未来を君に捧げる


呼び出しの放送が廊下で鳴っているのが分かる。

病室は切り花で満ちていた。
彼が毎日大量に持ってくるからだ。
サクラが好みそうな、明るい色彩の花々を。
白い壁、白いカーテンの部屋は、その花たちのおかげで殺風景ではなくなっていた。

 

「先生。もう十分ですよ・・・」

無言だったサクラの母親が、小さく呟く。
疲れた横顔は、実際の年齢より十は老けて見えた。

「何がですか」
「あなたはまだお若いですし、未来があります。サクラのことは、どうか忘れてください」

彼女の視線の先には、ベッドに横たわるサクラの姿があった。
生命を維持するための管が身体に巻き付いている。
頬はこけ、やせ衰えた顔は、昔の面影を全く残していない。
あれほど健康的だったサクラから、どうして今の姿を想像できよう。

「お母さん、私はサクラを愛しているんです」
カカシは柔らかく微笑んで言った。
「この気持ちはこれから先もずっと変わりませんよ」

思いやりのあふれるカカシの言葉に、サクラの母は涙をこぼした。
その姿を見詰めるカカシの瞳が、異常に冷ややかなものであることを知らずに。

 

数年前、サクラは歩道橋の階段を踏み外し、転落した。
打ち所が悪く、意識不明の重体。
そのまま、サクラが目を開けることはなかった。
医者にさじを投げられてから献身的に看護を続けてきた母も、最近では、もうサクラを楽にしてやってもいいのではないかと考えていた。
自分が看病に疲れているということもある。
それ以上に、年若い娘がこのまま骨と皮だけになっていく姿をさらさなければならないことが、忍びなくて。

だが、カカシは毎日病室に現れては、そんな弱い母親を叱咤している。
彼はサクラの婚約者であり、サクラが事故にあったのは式の三日前のことだった。

 

 

やがて、サクラの母親は、花瓶の水を替えるために病室をあとにした。

窓際にいたカカシは、サクラの傍らへと移動する。
計器に目をやり、最後にサクラへと視線を落とす。
変わり果てた姿のサクラ。
それでも、彼女への気持ちはみじんも変わらない。

「・・・・サクラがいけないんだよ」

サクラを見下ろしたまま、カカシは言い放つ。
サクラの母親が消えたことで表情は一変し、その瞳は、憎しみを含んでいるように見える。

「死んだ人間のことを、まだ愛してるなんて言うから」

 

サクラを手に入れるために、彼女の想い人を殺した。
任務中の事故に見せかけて。
暗部時代から培ってきた人脈を使えば、カカシにはわけないことだ。

絶望し、自暴自棄に陥っていたサクラを親身に世話したおかげで、彼女はカカシに心を開いていった。
その幸福の絶頂で。
サクラに、やはり結婚は出来ないと告げられた。
理由は、死んだ彼のことを忘れられないから。
葬ったことで、サクラの心に彼の存在がより鮮明に残ってしまったことを悟り、絶望の淵に突き落とされた感じだった。

カカシは衝動的にサクラを階段から突き落としたことを深く後悔し、サクラがかろうじて命を取り留めたことで、初めて神という存在に感謝した。

 

「逝かせないよ。あいつのいるところなんかに・・・・」

カカシはサクラの手をきつく握りしめる。
サクラの顔に表情らしいものは見あたらず。
ただ、サクラの心音を伝える機械音が、静かな部屋に鳴り響いていた。


あとがき??
ラブラブを書くと、反動でこういうのが書きたくなるのですよ。はぁ。
何だか『この世の果て』という昔のドラマを思い出したので、タイトルはその最終話から。
鈴木保奈美と三上博史が出演していた。

盲目の妹に角膜をあげるため、そして愛する人にお金を与えるため。
自らの命を投げ出す主人公のまりあ。
タバコを一服した後、まりあが何のためらいもなく車道に飛び出した姿が印象に残っている。(その後、EDにかかる“アベマリア”のBGMも)

「君を失うことで、君を手に入れた」ってのがキャッチフレーズ。


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