捩子クレタ家 W


扉を開けたものの、サクラはその場所から動こうとしない。
ナルトは必死に呼びかける。

「サクラちゃん。帰ろう」
「・・・どこに?」
サクラは淡々とした調子で声を出した。
拒絶するわけではなく、素朴な疑問。
本当に、分からないというように。

「どこでもいいよ。叔父さんのところでも。いやなら、俺のところに来てもいいよ。とにかく、こんなところからは出るんだ」
サクラは小首をかしげて言った。
「・・・・どうして?」
押し問答のような会話が続き、ナルトは明確な答えが返って来ないことに段々苛立ち始める。

「皆が捜してるからだよ。君の叔父さんや伯母さんだって必死になってるんだよ」
その言葉に、サクラは弾かれたように顔をあげる。
「嘘!」
初めての、即答。
伯父と叔母の名前が出たとたん、サクラはそれまでにない反応を見せた。

 

サクラが隠遁生活を送りたいと思った起因。
彼らがサクラを疎んじていたから、サクラは逃げたいと思い始めた。
「あの人たちは、私のこといらないって言ってたもの・・・」
サクラは額に手を当て、思い出すように声を出す。
その顔は、蒼白と言っていい。
よほど思い出したくないことなのか、他に理由があるのか。

「それは、何かの間違いだよ。だって、叔父さんはサクラちゃんがいつ来てもいいように部屋を用意してたんだよ。君が快適に過ごせるよう、改築して」
これはサクラの気を引くためのでまかせではない。
彼らが泣いてサクラの捜査を頼んだからこそ、ナルトもこうして動く口実ができた。
伯父と叔母の話が出たことで、明らかにサクラに動揺の色が見える。
ナルトは畳み掛けるようにして言葉を続けた。
「誰かに、叔父さん達が君を疎んじているっていう暗示をかけられたんじゃないの。当時君のそばにいた、誰かに・・・」

サクラが外の世界を拒絶するように。
心の内の不安を煽るように。
誰かが、サクラに語りかけていた。

「・・・私」
サクラは尋問を受けているように、弱々しい声を出す。
思わず後退りするサクラに、ナルトはじりじりと距離を縮める。
「こんな辺鄙なところに閉じこもっていたら、サクラちゃんのためにならないんだよ。だから、行こう」
ナルトは怯えているサクラを刺激しないよう、ゆっくりと手を差し出した。

 

「お前のために、の間違いじゃないのか」

 

サクラに触れるか触れないかという時に聞こえた、声。
ナルトはぎくりと肩を震わせる。

 

「カカシ先生!」
緊張するナルトとは対照的に、サクラはナルトの背後を見て、嬉しそうに顔を綻ばせる。
それは、まさに劇的な変化だった。
ナルトの顔を見ても不安げな表情しか見せなかったサクラが、喜色満面の笑みを浮かべている。

険も露わに振り返ったナルトの眼前には、4年前と全く変わらず、矍鑠とした姿のカカシ。
彼は面白そう笑ってナルトを見詰めていた。
顔は笑顔だというのに、目にはどこまでも不穏な光。

「なるほどね。お前の悪知恵だったんだ。火影さまからの急な呼び出しなんて、変だと思ったけど」
言いながら、カカシはあっさりとナルトの横を通り過ぎる。
「ただいま、サクラ」
「おかえりなさい」
サクラは飛びつかんばかりにカカシを出迎えた。
カカシが易々と背後を見せたのは、ナルトなどどうとでもできるという余裕の表れか。
そうした考えに、ナルトは苦虫を潰したような顔になる。

 

「待てよ・・・」
ナルトはサクラに対するものとはがらりと口調を変え、カカシに向き直った。
「カカシ先生、あんた、あの火事の夜どこにいた?」
不躾なその質問に、カカシは片眉を上げてナルトを振り返った。
「・・・何だって?」
「もう調べはついているんだ」
ナルトは厳しい声音をくずさずに問い詰める。
「あんたはサクラちゃんの家が火事になる直前に、この家を購入した。知っていたからだろ、火事のことを」

サクラの家に火をつけたのは。
そして、サクラが自分のもとに来るように仕向けたのは。
カカシなのだとナルトは言っている。

それならば、あの火事の中、サクラただ一人が生き延びたのも。
納得できる。

 

だが、自分を睨みつけているナルトに臆することなく、カカシはしごく冷静に言った。
「そこまで言うからには、証拠があるのか。俺が付け火をしたという」
カカシの言葉に、ナルトは口をつぐむ。
もし、それが真実だったとしても、上忍のカカシが証拠になるようなものを残しているはずがない。
口論となっても勝ち目が無いことが分かっていたから、ナルトはカカシが帰ってくる前にサクラを連れ出そうとしていたのだ。
黙り込んだナルトに、カカシはさらに続ける。
「家は仕事を引退したときのために買っておいた。それだけの理由だ」
理路整然とした物言い。
「他に言いたい事はあるか?」

「でも・・・」
「やめて!」
なおも言い募ろうとしたナルトに、サクラが割って入った。
「ナルト、お願い。もうやめて」
サクラは悲しげな瞳をナルトに向ける。
その姿に、ナルトな泣きそうに顔を歪ませた。

「サクラちゃん、君は洗脳されてるんだよ!!君の顔がそうなったのも、両親が死んだのも、先生のせいかもしれないのに」
「構わないわ」
表情を変えることなくサクラは答える。
愕然とするナルト見詰め、サクラは静かな口調で告げた。
「どうでもいいことだもの。カカシ先生がそばにいてくれるのなら、私幸せなの」

ナルトはサクラを見ていなかった。
サクラが言葉を紡ぐ間、ナルトが見ていたのはその後ろに立つ人物。

「来るのがちょっと遅かったみたいだな。ナルト」
カカシはサクラの背後から彼女の肩に手を置く。
そして晴れやかに笑って言った。
「バイバイ」

 

 

来た道を一人戻るナルトは、一度だけその家を振り仰いだ。
歪んだ愛情の棲む家。
それでも。

当人達が望むのなら・・・。


あとがき??
もっと歪んだ話だったのですが、パス。ごちゃごちゃとしてて面倒だったんで。
あっさりと終わらせてみました。

ギリシャ神話的に言うと、カカシはハデスですね。
ベルセフォネーはその妻。
ハデスに攫われた彼女をゼウスの命で迎えに来るヘルメス。
しかし、時すでに遅し。彼女は帰ることの出来ない身になっていたのですよ。(石榴食べちゃったから)
おとめ座の神話。


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