捩子クレタ家 V


「サクラ、ナルトの奴泣いてたぞ」
「カカシ先生!」
カカシが病室にやってくるなり、サクラはベッドから顔を出した。
裸足のまま駆け出し、その懐に飛び込む。
カカシの衣服からは、冷え冷えとした外の空気。
サクラは眉を寄せてカカシを見上げる。

「・・・どこ行ってたの」
「ナルトの見送りだよ。病院の門のところまで」
答えるカカシを、サクラはキッと睨んだ。
「行かないでよ!どこにも。病院にいる間はずっと私のそばにいてよ」
怒鳴りつけるように言う。
だが、カカシはあやすように優しくサクラの背を撫でた。
「・・・ごめん」

カカシの謝罪に、サクラはそのままカカシの胸に顔を埋める。
満足げに微笑みながら。

 

 

「ごめんなー。メロンを買う予算がなかったんだ」
カカシは頭をかいて申し訳なさそうに言った。
そして、代わりにと購入してきたバナナを差し出す。
「何なら剥いてあげるけど、食う?」
猿でもできる行為を、カカシは恩着せがましく言ってのける。

かと思うと、手にしたバナナを許可を待たずに剥き始めていた。
そして、そのままひょいと自分の口へと運ぶ。
「うん。美味い」
頷きながら、二口、三口と、止まらない様子でばくばくと食べ始める。
「実は給料日まであと3日もあるのにもう無一文なんだよ。昨日から断食状態」
カカシは笑いながら二本目のバナナに手を伸ばした。
見舞いの品だということをすっかり忘れて。

それが、事件の後、最初にサクラの病室を訪れたときのカカシの行動だった。

見舞いという名目でやってきた人間は、皆一様にサクラに同情的な視線を向けた。
いたわりの言葉を並べ、腫れ物に触るように、サクラに優しく接してくれた。
だが、それがサクラにはたまらなく不快に思える。
自分の様相が、以前とは変貌してしまったのだと、自覚してしまって。

そこへきて、カカシの風変わりな行動。
いや、それまで通りの、カカシの姿。
サクラは病室で初めて微笑らしきものを見せた。
涙と共に。

以前と変わることなく、自然に接してくれる。
それだけで、救われた気がした。
以来、サクラはカカシにだけは心を開いて会話するようになっていた。

 

 

「カカシ先生、私、もう耐えられない。病院の先生まで、私のこと追い出そうとしてるのよ」
「でも、サクラには帰るところがまだあるだろう。叔父さんや伯母さんのところとか・・・」
「絶対に嫌よ!!」
サクラは撥ね付けるように言う。
「私みたいなのが行っても、迷惑だって思うだけよ」

両親の兄妹とはいえ、二人とは不仲だったのか、殆ど付き合いのなかった人達だ。
顔を合わせて、誰がサクラを引き取るのかもめているのを、サクラは偶然にも耳にしてしまっていた。
サクラの前では親切な顔をしておきながら、いかにも、彼女のことをお荷物だというように話していた伯父と叔母。
そんなところに、絶対に行きたくはない。

「叔父さん達のところに行くくらいなら、私、舌を噛むわ」
「サクラ!」
カカシは、初めてサクラを叱咤する声を出す。
サクラはびくりと身体を震わせたが、前言を撤回しようとはしなかった。
むっつりとした顔で黙り込む。

カカシは途方にくれたようにため息をついた。
「なら、サクラはどうしたいの?」
「・・・・」
額に手をやり困り顔のカカシに、サクラはそれまで心に思っていたことを口に出す。
「私、里から離れて、遠くに行きたい。誰も来ないところに」
目を見開いたカカシに、サクラは更に言葉を続ける。
「カカシ先生と一緒に」

 

サクラの提案を、カカシは最初まともに取り合おうとはしなかった。
子供の、単なる思い付きだと。
説得をしようとした。

「サクラ、それはできないよ」
「何でよ」
「サクラ、言ってる意味、分かってる?」
覗き込むようにして、カカシはサクラの顔を見る。
「サクラが遠くに住みたいってのは良いとしても、俺には俺の生活があるんだよ。そして、サクラは俺の家族じゃなくて、ただの生徒だ。どうしてそこまでする必要がある?」
サクラは涙をためた瞳でカカシを見据える。

「カカシ先生、私のこと嫌い?」
「嫌いなら、毎日ここに来ないよ。大人しく叔父さんの家に行きなさい。これからも様子を見に行くから」
「嫌!!先生とずっといるの。遠くに行くの」
サクラは聞き分けのない子供のように駄々をこねる。
いつもの、分別のある優等生然とした、サクラらしくない。
まるで、幼児期に後退してしまったかのような、行動。

事故のことが、すっかりサクラの心を萎縮させていた。
毎日包帯を取替えに来る看護婦でさえ、目を背ける傷。
そして、一歩病室から出れば、静まり返る廊下。
里でも有名な火事でのことを知っており、皆、痛ましい目でサクラを見詰めてくる。
誰かが話しているのを視界に入れても、サクラは自分の顔のことを言っているのではと勘ぐってしまう。
病院内ですらこうなのだ。
外の世界に出れば、もっと好奇の視線に晒されることになる。
そのことを思うだけで、サクラは気が狂いそうになる。

 

「先生、私何でもするから。お願い」
最後には、サクラはカカシにすがるようにして泣き出した。
当惑気味のカカシは、押し黙ったままサクラの背を軽く叩いた。


あとがき??
カカサクじゃなくて、サクカカになってしまったー!あらー。
次はまた4年後ね。分かり難くて申し訳ない。
テーマソングは鬼束ちひろ、「Cage」「眩暈」。「流星群」も良いよねv

えーと、警告です。
これは本当に果てしなく暗くて救いのない話なので、そういう展開を望まない人はW以降読まない方がいいです。
暗さ度数もさりげにアップ。
タイトルどおり、捩子くれてます。どこまでも、歪んだ愛情。
「越後屋、おぬしも悪よのぅ」「いえいえ、お代官様ほどでは」という感じで。(緊張感のない時代劇会話・・・)


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