たいせつにしてね 2
何をする気にもならなかった。
カカシは、靴の散らばった玄関口に蹲る。どれくらいそうしていたのか。
やがて聞こえてきた足音。
それは、カカシ宅の玄関の前で止まった。
カカシはてっきり、先ほど追い返した女が戻ってきたのだと思った。「何?」
扉の向こうに人物に向かって、カカシは冷たい声音で訊ねる。
暫しの沈黙。
そろそろと開かれた扉から覗いたのは、予想外にも薄紅色の髪。
目を剥いたカカシの前に、サクラがひょっこりと顔を出す。見上げる角度だったせいか、カカシからはサクラの顔がよく見えた。
泣きはらした赤い目に、噛み締めた唇。
それは、何かを我慢している表情のように思える。
「・・・あの人は?」
誰のことを言っているのかは、すぐに分かった。
「帰ったよ」
カカシは「追い返した」と答えず、ただ事実を淡々の述べる。
サクラの強張った顔が、少しだけ緩んだ気がした。「忘れ物したの」
静かに歩み寄ったサクラは、カカシの手元を指差す。
食べかけのマドレーヌ。
「ああ」
我に返ったカカシがそれを差し出そうとすると、その胸に、サクラが飛び込んできた。
突然のことに、カカシは声もなく目を見開く。上半身の衣服を脱いでいたせいで、直に伝わってくるサクラの柔らかな感触と、甘い髪の香り。
同時に、こみ上げてくる衝動。
カカシの中で、“理性”という名の箍が。あやうく崩壊しそうになる。
「は、離れ・・・」
「ごめんなさい」
カカシが言葉を発するよりも早く、サクラは大きく声を出した。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
何度も、何度も。
カカシにしがみついたサクラは、同じ言葉を繰り返す。「・・・なんで謝るの」
サクラの気持ちを知っていて、酷いことをしたのは自分だ。
それなのに、何故サクラが謝罪するのかとカカシは困惑した。
カカシの腕の中で、サクラはぽつりともらす。
「先生に嫌われたくないの・・・・」想いが報われないのなら、せめて。
今までどおり、普通に接してくれれば良い。
明日からの任務でカカシから無視をされたら、死んでしまうとサクラは思った。
だから、そのことを伝えるために、気まずいことを承知でこの場所へ戻ってきたのだ。「もう家に押しかけたりしないから、私のこと嫌いにならないで」
カカシから身を離すと、サクラはその目を真っ直ぐに見据えた。
「カカシ先生が好き」
自分の中の気持ちを全部込めるように。
サクラの声は力強い響きを持っていた。心臓を、鷲づかみにされたような感覚だった。
カカシは目を伏せ、瞼を震わせる。
どうして、手放せると思っていたのだろうか。
こんなにもあたたかく、いとおしい存在を。
「先生?」
知らずに、涙腺が緩んでいた。
サクラの驚いた声音から、カカシは自分がみっともなく涙を流しているのだと察する。
だが、感情が高ぶってしまって、それはどうしても止まらない。「サクラのことが好きなんだ」
思わぬ一言に、サクラは耳を疑う。
「え?」
「サクラが俺のこと見てくれる前から。ずっとずっと好きだった」
サクラはまじまじとカカシを見詰めた。
はらはらと涙を流すカカシからは、偽りの色は見えない。「俺はこんなだし、仕事以外では何のとりえもなくて、サクラに何にもあげられない。それに俺の過去を知ったらサクラは俺のこと嫌いになるよ。きっと軽蔑して見向きもしなくなる。だからサクラには近づいて欲しくなかったんだ」
カカシはサクラの手を強く握る。
「でも、もう駄目だ。ごめん」サクラがいないと生きていけない。
そう、自覚してしまった。
だから、カカシの「ごめん」は、この先サクラが心変わりをしたとしても、決して彼女を離さないことへの謝罪。
「別にいいのに」
サクラはホッとしたように微笑を浮かべた。
頬に手を伸ばし、サクラはカカシの涙を拭うような動作をする。
「何にもいらないよ。カカシ先生が、そばにいてくれるだけでいい」
早く泣き止んで欲しくて、サクラは必死に言葉を紡ぐ。
それはまさしくサクラの真からの声。
「私、先生をたいせつにする。先生を絶対しあわせにする」逆プロポーズめいた告白に、カカシはようやく顔を綻ばせた。
下忍達に見せる、いつもどおりの優しい笑み。
泣き笑いのその微笑を、サクラは今まで見たカカシの笑顔の中で、一番好きだと思った。
あとがき??
小野塚カホリ先生の漫画を読んでいて続きを書きたくなったんですけど、あんまり反映はされてないです。(^_^;)
本当は全く続きを書くつもりなかったんですけどね。有難う、小野塚先生。
小野塚先生の作品は、キャラクターの心情がこれでもかーってくらい伝わってくる凄いパワーを持った漫画だと思います。
何より、絵がべらぼうに好み。男キャラは皆格好良くて、女キャラは皆可愛い。おなごの胸もデカイ。しかし、私は小さめの方が好み・・・。(何の話だ)