たいせつにしてね 1


いつからだろう。
サクラに触れるのが怖くなったのは。

自分を見詰めるサクラの瞳が怖い。
微笑みを浮かべるサクラの笑顔が怖い。
躊躇なく自分に接触してくるサクラの手が怖い。

サクラが怖い。

小さくて脆くて透明で、自分とはまるで違う世界で育った稚い子供。
自分などが触れると、簡単に穢れてしまうのではないだろうかという錯覚。
きっと出会わない方が幸せでいられた。
お互い。

 

「あーあ。泣かしちゃった」
女は玄関先に散らばったマドレーヌを一つ拾い上げる。
ビニールの包みから取り出して口に頬張った。
「あら。なかなか美味しいわ」
「煩いな。これやるからさっさと出て行けよ」
カカシは財布から取り出した数枚の紙幣を女に向かって放り投げた。
乱暴な仕草に眉を寄せながらも、女は紙幣の枚数を数えると玄関のドアノブに手をかける。
捨て台詞を残して、女は振り返らずに去っていった。

「こっちも商売だから何も訊く気はないけど、あんた、馬鹿ね。自分の顔鏡で見てみなさいよ」

扉が閉まるのと同時に、カカシは側にあった靴を扉に投げつける。
大きな音をたてて、靴はバウンドした。
カカシは頭をかきながら俯くと、唇を強く噛み締めた。
長い間流していない涙というものが、こぼれてきそうな感覚だった。

脳裏に焼き付いているサクラの泣き顔。
数分前の情景が鮮明に思い出される。

 

サクラはここ数日カカシの家に入り浸っていた。
カカシは何とか追い返そうとするのだが、強引なサクラに押し切られてしまう。
サクラはその都度、手作りの菓子を持参してくる。
カカシがあからさまに邪険にする態度を取っても、サクラは毎日やってくる。
そのサクラを追い返すための最終手段が、今回のことだった。

チャイムを鳴らしても誰も出てこないことを訝しんだサクラがドアノブに手を伸ばすと、それは簡単に開いた。
そして、開いた先にいたのは、カカシと見知らぬ若い女性。
二人の熱い抱擁の場面を目撃したサクラは、驚きに目を見開いた。
長い口づけを終えたカカシは、立ち尽くしているサクラに声をかける。
「お子様は邪魔だよ」
カカシの腕の中にいる女がサクラを見下ろして小馬鹿にしたように笑った。
服の上からも豊満と分かるそのグラマーな肢体が、カカシに密着している。

サクラの体が震える。
あらゆる感情が逆流して、どう形容していいのか分からない。
あえてただ一つの言葉で表現するなら、それは悲しみ。
知らずに、涙がサクラの頬を伝っていた。
言葉は出なかった。

 

何も言わずにカカシを一瞥すると、サクラは手元のマドレーヌをカカシにぶつけて姿を消した。
そして、カカシが金で買った女も、いなくなった。
一人取り残されたカカシは、玄関の扉の前に座り込んでいる。
身動きが取れなかった。
立ち上がる気力がない。
どれくらいそうしていたのか、やがてカカシの手がサクラの散らばしていったマドレーヌに伸びる。

「・・・本当だ。美味いや」

もそもそと食しながら、カカシは小さく呟く。
サクラには、一度として言ったことがない言葉。
自分がしたことに、自分が一番ダメージ受けてどうするんだ、とカカシは苦笑しながら額に手を置いた。


 あとがき??
続き、気が向いたら書きます。実は全然考えてません。(!?)済みません、済みません。
嫌なカカシ先生を書こうと思ったら、本当に嫌な奴になってしまった。
胸がむかむかするーーー!!カカシ先生の馬鹿ーー!こんちくしょー!
自分が書いたものに、自分が一番ダメージ受けてどうするんだという感じです。(ふらふら)
さて、ろくでなしのカカシ先生に、サクラはどうでるかな。


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