『K』の事情 4


「取らないでね」

最初は、優しく言われた。
「何のこと?」
サクラが首を傾げると、ヒナタは微笑みながら言った。
「ナルトくん」

その言葉に、サクラは呆気にとられる。
「な、な、何言ってるのよ。私が好きなのは、サスケくんなのよ。ナルトなんて眼中にないわよ」
鼻息を荒くして力説するサクラに、ヒナタはくすくすと笑った。
「うん、分かってる。でも、確認のために、ね」
穏やかに微笑むヒナタに、サクラは一瞬目を奪われる。
どうすれば、このように愛らしく笑えるのかと、サクラはものすごく不思議に思った。
そして、器量好しのヒナタがナルトのことを好きなのは、さらに不思議なことだ。

「ヒナタになら、いくらでも協力しちゃうけど・・・。でも、ナルトなんかのどこが良いの?馬鹿だし、鈍くさいし、面倒ばかりかけて」
と、そこでサクラは言葉を止めた。
ヒナタの前で、さすがに言い過ぎただろうかと彼女の顔を窺うと、ヒナタは相変わらずの微笑を浮かべていた。
「ナルトくんは、強い人よ。それに、誰よりも優しい」
「・・・・」

そのあたりは、サクラにも分かる気がした。
ナルトはいつでも優しい。
人の心の痛みに、敏感に反応する。
そして、自らの経験に基づくものなのか、弱い立場のもの対しては特に心を砕く。
それらは、ナルトの一番の美点だ。

「約束してね、サクラちゃん。ナルトくんを好きにならないって」
「・・・うん」

念を押すヒナタに、サクラはいささか力の抜けた声で応えた。

 

 

数日後、任務の最中に怪我をしたナルトは病院に運ばれた。
かといって、重症なわけはない。
大事をとってということで、カカシが無理やりナルトを納得させた。
そそっかしいナルトには、日常茶飯事なことだ。
そして夕刻の任務終了後。

「サクラ、ナルトの様子見てきてよ」
「えーー!」
帰り支度を始めていたサクラは、カカシの言葉に大きく不満の声をあげた。
「俺はほら、任務の報告があるし、サスケの奴は・・・」
二人が顔を向けると、サスケの後ろ姿はすでに遠くの方にあった。
同じ班のメンバーを心配する気など、さらさらないらしい。

「やっぱり気になるしさ。頼むよ」
「・・・・分かったわよ」
むくれながら渋々頷くサクラに、カカシは苦笑して彼女の頭をなでた。
「頼んだぞ」

 

 

ナルトのいる病室はすぐに分かった。
看護婦の話によると、たいした怪我でもないのに、ナルトは個室のベッドを占領して眠りこけているらしい。
病院側も、早く引き取ってもらいたいのだが、ナルトには身内がいない。
「しょうがないなぁ」
サクラはぼやきながらも、ナルトの病室へと向かう。

「ナルト!!」
乱暴に扉を開くと、そこに確かにナルトはいた。
しかし、よほど熟睡しているのか、サクラの呼びかけにもぴくりとも動かない。
額に包帯を巻いているが、その穏やかな寝顔を見る限り、軽症だという看護婦の言葉は信用できそうだ。

「ちょっと、ナルト。悪いところ無いそうだから、もう帰るわよ!」
サクラはナルトの肩を揺すったが、まるで反応がなかった。
すやすやと寝息をたてている。
ここまで眠りを維持することができたらある意味、見事だ。

サクラはため息と同時に、傍らの椅子に腰掛ける。
毎日夜遅くまで教本を片手に特訓しているのだと、本人から聞いたことがある。
だからといって、昼間に眠いようでは意味がないのではないかとサクラは思った。

 

今日は早くに帰って母親と買い物に行く予定だったのに、とんだ計算違いだ。
「いつになったら起きるのよ」
サクラはいらだち紛れに、ナルトの鼻をつまむ。
さすがに息苦しくなったナルトは、顔を背けてしきりにサクラの手をどかそうとした。
しかし、それでもまだ起きる様子はない。

