恋の道行き 2
「変なのー」
サクラはベッドに寝転がったまま声を出す。
「何が?」
半身を起こして読書をしていたカカシは、傍らのサクラに視線を向ける。
「だって・・・」
サクラは頬を膨らませてカカシを見上げる。
「カカシ先生、どうして私に触れないの。お金払ったくせに」
サクラの言い分に、カカシは苦笑して彼女の頭を撫でた。
自分を全く子供扱いをするカカシに、サクラはさらに不満気な顔になる。
「何よ。私上手なんだからね。試してみなさいよ」
「お子様はそういうこと言わないの」
優しくたしなめると、カカシは二の腕の覗くサクラの身体に掛け布団をかけなおす。「・・・ふん」
サクラはその布団を再びはぎ、そのまま隣りにいるカカシに身体を寄せた。
そして、カカシの手から本を奪い取る。
「こら」
「もう時間おそいよ。早く寝ないとまた明日の任務に遅刻しちゃうんだからね」
サクラは本を部屋の隅に放り投げると、カカシに勢いよく抱きつく。
スプリングが大きくきしみ、反動でベッドの上に押し倒された形になったカカシは、小さくため息をついた。
カカシの叱咤など、サクラは聞く耳をもたないらしい。
それに、寝坊癖はサクラの言うとおりだ。
「分かったよ」
言葉と同時に、手を伸ばしてベッドサイトの明りを消す。
こうして、二人は眠りにつく。
動物のように、丸まって。サクラがカカシの家に居着いてしまってから、すでに二週間が経った。
その間、カカシは全くサクラに手を出そうとしない。
サクラの提示した金額を払うにも関わらず。
それがサクラには不思議でもあり、不満でもある。
「何でよ」
しきりに訊いてくるサクラに、カカシは逆に質問をする。
「じゃあ、サクラは何であんなことしてたの」
教師としての口調ではなく、柔らかな声で。
そうして優しく頭を撫でられると、サクラは何故か誰といるときよりも、素直な心根になってしまう。
カカシの誘導尋問に、サクラも自らの心情を少しずつ話し始めた。「うちね、両親共に仕事持ってるから、お父さんとお母さんが揃って家にいること、あんまりないの。今だって二人共里の外に出てて、家は空よ。小さいときから慣れっこだから、何ともないし、近所に住んでる叔母さん親切にしてくれるから不自由は感じないわ」
サクラはゆっくりとだが、訥々と喋りだす。
「でもね、本当はたまに寂しくなるんだ。昼間は友達もいるし平気なんだけど、夜になるとね・・・」
そのまま、サクラは少しの間口をつぐんだ。明りのない部屋。
目の前の闇に、サクラはとたんに不安になる。
傍らの人間の顔を確認できないことが、さらにサクラの気持ちをあおった。
大丈夫だ。
隣りにいるのは、カカシ先生なのだからと、サクラは自分に言い聞かせる。「・・・先生」
「ここにいるよ」
か細い声を出すサクラに、カカシはしっかりとした返事を返す。
サクラはほっとした気持ちで、頬を緩ませる。「別に好んであんなことしてたわけじゃないのよ」
正直な、サクラの気持ち。
今まで、誰にも打ち明けた事の無いこと。
「夜一人なのが嫌だったの。ずっと。ただ、誰かにこうして温かくしてもらいたかったの」お金に困ったことも、飢えたことも無い。
必要な物は全て揃っているのに。
一番大事なものが欠けた家。冬の冷たいシーツの感触も、二人でいればすぐに温かいものに変わる。
頬を擦り寄らせてくるサクラを、カカシは大事な宝物を包むようにして抱きしめた。
「サクラ!」
昼の繁華街を歩いていたサクラは、呼び声と共に、腕を乱暴に引かれる。
怪訝な顔で振り返り、サクラはその男を訝しげに見詰めた。
「どうしてお前、最近あの場所にいないんだよ!!」
「・・・・ああ」
怒鳴るようにして言われ、サクラはようやく彼のことを思い出した。
夜の街で客引きをしていたときの、常連だ。
暗がりでしかその顔を見たことがなかったから、すぐに分からなかった。
識別できたのは、声のおかげだ。
だが、向こうはサクラの特徴的な髪の色から見分けることが出来たらしい。道行く人間の目を気にしたのか、男はサクラを人気のない路地まで連れ込んでから、ようやく会話を再開する。
「とにかく今夜、うちに来いよ。これ、代金代わり」
サクラの手に物を押し付けて、男は満足げに笑う。
当然、サクラが逆らうとは思っていない声音。サクラは手の内にあるものをまじまじと見た。
金細工の首飾り。
所々に宝石がちりばめられている。
見るからに、高価な逸品だ。
「・・・ごめんなさい。受け取れないわ」
サクラはすぐに品物を押し返す。
「何だよ。先客か?」
珍しい細工を見せたというのに、あまり嬉しそうな顔を見せないサクラに、男も表情を曇らせる。
今までのサクラだったら、喜んですぐに飛びついてきただろう。「うん」
