告解
「・・・・サクラ、今日はまた凄い出で立ちだな」
「うん。任務終わってすぐここに来たから」
玄関の扉を開き、サクラを招き入れたカカシは、その凄惨な姿に暫らく声をかけることをためらっていた。
髪はほつれ、頬、そして服のそこかしこに血がこびりついている。
その血がサクラのものではないということは、彼女のしっかりした足取りを見れば分かる。
怪我など日常茶飯事で、滅多なことには動揺しないカカシだが、こうした姿のサクラを見ることに慣れるということはない。「風呂入るか?それとも、何か飲む?」
カカシの問い掛けに、サクラは首を振って答えた。
「どっちもいらない。それよりも先生、話を聞いて」
サクラは厳しい表情を崩すことなく、カカシを見据える。
どこにも怪我をしている様子はないのに、ひどく怯えた、傷ついた瞳。
いつかの自分と全く同じ。カカシは頬を緩ませ、サクラに向かってゆっくりと手を差し伸べた。
「おいで」
優しい声音に、サクラの緊張も瞬時に緩む。
中忍になり、5年。
サクラがカカシの手を離れて長い年月が過ぎたが、いつまで経ってもカカシのサクラに対する態度は担任のそれである。
だから、サクラもカカシのことを変わらず「先生」と呼ぶ。過去。
暗殺部隊に所属していたカカシと、その生徒だったサクラ。
そして現在。
教師のカカシと、潜入部隊に所属するサクラ。
立場が全く逆転している。皮肉なものだ。
7班の中で暗殺任務など一番似合わないと思われていたサクラが、その筋の仕事で一番の成績を収めている。
もっとも、だからこそ潜入活動が向いているのだともいえる。
どこにでもいそうな、若い娘。
そうした雰囲気をもつ者でなければ、スパイとして役には立たない。
ナルトやサスケのようなタイプでは、目立ちすぎるのだ。
「今日はね、三人も殺してきたのよ。それまで、皆私に本当に親切にしてくれたの。でも、必要な情報は全部聞き出しちゃったから、もう用済みだったの」
「うん」
「命令でね、早々に切り上げて帰って来いって言われたから、しょうがなかったのよ」
「そうだね」
カカシはサクラの頭を撫でながら呟く。
優しく、優しく、サクラを腫れ物のように扱う。サクラは任務で人が死ぬと、決まってカカシのもとを訪れる。
そして任務中の出来事を事細かにカカシに報告する。
カカシはどれだけ時間がかかっても、静かにサクラの話を聴いた。
サクラが満足するまで、嫌な顔ひとつすることなく。
懺悔するサクラの告白を聞いていると、カカシはまるで聴聞僧にでもなった気分だ。
忍者と僧は対極に位置する職業だというのに。「先生、私、変わっちゃったよね」
カカシの部屋に飾られてある昔の7班の写真は目に入り、サクラが寂しそうに呟いた。
「もうあんなふうに笑えないわ」
他の下忍二人と共に5年前のサクラは幸せそうに笑っている。
まだ忍びとして自分がどのような道を歩むのか分かっていない頃の、無垢な笑顔。
「・・・変わったっていえば、変わったな」
顎に手を置いてカカシがぽつりと言う。
悲しげに顔をしかめたサクラに、カカシは薄く微笑む。
「サクラは綺麗になったよ」
予想外の言葉に目を見開いたサクラは、次の瞬間、顔を歪ませた。
表情は泣き笑い。
「先生、それ口説いてるんですか」
「うん」
サクラは今度は声を出して笑った。本当のことを言ったのに、何故笑われるのかカカシは分からなかった。
カカシにとってサクラの存在はとてつもなく怪異だ。
普通、生物を殺めると、人は醜悪なものに変貌する。
心のうちの醜さが、内面にも外面にも現れるのかもしれない。
年数が経つと、表情一つでその人間が何人殺ったのか分かるようにすらなる。
少なくとも、カカシの仲間やカカシ自身はそうだった。それなのに、サクラは一向に変化の兆しを見せない。
むしろ、サクラはだんだんと綺麗になる。
いくら人の血を浴びても、サクラの持つ清純な空気は損なわれることなく、一層清廉な美しさを帯びる。
以前は元気そのものといった笑顔が、儚げな消え入るような微笑になった。
カカシはサクラを生徒として面倒を見るという気はとっくに放棄してしまった。
彼女の澄んだ瞳で見詰められ、心を揺さぶられない野郎はきっとこの世にいないことだろう。
「先生、有難うございました。そろそろ帰ります」
「そうか。また来いよ」
全て話し終え、サクラはすっきりとした表情で席を立った。
カカシの方はまだ名残惜しい気持ちを残していたが、無理に留まるようには言わない。
カカシにはサクラが一番心を許しているのは自分なのだという自信があった。
どうせサクラが帰ってくる場所はここしかないのだ。
今はまだ、曖昧な関係のままでもかまわないかもしれない。「今度はどこかに遠出しましょうか。私、お弁当作ってくるから、ピクニックに行くとか」
靴を履き終えると、サクラはカカシに向き直って言った。
見送りのために玄関先まで出向いたカカシは、にやにやと意地悪く笑う。
「何、サクラ。俺のこと口説いてるの」
もちろん、サクラが即否定の言葉を口にすると考えてのことだ。
だが、予想に反しサクラはあっさりと頷いた。
「うん」
言葉と同時にカカシの口元に素早くキスをすると、サクラは呆気にとられるカカシを見て可笑しそうに笑った。
今日この家にやってきたときの暗い表情は微塵もない。
「先生、またね」遠ざかっていくサクラの後ろ姿を眺めながら、カカシの頬は緩みっぱなしだった。
別れの言葉が、次の再会を約束するものだということが、これほど嬉しいとは思わなかった。
長い時間をかけて距離を縮めてきたかいがあるというものだ。
サクラの心が手に入るのも時間の問題か。
カカシはいつか来るその日を待ち遠しく思いながら、春風が去ったあとの扉を閉めた。
あとがき??
おかしい。もっともっと暗い話だったのに、途中から変わってきた。あれ。
ま、ハッピーな方がいいか。