母さんは誰よりも綺麗な人だった。

 

友達の家に遊びに行っても、授業参観で親が集まっても、道行く親子連れを見ても、母さん以上に美人の母親はいない。
母さんと手を繋いで町を歩いていると、ちらほらと振り返る男の人達。
でも、子供の僕の存在を目に留めると、みんながっかりとした顔をして踵を返す。
母さんはそんな人達の視線に、全く気付かなかった。

「何?」
くすくす笑いの僕に、母さんは怪訝な顔をする。
「何でもないよ」
優越感に、自然と心が浮き立つ。
母さんは、僕だけの母さんなんだ。
手を握る力を強めると、母さんが振り向いた。
「ちょっと暑いね。アイス食べて帰ろうか?」

買い物帰りの夕方の道。
母さんは優しい笑顔で僕を見詰める。
これ以上ないほどの、幸福な瞬間。
母さんは僕の一番の自慢だった。

 

でも、幸せな時間はそう長くは続かない。
夜になると、あいつが帰ってくる。
悪の根源が。

あいつは僕を憎んでいる。

母さんはあいつが帰ってくると、飛ぶようにして玄関に向かう。
そして、母さんを見るとあいつはいつも穏やかに笑った。
僕に対してはけっして見せない明るい笑顔。
母さんがいるときに表面的に僕に見せる、偽りの笑みとは違う。
心からの笑顔。

この胸の痛みは、きっと母さんがあいつの存在も認めているからだ。

 

「母さんは、僕がいて嬉しい?」
僕の質問に、母さんは朗らかに笑う。
何を馬鹿なことを言うのかと。
僕の真剣な問い掛けを笑い飛ばしてしまうくらいに、母さんは僕を愛してくれている。
昔から、母さんだけが僕を見てくれた。
母さんがいなければ、僕は存在しなくてもいい子供になってしまう。

そして僕の世界は、今日も母さんを中心に回る。

 

 

「私、この家を出ていくわ」
僕が10になったある日、姉さんはそう言った。
「何で?」
「変だもの、この家。子供を蔑ろにする父さんも、父さんしか見えていない母さんも、そして・・・」
最後に、姉さんは僕を振り向いて付け加えた。
「あんたが一番怖いわ」

姉さんは家を出ていったけれど、姉さんの言葉はいつまでも僕の心に残った。

 

僕にとって、母さんは囚われのお姫様。
子供を殺そうとする性悪な魔王に捕まったお姫様。
母さんは、この場所から出るために僕を産んだ。
僕は母さんを救い出すために生まれたんだ。

姉の僕を見る目が、時が経つにつれ父同様の嫌悪なものに変わった意味は、僕には分からない。


あとがき??
『NICO SAYS』みたいのを書きたかったんですけど、脱線してる・・・。
カカシ先生は子供への冷淡な態度で、自ら火種を作ってしまっているのだけれど、気付いていない。
サクラはカカシ先生が彼女を想うのと同じか、またはそれ以上に彼を愛しているので、子供達にも同様の愛情を注ぐ。
カイはサクラが自分へ向ける愛が、カカシへの愛情に端を発しているとは知らない。
モモは自分を顧みない家族を捨てて逃げた。

あら、見事な家庭崩壊の図だ。表面は穏やかなんだけど。
カイくんは最初から壊れていたわけじゃないんですわ。カカシ先生のせいです。
父親が愛してくれない分、母親に依存してしまっている。

これで完結編。

と思っていたのに、続きが出来てしまった。(泣)
こういうのはいくらでも続きを書けるんだけど、たぶん受け付けてもらえないでしょう。
続きを書くなら隠しか?
タイトルは『散』と『緘』。
『散』は『空』と『満』の間の話。カカサク完全18禁。
『緘』は『戒』から5年後。カイサクで年齢制限は・・・あるかな。

『釦』は“ボタン”と読む。スイッチとか、そんな感じ。小野塚カホリ作品が元。
ちなみに、『NICO SAYS』は主人公の女の子が唯一自分を想ってくれる兄に救いを求める悲しい話、だと思う。


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