「サクラちゃん」
夏の日差しの下、日傘を差して歩くサクラを見つけナルトは呼び掛けた。
振り返ったサクラはナルトの顔を見るなり、柔らかく微笑む。
長い髪を緑の髪留めで一つにまとめ、白いワンピースを着たサクラは息を呑むほど綺麗だった。
まだ少女の面影を強く残す彼女が一児の母とは、とても信じられない。
ナルトはどぎまぎとする気持ちを押さえ込みながらサクラに歩み寄る。

「どこに行くの?モモちゃんは一緒じゃないの」
「うん」
サクラは浮かない表情でナルトを見詰める。
「お母さんが夏風邪をこじらせたみたいで、寝込んでるの。全然起きあがれないみたいで、心配で。それで、カカシ先生がモモの世話をするから行っておいでって言ってくれたの」
「・・・そうなんだ」
「三日くらいは両親のところにいるつもり」
母親のことも心配だが、家に残してきた娘と旦那のことも気がかりなのだろう。
サクラは暗い表情で俯いた。

「じゃあ、じゃあさ、俺も時間を見つけて先生達の様子見てくるよ!モモちゃんの顔も見たいし」
ナルトはサクラを元気づけるように肩に手を置く。
サクラの娘のモモはまだ乳幼児だ。
何かと手のかかる時期で、カカシ一人でてんてこ舞いになることは目に見えている。
「うん。有難う、ナルト」
顔を綻ばせたサクラに、ナルトは安心して笑顔を返した。

 

 

その足で、ナルトはさっそくカカシの家へと向かう。
ちょうど今日は非番の日だ。
緊急の呼び出しがないかぎり、自由の身だった。

「カカシ先生―」
呼び鈴を鳴らし呼び掛けたが、カカシは出てこない。
娘を連れて散歩にでも行ったのだろうかと思ったが、この炎天下、赤子には負担が強いような気がする。
首を傾げたナルトが試しにドアノブに触れると、それはあっさりと動いた。
「不用心な・・・。先生、入るよ」
ナルトは一応声をかけてから上がり込む。
そしてリビングに入ろうとした瞬間に、ナルトは大きく目を見開いて身体を硬直させた。

そこにカカシはいた。
娘のモモも。
そして、カカシの手はモモの首にかかっている。

ナルトにはその光景が、カカシが赤子の首を絞めているようにしか見えなかった。

 

「せ、先生!!!」
我に返ったナルトは、慌てて二人に駆け寄る。
「な、何やってるんだよ!」
ナルトが思わずその手を払いのけると、カカシはゆっくりとナルトに顔を向ける。
「・・・いつ来たんだ」
「ついさっきだよ。それより、何しようとしてだんだよ!」
「・・・・」
カカシはナルトから視線を逸らす。
「うるさいから、ちょっと静かにしようと思って。サクラがいなくなると、泣いてばかりなんだ」

ナルトが急いで抱き上げると、モモはぐったりとしていたが呼吸をしていた。
ホッと息を付くとナルトはカカシを睨み付ける。
「あんた、父親だろ!子供が泣いたからって、首を絞める親がどこにいるんだよ!!」
いきり立つナルトに、カカシはあくまで落ち着いた声音で答える。
「・・・そうだな、お前が来てくれて助かったよ。それが死んだら、サクラが泣くから」

その言葉に、ナルトは妙な引っかかりを感じた。
モモを腕に抱いたまま、ナルトはカカシを不安げに見る。

「・・・先生は?カカシ先生だって悲しいだろ、モモちゃんがいなくなったら」
肯定を望む問い掛けに、カカシは不思議そうな顔をした。
「何で俺が悲しむんだ」
「だ、だって、先生はモモちゃんの父親なんだし・・・」
必死に言い募るナルトに、カカシは薄い笑みを浮かべる。
「血が繋がっていれば愛せるなんていうのは幻想だよ、ナルト。実際、それが俺にちょっとでも似てたら見た瞬間に殺してたかもしれない」
カカシは目を丸くするナルトを見て、くすりと笑う。
「子供は、サクラを掴まえておく枷だよ。嫌がるサクラに子供が出来るよう強要したのは俺だし、その子のおかげでサクラを手に入れられた。感謝はしてるけれど、愛情を抱けるかどうかは別の話だ」

 

子供はあくまでサクラを捕らえる道具だと豪語するカカシに、ナルトは開いた口が塞がらない。
「で、でも可愛いとは思わないの。ほら」
ナルトはモモの顔をカカシによく見えるように掲げる。
ナルトにはサクラの娘ということを除いても、愛らしくていとおしく思える小さな赤子。
だけれど、モモを見詰めるカカシの眼は凍り付くほど冷ややかだ。
「サクラにそっくりなその顔は好ましいと思うけど、それだけだよ。サクラがいなかったら、何とも思わないだろうな」
愕然とするナルトを尻目に、カカシは窓際へと移動する。

「でも、最近邪魔だと思うことの方が多くなった。それがいると、サクラが俺の方をあんまり見てくれないんだ・・・・」
カカシは窓の外へ目を向けながら呟いた。
窓から入り込んだ風がチリチリと風鈴を鳴らす。
心ここにあらずといった抑揚のないカカシの声に、ナルトは寒気を覚えた。
カカシの目にはサクラしか映っていない。
娘がサクラとの関係の傷害となるのなら、カカシは躊躇無く娘を排除することだろう。

「先生、そんなにサクラちゃんが大切?」
ナルトは哀れみのこもった声で言う。
振り向いたカカシはそれに気付くことなく、表情を和らげる。
愛情にあふれるその笑顔は、娘にはけっして向けられないものだった。

 

 

数日後、サクラは菓子の折り詰めを持ってナルトの家を訪れた。

「ナルト、私がいない間、毎日来てくれたんですってね。本当に有難うね」
しきりに感謝するサクラに、ナルトはどうしてか暗い顔だ。
「別に、俺が勝手にやったことだよ・・・」
「でも、有難う」
にこにこ顔のサクラは明るい声で続ける。

「モモったら、全然カカシ先生になつこうとしないのよ。だから心配だったの。ナルトだったらモモのお気に入りだし、安心して任せられるわ」
邪気のない笑顔を浮かべるサクラに、ナルトは苦しげな顔つきになった。
「・・・また、モモちゃんを置いて外出するときがあったらいつでも言って。俺、すぐに行くから」
「そんな、悪いわよ」
「いいから」
思わず声を荒げたナルトに、サクラは目を見開く。
「・・・うん」
その真剣な眼差しに怪訝な表情をしたが、サクラは素直に首を縦に動かした。


あとがき??
『満』は“みつる”かな。
『空』と並べると駐車場の空車状況みたいだ。
しつこいくらい書いてるけど、うちのカカサクは将来娘が生まれるんですよ。
名前はいろいろ変わるけど。
次はいきなり13年後。カカシ先生が・・・・。書くかは未定。
回を追うごとに人道から外れていく。(びくびく)
サクラの受難は続くよ、どこまでも。

『満』は『空』を書く1年くらい前に出来ていた話。
嫌な先生なので、書いてなかったけど。さらに、もっとシビアな話だったのだけど。
でも、サクラちゃんは先生を放っておけないんだな。分かってるんだけど。
カカシ先生のモデルは『カナリア・ファイル』シリーズの有王のパパ。
子供にとっては迷惑すぎる父だ。


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