桎梏


よく晴れた日の公園。
平日ということもあり、子供を遊ばせている母子の姿が目立つ。
そんな中、カカシとサクラは花壇近くのベンチを占領し、睦まじい様子で談笑していた。

 

「何、これ?」
「プレゼント」
差し出された包みを受取ながら、サクラは訝しげな表情をする。
「私の誕生日、まだ先だけど」
「いいじゃないか。別に、それとも、何かの記念日じゃないとプレゼントをしちゃいけない?」
「そういうわけじゃないけど・・・」
サクラはまだ不審げな顔つきだ。

「何だか、やましいことがあるんじゃないでしょうね」
サクラはじろりとカカシを睨め付ける。
「何にもないよ。俺がサクラに隠し事なんてするわけないだろ」
けろりとした顔で言うカカシに、サクラはそれ以上追求しようとしなかった。
どのみち、隠し事があってもカカシがサクラに真意を見せるはずがない。

「開けて良い?」
頷くカカシに、サクラは包み紙を開け始める。
出てきたケースの中には、銀製の十字架を象ったネックレス。
サクラは何故か意外な気持ちでそれを見詰めた。

十字架は異教の神の象徴だ。
およそ神など信じていないように見えるカカシが、このようなものを贈るとは。
単なるアクセサリーにしては、それはあまりにシンプルなデザインだった。

 

十字架を手に思案にふけるサクラに、カカシは微笑みかける。
「付けてあげる」
サクラの答えを待たずに、カカシは十字架を手に立ち上がった。
ベンチの背面に周り、サクラの首に手早くチェーンを留める。

首にかけると、銀の細工はサクラが思った以上に重みがあった。
サクラは僅かに首を傾げたが、別に邪魔になるほどではなく、笑顔で振り返る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
カカシは仰々しく返礼して笑った。

「それはね、俺とサクラを繋ぐ鎖なんだ。だから、何があっても絶対に離すなよ」
「ずっと?」
サクラの問いに、カカシは頷く。
「寝るときとか、お風呂のときも?」
カカシは再び頷く。
「俺のことを好きな間は外しちゃ駄目」
サクラの顔を覗き込み、カカシはしごく真面目に言った。
あまりに真剣な目で言うものだから、サクラは逆にくすりと笑う。
「分かったわ」

 

 

「相変わらず、仲が良いですね」

サクラと別れ足早に歩くカカシと、彼に付き従う影が一つ。
カカシは振り向くことなく答える。

「何の用だよ、デバガメ野郎」
「覗いているのを分かってて長ったらしいキスしてたの誰ですか」
「俺」
悪びれもせずに答えるカカシに、ハヤテは早々に話題を変えた。
「近々随分難しい任務に向かうらしいじゃないですか。命の危険が伴うほどの」
「・・・・」
白々しい、と思いながら、カカシは舌打ちする。
ハヤテはカカシに近づき、さも愉快だというように含み笑いをする。

「あなたが死んで悲しむ彼女を、慰めて親しくなるという手もある」
「どうやって火影さまに取り入ったんだ」
「・・・まぁ、いろいろと」
不快げに眉を寄せるカカシに、ハヤテはにやりと笑った。

ハヤテの言葉通り、カカシは近くに達成困難な特Aランク任務に向かうことになっている。
個々の任務の決定権は、火影がにぎっていた。
カカシが死地に赴くよう手を回したのがハヤテだということに、カカシはすでに気付いている。
火影が一度下した命令が覆されることは、絶対にない。

 

カカシとハヤテは歩きながら、火花を散らすやり取りを繰り返す。

「サクラに付きまとっても無駄だよ」
「どうでしょうかね」
ハヤテは口端を緩め、暗い笑みを浮かべる。
だがそんなハヤテを横目に、カカシも声を出さずに笑った。

意図の読めない笑い。
ハヤテは表情を怪訝なものに変える。
カカシは笑顔のまま声を出す。

「今日、サクラにやった十字架、あれ爆弾なんだ」

さらりと告げるカカシに、ハヤテは思わず立ち止まった。
歩みを止めたカカシは振り返り、その日初めてハヤテの顔をまともに見る。

 

「超軽量だけど威力は抜群。俺のね、ここと連動してるの」
言いながら、カカシは親指で自分の心臓を指さす。
「知り合いの医者に頼んで、俺の心臓のすぐ横に機械を埋め込んで貰った。俺の心臓が止まると、それを感知してサクラの持ってる十字架が爆発するようになってるんだ。首が吹っ飛んで生きてる人間ってのは、まぁ、皆無だよね」
絶句して立ちつくすハヤテに、カカシはなおも続ける。
「首飾りを取ろうとしても無駄だよ。あれは、一度付けたら外れないようになってるから。無理に外そうとしたら、爆発する。でも、ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れないから、日常生活をおくる分には安心な代物」

あまりに軽やかな口調。
だが、カカシが冗談で言っているのではないことは、その目を見れば分かる。
ハヤテは思わず声を震わせた。
「・・・・何で、そんなことを」

口に出してから、気付く。
それが愚問だったと。
案の定、カカシは易々と答えを返してきた。
薄い笑みを浮かべながら。

「サクラを愛してるから」

 

ハヤテは二の句を継げず、ただ呆然とカカシを眺めた。
真から愛しているなら。
普通は何があっても生き延びて貰いたいと思うだろう。
だが、目の前にいる上忍はまるで正反対のことをしようとしている。
歪んだ愛情に軽い眩暈を覚えながら、ハヤテは何とかその場に踏みとどまった。

「サクラは俺が連れて行くよ」

黙り込むハヤテを一瞥し、カカシは踵を返す。
彼のあとを、ハヤテはもう追う気持ちにはならなかった。


あとがき??
「桎梏」は「枷」の意味ですよ。
錠をつけられてしまったサクラちゃん。好きなうちは生きてられます。
ペンダントヘッドを十字架にしたのは、カカシ先生なりのブラックジョーク。
例え殉死しても、カカシ先生とサクラちゃんでは逝く場所が違うと思いますが・・・。
天国と地獄。

サクラに横恋慕する人物をハヤテさんにしたのは個人的趣味。ハヤテさん、好きなの。


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