「・・・・面白いかも」
サクラはさらに両の頬を思い切りのばしてみたが、やはりナルトに変化はない。
頬ののびた愉快な顔に、サクラは一人吹き出す。
「何でこれで起きないのよー」
ナルトから手を離すと、サクラは声を立てて笑った。
本当は起きてるのかとも思ったが、見ているとそういうわけではなないらしい。
これなら、顔に落書きしても大丈夫だ。
サクラは先ほどまでの不機嫌な様子はどこへやら、明るい笑顔でナルトを見詰めた。

 

ナルトの金色の髪が、窓から差し込む夕日でオレンジ色に染まっている。

「・・・髪、毎日ちゃんと洗ってるのかしら」
その頭に触れ、ばさばさした感触の髪に、サクラは顔をしかめる。
しっかりと手入れをすれば、つややかな髪になりそうなのに。
ナルトの表情は、サクラの悪戯をものともせず、平静を保っている。

近づいてよく見れば、意外に整った顔立ち。
瞼の下には、澄んだ湖面よりも深い碧の瞳がある。
普通ならば、寝顔は誰しも幼い顔になるものだとサクラは思っていたが、ナルトのその顔はいつもより大人びて見えた。
何故だろう。
いつの間にやら、サクラは目を覚まさないナルトに、怒りよりも寂しさを感じていた。
普段は、うるさいぐらいに呼ばれる名前。
太陽のような、明るい笑顔。
黙っているナルトは、まるで別人のようだ。

 

「・・・起きてよ、ナルト」
その頬に触れて、呼びかける。
温かなな感触に、サクラはほっとした気持ちになる。
僅かに微笑むと、サクラはゆっくりとナルトに顔を近づけた。

どうして、そのような行動を取ったのか、サクラにもうまく説明することができない。

扉の影から聞こえた物音に、サクラははっとして振り向く。
ヒナタが立っていた。
驚きに、目を見開いた表情で。
彼女の顔を見た瞬間、サクラはようやく自分の行動の意味に気付く。
一番見られてはならない人に、見られた。

ナルトにキスをしていたところを。

 

 

駆け出したヒナタを追って、サクラは病室から飛び出した。
ヒナタの足は、サクラが思ったよりも速い。
サクラは病院を出て暫らくいった木立でヒナタを捕まえた。
病院内で走ったことは反省すべきことだが、今はそのようなことを言っている時ではない。

「どうしてここが?」
「・・・・サクラちゃん達の先生に、ナルトくんが病院にいるって聞いて」

短い会話のあとは、沈黙が続く。
お互い言いたいのは、このようなことではなかった。
だけれど、上手く言葉が出てこない。

そして、先に口を開いたは、ヒナタだった。

 

「ナルトくんを取らないで」

言葉と同時に、ヒナタの目から涙がこぼれる。
以前聞いたのと、同じ言葉。
だけれど、今度は悲しげな叫び声。
「取らないで」
困惑気味なサクラに、涙のヒナタは再び繰り返す。

サクラが想いを自覚するずっと前に、ヒナタは彼女のナルトに対する気持ちに気づいていた。


あとがき??
真相を明かしますと、「『K』の事情」はサク→ナルを書きたくて出来た話なんです。
普段むくわれないナルトくんばかり書いているので。
しかし、さらにかわいそうな目に合わせることになってしまった。あああー。
私がカカサク好きーだったことが敗因です。反省・・・。

取らないでって言われても、ナルトはあんたのモノじゃないだろう、というつっこみはしないように。
ヒナタちゃん、本当にごめん!ナルヒナは嫌いじゃない。
しかし、私はサクラ至上主義なのよ。

これ、どうやって収集つける気なんでしょうか。本当に。(悩)


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