捩子クレタ家 U


4年前。
サクラの家付近から出た不審火。

時刻が深夜だったことですでに眠りについていた住人に気付かれず、炎は住居の全てを焼き尽くした。
近隣の家を巻き込み、死者十数名を出した大火災。
放火の疑いも含め、当時は随分と騒がれたものだが、結局原因は分かっていない。
そして、死者の中には、サクラの両親の名前もあった。
からくも一人生き延びたサクラだが、そのことがよけいにサクラを苦しめる要因となった。

病院で目覚めたとき、サクラが失っていたもの。

愛する両親。
帰るべき場所。
そして。
顔の左半分。

半身と顔に、サクラは手術でも消すことができない火傷を負っていた。
年若い少女にとって、何よりも耐えられない傷。
奇跡的に生き延びたのだと言われても、サクラは少しも嬉しい気持ちなどにはなれなかった。
そしてリハビリを終え、退院できる身体になったあとも、サクラは外の世界を頑なに拒んだ。

 

 

「出てってよ!!」

病室に見舞いに現れたナルトに、サクラは手近にあった花瓶を投げつける。
もちろん、忍であるナルトは易々とよけた。
陶器が割れ、水の飛び散る音が室内に響く。
分かっていたのか、サクラも花瓶の行方を見ようともしない。
ただ、包帯の巻かれた顔に手を当てて少しでも隠そうとしている。

電灯を消され、昼なお暗い室内。
部屋に備え付けの洗面台は、鏡を黒く塗りつぶしてある。
カーテンがきっちりと閉められ、一筋の光も差し込まない部屋。
これでは、病院内とはいえ逆に身体に悪い環境と思える。

 

「サクラちゃん。先生がもう退院しても大丈夫だって言ってたよ」
「それがどうしたのよ!」
サクラはヒステリックな口調で続けた。
「何よ、それは嫌味なの!!どうせ私には帰るところなんてないのよ。燃えちゃったんだもの。全部」
皮肉げに顔を歪めるサクラに、ナルトは寒気すら覚えた。
以前の、明るい性格のサクラとは、似ても似つかない。
まるで、別人のように変貌してしまったサクラ。

「サク・・・」
「聞こえないの。出て行ってって言ってるのよ!」
冷たく、言い放たれる。
布団を頭からかぶると、サクラは全身でナルトを拒絶した。
あとは重苦しい沈黙が永延と続く。

これ以上、何を言っても彼女は聞かないだろう。
今は、会話をできる状態じゃない。
そう判断したナルトは、静かに踵を返す。
「また来るよ」
小さく声を出し、ナルトはその部屋から退散した。

 

扉を閉めたあと、ナルトは廊下の壁に寄りかかり、暫らくの間放心していた。
掌で顔を覆い、込み上げてくる気持ちをなんとか押さえる。
涙が出そうになるのを、唇を噛み締めてこらえた。
それでも滲んできた涙を袖口で拭いていたナルトは、その気配に、顔を上げる。

「追い出されちゃったのか。ナルト」
「・・・カカシ先生」
病院には場違いなほどに晴れやかな笑みで登場したカカシ。
いつもの、つかみ所のない笑顔。
でも、どうしてかナルトはほっとした気持ちでカカシを見詰めた。
同時に、気持ちが緩んだのか、涙がこぼれる。
カカシに駆け寄ったナルトはその懐にしがみついて押し殺すような泣き声を発した。

 

「カカシ先生、これからどうなると思う」
病院の廊下を歩きながら、ナルトは赤く腫れた目元を擦りながら訊ねる。
「・・・そうだな。サクラは、もう無理だろう」
カカシの最もな意見に、ナルトは力なく俯いた。

ナルトも十分理解している。
サクラがあの状態では、忍として続けていくことは到底無理な話だ。
傷のこともあるが、精神面で。
「今、火影さまと相談して全部上手くいくように考えてるから、心配するな」
カカシは傍らを歩くナルトの頭にポンと手を置く。
「すぐに結論は出るよ」
珍しく、どこか思いつめたような声でカカシは言った。

 

そしてその言葉どおり。
火影の下知に従い、早急に話は進んだ。

突然に、病院から姿を消したサクラ。

里を離れたのだ。
カカシがサクラを連れて。
それはナルトにとって全く予想外な展開だった。

 

 

「何で、何でだよ!」
事態を知ったナルトは、すぐにも火影のいる部屋へと直行した。
予想していたのか、火影は部下の誰にもナルトを遮ることをしないようにと命令していた。
ドアを開いたまま、ナルトはずかずかと部屋に押し入り、火影と顔を付き合わせる。
納得のいく返答をもらいたいという構え。

火影は激昂したナルトにもさして動揺を見せず、静かに答えた。
「サクラが望んだことじゃよ」
ナルトの目が、大きく目を見開かれる。
「あれが、忍でいることも、里にいることも拒んだ。カカシはただそれに従っただけだ。短い期間とはいえ、生徒であった子供を見捨ててはおけんかったんじゃろうな」
「嘘だよ。サクラちゃんが、そんな」
「言い切れるか?」
火影の切り替えしに、ナルトは言葉を詰まらせる。
強い眼光で見詰め返してくる火影に、ナルトは思わず顔を伏せた。

世の中の、何もかもに悲観したような状態だったサクラ。
自らの死を望むような言動を繰り返していたと聞く。
その彼女が最終的に望んだのは、全てのことから逃れることだった。
あまりに、辻褄の合う結末。

 

「カカシには長い間よく働いてもらったからな。特別に許可を出した」
言いながら火影はゆっくりと椅子の背もたれに身を沈めた。
ナルトも部屋に乗り込んできた当初の勢いは消え、沈痛な面持ちで俯いている。
暫し黙り込んでいたナルトは、ある瞬間に、バッと顔を上げた。
その瞳には、何か決心をしたような光。

「場所は誰にも言わんと約束したんじゃよ」
ナルトに先んじて、火影は鋭く釘をさした。


あとがき??
いきなり4年前の回想。あらー。
なんか、もっと短く終わらせるつもりでしたが、ここまで書いたらナルトが帰ったあと、カカシ先生とサクラの間に何があったのか書きたくなってきましたね。予想外。

どないしよう。・・・ナルトのせいで、また長くなったわ。
とっても『バニラ・スカイ』な内容でした。
それにしても、どすぐらい。半ば拉致監禁ものみたいだ。(ギャー)
次はカカサクね。


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