人でなしの恋


初めて人を殺した。
殺されると思った瞬間、体が自然に動いていた。
自分に襲いかかってくる敵を相手に、逃げずに逆に向かっていく。
スピードと身長差を活かし、素早く相手の懐へ入り込み、急所にクナイを力の限り叩きつける。
カカシ先生に教え込まれた技。

相手は即死。
でも、たくさん血が出てしまった。
顔も手も服も、全てが血に染まっている。
自分に怪我はなかったが、これでは大失敗だ。
殺らなければ、自分が死んでいた。
任務はいつだって命がけ。
散々そう言い聞かされている。
罪悪感は無かった。

はずだった・・・

 

 

サクラは夢を見る。

殺した相手の顔など覚えていないというのに、サクラの枕もとに立つ男は間違いなく彼女が殺した相手だとわかる。
夢の中では、現実とは逆に、サクラが男に殺されている。
サクラは何とか逃げようと、仲間に助けを呼ぼうとするのだが、絶対に助からない。
毎晩、同じ夢を見て跳ね起きては、手を洗いに洗面所へ行く。
洗っても、洗っても、血の匂いがこびりついている気がする。
そんなはずなどないのに。
そのうち、食事も喉をとおらなくなった。

これでは、新たな任務に集中できるはずもなく、サクラは軽い怪我をした。
敵はたかが下忍の子供。
実力的には中忍のサクラが余裕で勝てる相手だった。
それでもサクラはその子供をどうしても攻撃することができなかった。
相手が子供だったというのも原因の一つだが、また殺してしまうかもしれないという思いが絶えず心のどこかにあったのかもしれない。

そして今夜も夢を見る。

森の中を懸命に走っている。
もう、すぐ後ろに相手の気配を感じる。
嫌だ。
まだ死にたくない。
そう思うのだが、自分には相手に抵抗するだけの力がない。
近くにいるはずなのに、こちらからは全く姿の見えない敵に恐怖する。
闇の中、煌いた刃が彼女の首筋に当てられようとした、その時。

ふいに誰かが彼女の手をつかんだ。
感じる安堵感。
この手は知ってる。
この人がいれば何があっても大丈夫だと分かっている。
暖かい手。
誰よりも優しい、自分をいつも守ってくれる絶対的な存在。

 

「カカシ先生・・・」
「ん、起きたか〜」
相変わらずのんきそうな声だが、カカシは心配そうにサクラの顔を覗き込んでいる。
その手はサクラの手を優しく握っている。

「有難う、先生」
布団から身を起こしながら言うサクラに、カカシが訊ねる。
「何が?」
「怖い夢を見たの。でも、夢の中の先生が敵をあっという間にやっつけて、私を助けてくれたのよ。先生はやっぱり一番強いのね」
フフフッと少し面やつれした顔をカカシに向けてサクラは答える。
どうやってサクラの家に入ったのかという愚問はしない。
里でも指折りの上忍であるカカシがその気になれば、侵入できない家などないから。

「怪我したんだってな」
「うん。私を心配してわざわざ来てくれたの?」
怪我といっても、敵の放ったクナイが腕をかすめた程度。
それにカカシは確か特別A級任務についていて、1ヶ月は里を離れると言っていたはずだ。
最後に会ってからまだ2週間もたっていない。

上忍のカカシが任務をほったらかしにしてサクラに会いに里に戻ってくるはずもなく、何か緊急事態があったのかもしれないと思いながら、からかい半分に言ったサクラの言葉を
「そうだよ」
カカシはあっさりと肯定する。

「・・・・・・ええ!?」
寝起きのサクラはしばらくぼんやりと考えていたが、事態をはっきり認識すると悲鳴のような声をあげた。
「せ、せ、せ、先生!それって命令違反になるんじゃあ」
掟の厳しい忍びの世界で、命令違反は重罪だ。
里を追われ、最悪、消される。
いっきに真っ青な顔になったサクラを安心させるように、カカシはもう片方の手でサクラの頭をなでる。

「サクラのこの前の任務のこと、里からの連絡係に聞いてすっごく気になってた。そうしたら任務に集中できなくなって、失敗続き。それで追い返されてきたんだよ。俺の代わりの上忍がたぶんもうあっちについてるころだと思う」

この前の任務のことというと、敵の一人を殺めたことだとサクラはすぐ気づいた。
サクラはカカシが自分のために帰ってきてくれたことは嬉しいが、反面カカシの反応が怖くもあった。
複雑な顔をするサクラに、カカシは表情を険しいものに変えてきっぱりと言い放つ。

「お前忍者やめろ」

それは案の定、サクラの予想通りの言葉だった。

 

サクラが最初に忍者になりたいと思った理由はサスケやナルトのように切実な願いがあったからではなく、里に生まれたからには忍者を目指そうという単純なものだった。
下忍になってからは、憧れだったサスケと一緒にいたくて、対等でありたくて、体力的に不利な女の身で必死に頑張ってきた。
そして今、忍者であることにこだわっている理由は目の前にいる上忍者の存在だ。
よりによってその本人に忍者をやめろと言われるなんて。

「だって、忍者やめちゃったらもう先生との接点なくなっちゃうじゃない」

素直に本音が口をついて出た。
サクラの目から涙があふれる。

いつの頃からか、サクラにとってサスケよりもカカシが大切な人になっていた。
カカシに言われずとも、サクラは何度も忍者をやめたい、自分には向いていない、と思ってきた。
それでも続けてきたのは、カカシと会えなくなるのが嫌だったから。

