ちょうだいな


任務のない、穏やかな午後の昼下がり。
アカデミーの図書室には、サクラの姿しかない。
サクラは少しの暇を見つけてはこの場所で調べ物をしていた。
どう努力しても体力面に不安のあるサクラは、頭脳面の長所でそれを補うしかない。

分厚い辞書を何冊も並べ、サクラのいる机の周りはバリケードのようなものが出来ている。
熱中していた問題の方程式が解けたのか、サクラは一息ついてその机に突っ伏した。
換気のために開かれた窓から、鳥の鳴き声とアカデミーの生徒の声が聞こえてくる。

こんな日は、公園に散歩に行ったら気持ちいいだろうな。
サクラは頬をノートの上にのせたまま考える。
知らずのうちにうとうととしていたのか、気付くとすぐ背後に人の気配。

 

「サクラ、ちょうだい」

入り込んだ風が白いカーテンを揺らす。
窓から差し込んだ太陽の光が眩しくて、サクラは少しだけ目を瞬かせた。
自分の勘違いかと思い、そのままの姿で暫らく時間を空けたが、その声と気配は確かにサクラの知る者。
だが言われた意味が分からなかった。

「何を?」
「サクラ」

訊ねると、すぐに返事がかえってきた。
不可思議な会話に、サクラは自分が夢の中にいるのかと思った。
だがノートを通して感じるひんやりとした机の感触は確かに現実のものだ。

「カカシ先生、寝ぼけてる?」
「寝ぼけてるのはサクラだろ」

どうも話がかみ合っていない気がする。
サクラはようやく身体を起こすと振り向いた。
カカシはにこやかな顔でサクラを見ている。

 

「カカシ先生、私が欲しいの?」
「そう言ってるじゃないか」
サクラは小首をかしげて思案する。
そして再び問い掛けた。

「カカシ先生、私のこと好きなの?」
「どうしてそう思う」
「だって、上忍の先生が望めば下忍の私なんてどうとでもできるじゃない。わざわざ許可を求めてるあたり、私に嫌われたくないのかと思って」

カカシは物事を論理的に考えることのできる彼女に苦笑しながら、その隣りの椅子の腰掛ける。
「そうかもしれない。自分でもよく分からないけど」
困ったような顔をしてカカシはサクラを見詰めた。
サクラも、その視線を逸らすことなく見詰め返す。

睨み合いともとれる、緊張感。
お互い、その心中を読み取ろうとしているように、探るような視線が交差する。

 

どれほどの時間が流れたのか、ガラリと図書室の扉が開いた。
数人の生徒がサクラ達のいる席を横切って別の本棚に向かう。

表情を和らげたサクラは、彼らに聞こえないよう、カカシの耳に口を寄せ小声で耳打ちした。
「交換条件」
サクラに自分を受け入れる気持ちがあることを知り、カカシの心は浮き立った。
「何」
はやる気持ちを抑えながら、冷静な声で問いただす。
サクラはゆっくりとした口調で言った。

「カカシ先生の左目、ちょうだい」

甘い声で、残忍な言葉を楽しげに紡ぐ。
「サスケくんとお揃いの先生の写輪眼。欲しくて欲しくてたまらないの」
顔を離すと、サクラは覗きこむようにしてカカシの顔を見た。
表情を凍りつかせているカカシに、サクラはくすりと笑う。
「私はそんなにやすくないのよ」

言葉と同時に席を立ったサクラは、本を所定の位置に戻していく。
数冊の本を手にしたサクラはカカシの背中に声をかけた。
「バイバイ」

サクラが部屋を出る頃には、西日のさし始めた図書室に明りが燈っていた。

 

数日後、サクラは図書館の同じ場所に座っていた。
人気のない図書館は静まり返っている。
長時間集中して書物の中の細かい文字を追っていたサクラは、目を擦りながら訊いた。

「また来たの」
「ああ。今日はプレゼント付き」

カカシは振り返ることなく声を出すサクラの目の前に、リボンのついた箱を出した。
サクラはちょうどカカシに後ろから抱きすくめられているような格好だ。

「プレゼント?」
10センチほどの小箱をサクラは訝しげに見る。
白い箱に、ピンク色の細いリボンがくるくると可愛らしく巻かれている。
まるで、指輪を贈るときに店でラッピングする箱のようだ。

サクラは自分に密着しているカカシをうっとおしいと感じたが、好奇心の方が強かった。
丁寧に巻かれているリボンを四苦八苦しながら緩めていく。
蓋を開けて目にした物に、サクラは暫し目を奪われた。

一つの眼球。

綿を敷かれたケースにころりと入っている。
「綺麗」
サクラはその赤い瞳をうっとりと眺めた。
「サクラ、嬉しい?」
「うん。嬉しい。カカシ先生有難う」
サクラはカカシの首筋に抱きついて歓喜の声をあげた。

 

サクラに渡された眼球は、確かにカカシの左目。
カカシが生涯手放すことはないと思っていた、命にも等しいもの。
“写輪眼のカカシ”の異名となったその眼を失えば、上忍としてのカカシの価値は半減する。
実戦となれば、それは大きな差となり、命取りとなる可能性も大きい。

だけれど、カカシはサクラを選んだ。
写輪眼と、自分の命と引き換えにしても、惜しくないと思える存在。

「これでサクラをくれる?」
「うん」
顔を寄せたカカシに、サクラの方からキスをした。
「でもね私、我が侭だからまた欲しいものができるわよ」
「いいよ」
カカシは離れた唇を追いかけて、再び口づける。
「あげる。サクラの欲しいものは全部あげる」

 

サクラは、全部だなんて、そんなこと軽々しく言っていいのかしらと呆れた。
じゃあ、今度は「右目が欲しい」と言ってみようかしら。
そうしたら、カカシは忍びをやめなくてはならない。
さすがに怒るだろうか。
サクラがそんな意地の悪いことを考えているとは知らないカカシは、彼女を抱きしめて幸せそうに顔を綻ばせている。

だが、サクラは何となく予想がついた。
サクラがカカシの右目を望めば、それすら躊躇なく自分に差し出すだろうということを。
そして、反対に喜ぶのかもしれない。
サスケと同じ写輪眼ではなく、自分自身の眼を欲しがるサクラを。


あとがき??
さて、サクラが欲しかったのは、サスケと同じ写輪眼だったのか、カカシ自身の写輪眼だったのか。
眼球がないから、当然、額当てに隠された先生の左眼部分は空洞です。
禁断恋愛風、援助交際カカサク。
高い代償だこと。

いつものことながら、書き終えてみると、何が書きたかったのかよく分からないですね。
しかし、悩むことなくさらっと書けてしまう。


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