『K』の事情 5
「サクラの好きな奴って、ナルトなのか」
鋭い眼光。
一つの嘘も見逃すまいとする目。片の目だというのにこの威圧感はどうだろう。
彼を前にして嘘をつきとおせる人間など、果たしてこの世に存在するのだろうか。
カカシの適所は、暗部でも、ましてや下忍担当の教師などではなく、尋問班なのではないかとサクラは思う。「どうしてそう思うの?」
口から出たのは、疑問系の言葉。
肯定でも、否定でもなく。
薄い笑みを浮かべるサクラに、カカシは静かに答える。
「何となく・・・」まるで、超能力者のような物言いだ。
表情とは裏腹に、サクラは背筋の凍る思いを味わう。
「取り敢えず、部屋に入ったら」
サクラは窓際のカカシを促して、椅子を指し示す。
場所は、サクラの部屋。
夜半に突然姿を見せたカカシを、サクラはごく自然な動作で迎え入れる。「答えは?」
室内に入るなり、再び訊ねられる。
どうしても、避けることの出来ない問いかけ。
サクラは覚悟を決めてカカシに向き直った。
「言わないでね」
誰にも。
ナルトにも。約束が欲しい。
でないと、真実を語ることは出来ない。「どうして」
カカシは苦しげに眉を寄せる。
カカシには、何も。
何も、分からない。ナルトの気持ちは、常にサクラに向かっていた。
それは誰の目から見ても分かる事実。
そして、サクラが見詰めていたのはナルト。
心が通じ合っているはずの二人が、何故手を取り合わないのか。「だって、ヒナタと約束したんだもの」
ヒナタは必死だった。
親友である彼女を傷つけてまで、自分の恋を成就させる勇気は、サクラにはなかった。
それに、ナルトにとっても。名門である日向一族と懇意にすることは、火影を目指すナルトにとって、確実にプラスになる。
ナルトが日向家のヒナタと縁を結べば、誰も、今までのようにナルトを軽んじることはできない。
常に先の未来を読んで行動する頭脳派のサクラにしてみれば、簡単な計算。ナルトのために。
彼の幸せのために、身を引こう。そう、心に決めた。
だけれど、サクラがヒナタとの仲を取り持とうとするたびに、ナルトは悲しげな顔をした。
「俺が好きなのはサクラちゃんだよ」
繰り返される言葉。
サクラは、自分が誰か特定の人物と付き合っていないから、ナルトも自分のことを諦めないのだと思った。
カモフラージュでいい。
根が単純なナルトなら、すぐに騙されるはずだ。
そうして、サクラが白羽の矢を立てたのが、カカシだった。
首尾よくカカシと関係を結び、鈍いナルトも二人の間の微妙な変化を感じ取った頃。
サクラはもう一度ヒナタのことを切り出した。「私と先生の間に、あんたの入り込む隙間はないのよ。だから、あんたもヒナタのこと真面目に考えなさいよ」
厳しい命令口調で詰め寄る。
ナルトはうつむきかげんで、弱弱しい声を出した。「・・・分かった」
小さな声は、サクラがようやく聞き取れるほどの音量。
「サクラちゃんの言うとおりにする」
「そう」サクラは、かすれ気味の声で応える。
望んでいたことのはずなのに、心は妙に冷めている。
今このとき、自分がどんな表情をしているかすら、サクラには分からない。
ただ、指先が少し震えてしまっていることに、緊張した。
「満足?」
涙をためた瞳で見詰めてくるナルトに、サクラは不覚にも答えることが出来なかった。
瞬間、踵を返して走り出す。
たとえナルトに、その行動を不審に思われても、この場に留まれない。
流れ出した涙を。
ナルトに見られるわけにはいけなかった。
「俺を利用したの?」
全てを語り終えたサクラに、カカシは問い掛ける。
「・・・ごめんなさい」
サクラはカカシの言葉から逃れるように顔を伏せた。
「カカシ先生は大人だから、子供の私のことなんて絶対に好きにならないと思ったんだもの」傷つくのは、自分一人でいいと思っていた。
サクラの大きな誤算は、カカシがサクラに傾倒してしまったこと。
サクラがその想いに気付いてしまうほどに。「本当にごめんなさい」
小さな身体をさらに縮めて、サクラはカカシに謝った。
カカシにしても、元々、不純な動機から始めた付き合いだ。
このようにサクラに謝られる筋合いはない。
怒るよりも逆に、まだ子供だというのに自分の想いをひた隠しにしてまで、好いた相手を思いやるいじらしいサクラに、胸が熱くなった。
手を引くと、不意を付かれたサクラはそのままカカシの胸に倒れこんだ。
カカシは硬直した彼女の身体を強く抱きしめる。「辛い恋だったね」
そのままの状態で、カカシはサクラの頭を撫でながら優しく言った。
サクラの瞳から、推し留めていた涙が堰を切ったように溢れ出す。
「・・・ぅん」一言もサクラを責める言葉を発さず、カカシは嗚咽が止まるまで彼女を腕の中に抱き続けていた。
あとがき??
『K』の事情、というタイトルから分かるとおり、この話の主役はカカシ先生です。(分かりにくい)
書きたかったのはサク→ナルでしたけれど。さて、次でラスト。
今までの前振りは一体何だったんだ!!?というくらい、さわやかなラストです。むしろ外伝のような。(汗)
ずっと暗かったので、最後は明るくしたかったのだもの。