「じゃあ、明日でも・・・」
「駄目なの。ずーっと貸切なの、私」
サクラの言葉に、男は目を見開く。
「どういう意味だよ?」「ある人がね、半永久的に私を買い取っちゃったのよ。だから私、もうあなたのところに行けないの」
サクラはきっぱりとした口調で言った。
そのまま、腕を掴んでいた男の手を無理に外す。
その動作に、男は不機嫌そうに眉を寄せる。「どこの酔狂者だよ。そんな長い間一人の女を買うような奴は」
「・・・あなたには関係ないでしょ」
サクラはそっけなく言い放つ。
その言い方が癇に障ったのか、男はサクラの腕を再び引っ張った。
先ほどよりも力強く。
「イ、いた、痛いって。ちょっと、離してよ!!」
サクラはすぐさま振りほどこうとしたが、抵抗したことで、男の気持ちをよけいに逆撫でたようだ。「今まで散々可愛がってやったのに」
「やめてよ!」
無理やり羽交い絞めにしようとする男に、サクラは悲鳴をあげて抵抗する。
サクラの服に男の手がかかり、サクラは思わず仕込んであるクナイへと手を伸ばそうとした。
だが、サクラが男を傷つけるよりも先に、彼の行動を遮る者が現れた。
男の服を引っつかみ投げ出したのは、今、サクラの最も身近にいる存在。
「か、カカシ先生・・・」
サクラは、安心したのかその場にへたり込む。
サクラの目には、それこそ彼が救いの神のように見えた。
だが、それも一瞬だけだ。
続くカカシの行動に、サクラは暫らくの間、身動きが出来ないほど度肝を抜かれた。カカシが有無を言わせず、男を殴りつけたのだ。
そして、一方的に男に暴行を続ける。
男の顔から血が流れ出しても、その手を緩めない。
相手の男も抵抗しようとするが、もちろん、上忍相手に適うはずがなかった。
カカシは逆に腕を捻り上げ、男の腕は鈍い音をたてる。
骨の折れる音。その音に、サクラもようやく我に返る。
目の前の悪夢のような光景に、震えが止まらない。
だけれど、今、この惨劇を止められるのは自分しかいないのだという気持ちがサクラを動かした。
「せ、先生、やめて!死んじゃうよ」
サクラは必死にカカシの背中に飛びつく。
「かまうものか。こんな奴、死んだって・・・」
サクラがぞっとなるほど、冷たい声でカカシは言った。
サクラの知らないカカシが、そこにいた。
思わず、手を離しかけるが、途中で留まる。
サクラは本能で知っていた。
この手を離せば、カカシはそのまま、本当にこの男を殺す。嫌だと思った。
カカシのことが好きだから。
どんなに憎らしい奴でも、自分のために、カカシに人を殺して欲しくなかった。「やめて!!」
涙混じりの声を、大きく張り上げる。
サクラの、渾身の叫び。
地面には、すでに真っ赤な血溜まりが出来ていた。
あの場を離れてすぐに救護隊に連絡を入れたから、たぶん男の命に別状はないはずだ。
だが、カカシの家に戻った二人の間には、重苦しい空気が流れていた。「・・・カカシ先生」
カカシに歩み寄ったサクラは、その手を取る。
「手、洗わなきゃ。それとも、お風呂入る?私、お湯入れておいたから」
見ると、カカシの手には血がこびり付いている。
服にも、大きな赤い血の染み。
もちろん、カカシの血ではなく、殴った男の血だ。
半ば放心しているかのようなカカシは、虚ろな瞳をサクラに向ける。「ね、先生」
気遣わしげに自分を見るサクラに、カカシはようやく反応をしめす。
血で汚れた手で彼女の頬に触れながら、恐る恐る訊ねる。
「ごめん。怖かった?」
「・・・ちょっと」
サクラは避けるなく、カカシの行為を受け止める。
彼女の返答に、カカシは少しだけ顔を歪めた。
そして、悔しげに声を出す。「何か、あんな奴がサクラをいいようにしてたのかと思ったら、凄く嫌な感じがして・・・」
気分が悪くなった。
相手の男を憎む気持ちよりも。
サクラの寂しさに、もっと早く気付いてあげられなかった自分に、無性に腹が立って。
サクラがその顔を覗き込むと、カカシは泣きそうな顔をしてうなだれている。
消沈しているカカシに、サクラはそっと手を伸ばす。
そうして、背中に手を回し、彼の身体を抱きしめた。
いつも、カカシにされるように、優しく。「ねぇ、先生」
サクラはその温もりを確かめるように、目を瞑りながら声を出す。
「お風呂、一緒に入ろうか。それから」
言葉を切ると、サクラはカカシを見上げて、にっこりと微笑む。
「しよう」
否を許さないというような、力強い声音。
笑顔のサクラを見詰めたカカシは、困ったように笑った。
あとがき??
ようやく『赤い群集』っぽくなったかな?(笑)ほど遠いですが。
どっちが助けてもらってるか、よく分からない話でしたね。
すみません。パラレルすぎて。
たまには、いいでしょうか。(汗)