緘 1
ナルトは病院への道すがら、見舞い用の花束を購入した。
サクラの好きな、ピンクのガーベラ。
患者が目を覚ます見通しがない以上、その付き添いであるサクラを少しでも慰めてあげたかった。
たどり着いた病室の前には、「はたけカカシ」のネームプレートが掲げられている。「サクラちゃん。入るよ」
個室のベッドには、一人の怪我人が横たわっていた。
生命を維持する機会が身体に取り付けられ、腕には栄養補給の点滴。
昔の全盛期のころの活躍を知っているだけに、ナルトは目を覆いたくなる。
眼前の、やせ細った人間と自分の元担任が同一人物とは、どうしても信じられない。「・・・あの、はたけさんのお見舞いの方ですよね」
「そうですけど」
開け放したままだった扉から顔を覗かせた看護婦に、ナルトは頷く。
「良かった。実は付き添いの奥様が倒れてしまって・・・」
「サクラちゃんが!!?」
大きく声をあげたナルトに、看護婦は目を丸くする。「あ、ご、ごめんなさい。それで、サクラさんは」
「ええ、看護疲れだと思うんですけど。はたけさんがここに入られてから一睡もしていなかったようで。私達が交代するって言っても聞いてもらえなかったんです」
「・・・・」
困ったように言う看護婦に、ナルトは表情を曇らせる。
はたけ夫婦のおしどりぶりは有名な話だ。
その旦那が任務で重傷を負ったのだから、無理のない話かもしれない。「あの、一度家に戻って休養された方がいいと思うんですけど」
「そうですね」
ナルトは重々しく頷くと、花束を看護婦に手渡す。
「これ、お願いします。サクラさんはどこですか」
看護婦に告げられた場所に、ナルトは足早に歩き出した。
「ここか・・・」
看護婦達が仮眠に使う場所らしく、同じ階の片隅にその部屋はあった。
そして、ナルトがノブに手を掛けるよりも早く、その扉は開かれる。
驚いたナルトは、中から出てきた人物との接触をあやうく回避した。
その人は、サクラを横抱きにして部屋から出ようとしていたらしい。「カ、カイ!?」
ナルトはサクラを抱える彼を見て目を見張った。
一瞬、カカシかと思ったが彼は現在ベッドの上だ。
ナルトの姿を認めて、カイはサクラを抱えた手はそのままに頭を下げるような動作をする。
「ナルトさん、久しぶり」
カイは声までカカシと似ていた。
同じような背丈に、同じ白の髪。
あえて相違点をあげれば、その若々しい身のこなしと母親譲りの緑の瞳だろうか。「お前、どうしてここに。サクラちゃんの話じゃ、任務で暫く里を留守にするって・・・」
「今、戻ってきたばかりなんですよ。そうしたらあの人が入院したっていうし、サクラは倒れたっていうし」
カイは視線を下げ、憔悴しきったサクラの顔を辛そうに見る。
「俺がついていれば、こんなに無理はさせなかったのに」
「・・・そうだな」
ナルトは沈痛の面持ちでサクラの横顔を見詰めた。
意識のないサクラは、弱々しい呼吸を繰り返している。
「とにかく、うちに連れて帰って休ませます。今日はわざわざ来て頂いて、有難うございます」
丁寧に頭を下げて立ち去るカイを、ナルトは浮かない表情のまま見送った。
「もう大丈夫みたいだね」
「うん。心配かけてごめんね」
病院内にある喫茶店で、サクラはナルトと差し向かいに座っている。
店内には見舞いに来た者と患者の組み合わせが多く、空席がないほど賑わっていた。
あれから任務で暫く里を離れていたナルトだが、サクラは病院通いを続けていたらしい。「カイがね、家のこと何でも手伝ってくれるから助かってるの。食事もカイが作ってくれるのよ。これが、私のより美味しくて、嫌になっちゃう」
朗らかに笑うサクラに、ナルトの顔も笑顔が浮かぶ。
サクラとカイがあの家に二人きりという状況に一抹の不安を感じていたが、取り越し苦労だったらしい。
血色の良い顔で話を続けるサクラは、すっかり元気な姿を取り戻してるように見えた。
「だから、もう頻繁に電話をかけてきたりしなくても、平気よ」
「そうみたいだね」
薄く微笑んだナルトだったが、ふいにその表情に影がさす。
「早く先生の意識が戻ってくれるといいんだけど・・・」ナルトの一言にサクラの表情も一変し、彼女は急に口をつぐんだ。
「あ、ご、ごめん」
「・・・ううん」
サクラとて、ナルトと同じことを毎日考えている。
すでに植物人間といっていい状態のカカシ。
不安を押し隠し明るく振る舞っていたサクラを知り、ナルトはいたたまれない気持ちになった。「ごめん。俺、よけいなことを」
「いいのよ。それに・・・」
サクラは表情を和らげてナルトを見遣る。
「夜になるとね、カカシ先生が夢に出てきてくれるの」
「へぇ」
「毎晩、同じ夢を見るの。きっとカカシ先生がもうすぐ目を覚ますって暗示してるのよ」
嬉しそうに笑うサクラに、ナルトも笑顔を返す。
本当にそうならいい。
サクラの幸せを願う一人として、ナルトは切に思った。
「あ、そろそろ診察の時間だから行かないと」
「え、そうなの」
ナルトはカカシの診察の時間はまだ随分後と記憶していた。
時間変更があったのかと訝るナルトに、席を立ったサクラが笑いかける。
「私のよ。昨日予約を入れておいたの」
「サクラちゃんの!」
素っ頓狂な声をあげるナルトに、サクラは口に手を当て静かに、というジェスチャーをする。「ど、どこか具合が悪いの?」
「ん、何だか最近身体がだるいような感じがして。夏風邪だと思うんだけど、熱はないのよね」
サクラは額に手を当て首を傾げる動作をした。
「大丈夫なの?」
「そんなに心配することないわよ。じゃあね」
自分の分の代金を払うと、サクラは颯爽とした足取りで店を出ていく。
これならば心配することはないかと、ナルトは楽観的な気持ちで椅子に座り直した。
「おめでたですよ」
医師から告げられた言葉に、サクラはこれ以上ないほど目を見開く。
「な、何かの間違いじゃあ・・・」
「間違いありませんよ。妊娠三ヶ月です」
にこにこと笑う医師と並んで、看護婦にも「おめでとうございます」と口々に言われる。
だが、サクラは呆然とするだけで耳には入っていなかった。身に覚えが全くない。
サクラはカカシ以外の男に身体を許したことはなく、彼が寝付いてから半年は経過している。
生理がないのは、疲れがたまっているせいだと思っていた。
そこに、今回の告知。
夢なら覚めて欲しいと望みながら、サクラは青い顔のまま診察室をあとにした。
あとがき??
もう戻れないー。困ったな。