捩子クレタ家 T
里から遠く離れた一軒の家。
この家以外に、周囲に人口の建造物らしいものは一切見当たらない。
年代を経た石の外壁は、訪れる者のいない家屋に全く不釣合いなもの。
一見して、一つの家族が生活するには十分すぎるほどの敷地を持っている。
まるで、来訪者を拒むように、雑木林にひっそりと佇んでいる家。道中にいくつかあったトラップを難なくクリアし、ナルトは草地を分け入った。
表札すらない門構えを前に、僅かに顔をしかめる。
鴉の鳴き声が、外壁に囲まれた家をよけいに殺風景なものにする。
このような寂しげな場所に、本当にいるのだろうか。
確かな筋の情報だというのに、実際にこの場所に来て、ナルトの気持ちは少しだけ揺らいだ。記憶に残る、4年も前の姿のままで止まってしまった彼女の面影。
その彼女に、あまりに似つかわしくない家だった。
呼び鈴、などというものは初めから存在しない。
しょうがなく、門から玄関先までの小道を歩くナルトは、ふと、顔をあげて家の二階窓のあたりを見た。
何者かの視線を察知したのか。
その先には、カーテンの僅かな隙間から人影らしいものが見えた。
一瞬だけだったが。
確かに、桃色の髪をした人間。「・・・サクラちゃん」
昔のままに、ナルトはその人の名前を呼んだ。
その名前が口から出ると同時に、高揚する気持ち。この場所に来るまでは、本当は迷っていた。
ずっと捜していたというのに。
彼女を前にして、どんな言葉をかければいいのか。
だけれど、その姿を垣間見たと思った瞬間に。
全ての迷いは霧散してしまった。彼女に会いたい。
その思いだけが、ナルトを突き動かす。
当然のように、鍵の掛かった玄関。
ノブを何度か回し確かめたあと、ナルトは扉を大きく叩いた。「サクラちゃん!!」
呼びかけに、応えるものはいない。
だけれど、ナルトには分かる。
彼女は、この扉のすぐ向こうにいる。
息を殺して、自分の行動を見守っている。一度深呼吸をし、ナルトはゆっくりと声を出した。
「サクラちゃん、もういいだろ、戻っておいでよ。皆、待ってる。君を捜しているんだよ」
返ってこない返事。
でも、彼女が聞いていることは確かだ。
ナルトは覚悟を決めて、扉に手をかける。
「・・・ごめん。扉、開けるよ」
言葉と同時に、印を結ぶ。
扉の戒めを解くための、呟き。鍵を壊そうとしているナルトに気付いた家の住人は、ようやく、反応をみせた。
「やめて!!入ってこないで!」
聞き間違えるはずのない、その声音。
印を結んだまま、ナルトはその動きをピタリと止めた。
不覚にも、目に涙が滲む。
長い間、耳にすることの出来なかった、でもずっと聞きたかった、彼女の声。
たとえ、自分を否定する言葉だったとしても、喜ぶ気持ちを押さえられない。「サクラちゃん」
切なる声で、呼びかける。
「ここを開けて」無理に扉を開けることは可能だ。
でも、それでは意味がない。
彼女が、自分の意志で扉をあけて、そして、この場所から出ようと思ってくれなければ。
ナルトは祈るような気持ちで、扉の先を見据えた。
長い時間が経過する。
それでも、ナルトが立ち去る気配はない。
ただ、ずっと待っている。
彼女の答えを。本当は、時間はないのだ。
彼が戻ってくる前に、何としても、彼女をここから連れ出したい。
いや、連れ出さなければならない。
しかし、逸る気持ちを抑え、ナルトは待ちつづける。
やがて、少しずつ。
少しずつ、扉が開き始めた。
その先に、ひどく落ち着かない様子で佇む彼女の姿。
腰まで伸びた髪。
見下ろす形になる、彼女の頭。
少しシャープになった輪郭。
丸みを帯びた、女性らしい体つき。彼女の変化が、長かった年月を感じさせる。
でも、やはり一番最初にナルトの目についたのは。
痛々しくも、彼女の顔半分を覆った、白い包帯だった。
あとがき??
あれ、カカシ先生出てこないよ。
元ネタはカインシリーズの『捩子くれた小さな家』。
でも、ストーリーが浮かんだのは、トム・クルーズの映画『バニラ・スカイ』を観てたときですね。