内にいる。

大好きだった両親を殺した、九尾の妖狐。
自分を絶望の淵にたたき落とし、死を覚悟するほどの孤独を味合わせた、憎んでも憎みきれない奴が。
熱のため、朦朧とした意識の中に殺意だけが感じられる。
父と母の、優しい笑顔が彼の目の前をちらついていた。

 

「・・・んっ」
知らずに手に力が入っていたのか、ナルトが小さく身じろぎをする。
その瞬間に、イルカははっと目を見開いた。

目の前で無防備に寝入っているのは、金髪の少年。
九尾ではなく、ナルトだ。
アカデミーで、自分が受け持ったクラスの生徒の一人。
自分を慕い、今日も見舞いにやってきてくれた優しい子だ。

 

 

「イルカ先生?」
目を覚ましたナルトは、両手で顔を覆うイルカを、訝しげに見つめる。
「何で泣いてるの」
「・・・・ごめん」
その呟きに、ナルトは益々困惑の表情になる。
「何で謝るの」
「うん」
「ねぇ、イルカ先生」
「うん」

返事をしながらも、イルカは答えない。
外から聞こえてくる音は、太鼓以外に笛も加わっている。
鎮魂の祭りは、もう明日に迫っていた。

 

 

 

 

式典のあとの祭りは去年にも増して盛況で、木ノ葉隠れの里に住む住人の半分以上が出向いているのではないかと思われた。
イルカと二人で祭りに参加したナルトだが、夜店の並ぶ道は歩くのも一苦労だ。
人だかりの中を縫うようようにして進んでいたナルトは、人波の途切れたある一角で、ふいに立ち止まった。

「イルカ先生」
「ん?」
「俺、イルカ先生がいたから、イルカ先生が俺の存在を認めてくれたから、今まで生きてこられた。生きようと思ったんだ」
周りの喧騒にまぎれて、ナルトの声は微かにしか聞こえない。
だけれど、その言葉は、しっかりとイルカの耳に届いていた。
「イルカ先生が望むなら、俺はいつでもこの命を捨てるよ」

 

声を無くしたイルカを見上げ、ナルトは彼の手を掴んでにっこりと笑った。

「あっちが食べ物の屋台みたい」
イルカの手を引くナルトはそのまま一直線に屋台に向かって歩き出す。
人いきれのため、汗ばんだ小さな手のひらを、イルカは強く握り返した。

「ナルトは何が食べたい?」
「おいものフライ」


あとがき??
ナルトは知っています。
自分を見るイルカの瞳が、ふとした瞬間に、悲しげに細められるのを。

最初で最後のイルナル。
恐ろしい九尾の妖狐と、明るく優しい少年のナルト。
両親を殺した九尾を憎むイルカ先生と、生徒であるナルトを可愛く思うイルカ先生。
タイトルはこの「二つの顔」の意味です。


戻る