忍者でいるかぎり、先生はなにかと心配して自分に会いに来てくれる。
例え先生が自分を生徒の一人として見ていなくても、先生と接する機会が少しでもあれば幸せだった。
それなのに、先生は自分のそんな小さな願いも許してくれないのかと思うと涙が止まらなかった。

泣いている顔を見られたくなくて俯いてしまったサクラには、今カカシがどんな顔をしているのか分からない。
やがてカカシが口を開いた。

「人一人殺したくらいで動揺しているようじゃ、向いてない」
「うん」
「今日のことにしても、お前は子供相手に戦えないだろう」
「うん」
「だから忍者やめて俺の嫁さんになれ」
「うん。・・・ん?」

それまで俯いたまま素直にカカシの言葉に相槌をうっていたサクラは、最後の言葉に反応して顔を上げる。
驚きで涙が止まってしまった。
目の前のカカシの顔は笑っている。
「もー、からかったんですね!!」
サクラは顔を真っ赤にして拳骨を振り上げた。
あっさりよけたカカシにサクラはそのまま蹴り技へともっていくが、一連の動作をカカシは余裕でさける。
「いや〜、本気だってば。相変わらず表情豊かで可愛いねぇ〜」
カカシは到底本気とは思えない、いつもの口調だ。

全ての攻撃をかわされたサクラは、軽く肩で息をしながら挑むような目つきでカカシを見る。
「じゃあ、本当に本当なんですか。先生、私のこと好きなの?」
「サクラって本当鈍いよねぇ。やっぱり忍者向いてないわ。こーんなに俺がラブラブ光線送ってたっていうのに、全く気づいてくれないんだから。言っておくけど、ナルトやサスケには班を解散した後、様子見に行ったりなんてこと一度もしてないんだからな」
「・・・」

 

サクラはすぐにはカカシの言葉を信じられない。
未だに半信半疑な目をしている。
「だって、今まで先生そんなそぶりしてなかったじゃない」
「だから、サクラが気づいてなかっただけなんだよ。俺はサクラがサスケのことを見ていたときから、ずっとお前に片想いしてたんだ」
「私がサスケくんのこと好きだったのって・・・4年も前のことじゃないですか」
「あれ、じゃあ4年前から後はサスケじゃなくて、俺のこと好きだったんだ」
カカシはニヤニヤ笑いながらサクラに逆に問い返す。
サクラは顔を赤くして言葉をつまらせたが、その顔はすぐに悲しげにゆがむ。

「でも、私はもう以前の私じゃない。私の手は汚れてるんです。血が、どんなに洗っても手についた血がとれなくて」
「俺が元暗部だったの知ってるだろ。サクラなんて俺に比べればまだ綺麗なもんだ。それにサクラさえ無事なら俺は他に何人死んでもかまわないし、サクラが殺されてたら俺がそいつ殺してたから、そんなに落ちこんでないでいいと思うよ」

カカシがおいで、というようにサクラを手招きをして両手を広げる。
そういう問題でもないんだけど、と思いつつ、サクラは素直にカカシの腕の中に収まった。

下忍になりたての頃は、こうしてよく先生にじゃれついてくっついていたけど、中忍になってからは久しぶりな気がする。
相手の心臓の音が聞こえるほど密着してみると、先生の中に自分と同じ、殺した人間の血の匂いを感じる。
これは私の思い込みからくる錯覚なのだろうか。
下忍時代の私にとって上忍の先生は雲の上の存在。
中忍になってもそれは変わらなくて。
それなのに、今、同じ人殺しという罪を背負っていると思うと先生が急に身近な存在に感じる。
不思議だ。
一人で抱えるには罪があまりにも重いから、こうして誰かにつかまっていたくなるのかもしれない。

 

 

人を殺せば、人でなし。
人ではないから、天国へは行けない。
地獄の底で天国を見上げながら永遠に苦しみ続ける。
それでも大切な人と一緒なら・・・。

 

「・・・結構お似合いなのかもね。私達」
「だろ?じゃあ、さっきのプロポーズはOKってことかな」
「うん・・・。先生がずっとそばにいてくれるなら、いいや」

サクラが今まで見せたことがないような暗い表情で呟いた。
いいや、という言葉がもうどうてもいいという投げやりな気持ちから出たものなのか、良い、ということなのかはサクラにも分からなかった。
サクラの顔を見てカカシは冷たい笑みを浮かべる。
ようやく、ようやくサクラが自分と同じところに落ちてくれたと思いながら。

サクラのそんな顔が見たかったんだ。
サクラが人を殺める前に忍者をやめろと言うのは簡単だった。
でもそれではサクラが自分の、この心の闇を心底理解してくれる日は永遠にこなかっただろう。
同じ罪を犯してようやく分かるこの気持ち。
サクラには酷なことだろうけど、綺麗なままのサクラじゃどこまでも一緒に落ちていくことはできないから。
でもこれでやっと君を永遠に手に入れることができる。

 

ずっと待ってたよ。


あとがき??
何を書きたかったんでしょう。自分でも分からないわ。うーん。
多分、4〜5年後。ナルト達は何してるんでしょうねぇ。上忍になってるのかしら。
ちなみにサクラちゃんは自立して、一人暮らししてます。
この後二人がどうしたのかが気になるわあ。書かないけど。いや、書けないけど。
どう見てもサクラちゃんの将来、最終的に忍者じゃなくて、可愛いお嫁さんが似合うなぁと思いまして。
最初はこんな暗い話じゃなかったのに。おかしい。おかしいなぁ??
これでも一応ハッピーエンドのつもり。(違う?)


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