緘 2


「サクラ、顔色悪いけど大丈夫」
「・・・うん」
心配そうに問い掛けるカイの言葉に、サクラは生返事をする。
家に戻っても、サクラの頭は混乱したままだった。
カイがいろいろと料理を作るが、どれも喉を通らない。

「これくらいは飲んでよ。身体に悪いよ」
カイが差し出したミルクの入ったコップに、サクラは嫌々ながらも手を伸ばした。
何も口にしたくなかったが、カイの気持ちを無碍にすることはできない。
「はい、その調子」
ミルクを口に含んだサクラに、カイは飲み干すことを強要する。
空になったコップを手に一息つくサクラに、カイはにっこりと微笑んだ。

 

 

夜になり、床についたもののサクラはなかなか寝付くことができずにいた。

自分の下腹部に服越しに触れてみる。
原因は分からないけれど、そこには確かな生命が息づいている。
そのことに、サクラはたまらなく不安になった。
得体の知れない子供を産むことなどできない。
かといって、自分の胎内にあるものを無理に外を出すことに、抵抗を感じないはずはない。

いつの間にかうとうととし始めたサクラの耳に、何かの物音が入った。
目を開けたサクラは瞬時に身を起こす。
心配するまでもなく、扉を開けて入ってきたのは息子のカイだった。
サクラは半身を起こしたままホッと息を付く。

 

「・・・カイ?どうしたの」
問い掛ける声に、カイは驚いて振り返る。
「起きてるんだ・・・・分量間違えたのかな・・・」
「何?」
カイの独り言に、サクラはベッドの上で首を傾げる。
「まぁ、いいか。そろそろ潮時だよね。サクラに子供もできたし」
呟かれた言葉に、サクラは息を呑んだ。
カイはすでにサクラの腹の子供のことを知っている。

「な、何で!」
「子供のこと知ってるかって。サクラから昨日診察を受けるって聞いてもしかしたら、って思ったんだ。だから病院に問い合わせた」
カイはにこにこと笑ったが、サクラは驚きのあまり声もでない。
「明日からはちゃんとご飯を食べてね。サクラには丈夫な赤ちゃん産んで貰わないと」
「さっきから何言ってるの。カイ、あなた何だか変よ!」

距離を縮めてくるカイに、何故かサクラは怯えた表情になった。
苦しいほどの胸騒ぎを、何と表現したらいいのか分からない。
動悸の激しさは、何かを予兆してのことだ。
「近寄らないで!」
悲鳴混じりに言われ、カイは面白そうに声を出して笑う。
「何を今更。毎晩愛し合って子供まで作ったのに」

 

サクラはあまりの衝撃に目の前が真っ白になる。
夢だと思っていた、カカシとの逢瀬。
カカシと同じ声、同じ顔。
甘い声で囁かれる声に、サクラは毎夜応えた。
激しく求められ、求めた男の正体はカカシではなく。
目の前にいるカイ。

そして、お腹にいる子供の父親も・・・。

 

「・・・何てこと」
サクラが自分で自分の身体を抱くと、震え始める。
犯した罪の大きさに、到底正気でいられない。
「サクラのせいじゃないよ。俺が食事に意識が混濁する薬を盛ってたんだから」
にじりよるカイに腕を捕まれ、サクラはカイを睨み付ける。
唇を噛みしめて自分を見るサクラに、カイの顔に初めて動揺の色が浮かんだ。

「サクラ、いつもみたいに愛してるって言ってよ」
「やめて!」
自分の手を振り払ったサクラを、カイは構わずにその胸に抱き寄せた。
「やめて、嫌!!離して!」
もがくサクラを、カイは一層強く抱きしめる。
「サクラまで、俺を否定しないでくれ」

 

 

 

意に添わぬ強制的な交わりに、サクラはぐったりと身を投げ出している。
押さえつけられたときの痣がサクラの身体のそこかしこに残っていた。
ここまで乱暴にされたことは、一度もない。
「うっう・・ぅ・・・」
乱れた髪もそのままに、サクラは嗚咽を漏らす。
枯れたと思った涙が、止め処なくあふれた。
何がどうしてこのようなことになったのか、サクラにはまるで分からなかった。

「子供を殺したら、あいつも殺すよ」

カイはサクラの涙を指ですくい、冷淡に言い放った。
あいつというのが誰のことなのか、サクラにはすぐに気付く。
カイが本気だということは身にしみて分かっている。
本来ならまだ子供に後れを取るカカシではないが、今は意識のない状態。
助けを請うにも、この状況を周りには絶対にもらしたくない。
サクラに抗う術は残されていなかった。

 

「サクラ、俺のこと好き?」
カイの口から出たとは思えない、頼りなげな声。
幼い時分から、カイがよく口にした言葉だ。
サクラは何故カイがそのようなことを言うか理解できなかった。
ただ、肯定するとカイが喜ぶのでそうしてきた。
サクラにとって、カイは大事なカカシとの子供だ。
どんな仕打ちをされても、いとおしく思う気持ちは全く変わらない。

見ると、カイは必死な表情でサクラの目を見詰めている。
子供の時のままの顔で。
サクラにはカイが、何故かたまらなく哀れな子供に思えた。
サクラは半泣きの笑顔でカイを優しく抱きしめる。
「カイ」
暖かな声音に、カイは安心してサクラの背に手を回す。

ずっと、ずっとこの場所を独り占めしたいと思っていた。
もう、邪魔者はいない。

 

 

 

「お父さん」
自分を呼ぶ幼子の声に、カイは微笑んで振り返る。
「ん?」
「何でなの」
カイと同じ、白銀の髪と緑の瞳の娘がカイを見上げて問い掛ける。
「何でみんながいるときはお父さんのこと「お父さん」って呼んじゃ駄目なの」

精一杯背伸びして自分にしがみついてくる娘を、カイは腕を伸ばして抱え上げる。
「誰が俺を「お父さん」って呼んじゃ駄目って言ったの」
「お母さん。「お父さん」じゃなくて、「お兄さん」って呼びなさいって」
少し悲しげな顔をすると、カイは娘の瞳を覗き込む。
「お母さんがいないところでなら、「お父さん」でいいんだよ」
「そうなの?」
娘は不思議そうな表情で首を傾げている。
可愛らしい仕草に、カイは顔を綻ばせた。

紅葉の見事な公園を、休日を利用してカイは娘と並んで歩く。
いつもはサクラも加わるのだが、今日は病院の定期検診のためにいない。
サクラはその足で、カカシの病室に向かうことだろう。

 

「父さんのこと、好きか?」
問い掛けるのと同時に、腕の中の娘はカイの首筋に飛びつく。
「大好きーv」
舌足らずの声に、どうしてかカイは涙がこぼれそうになる。
自分の子供には、けっして自分のような寂しい思いをさせたくはない。
娘は十分にカイの気持ちに応えている。
そうして、来年の年明けすぐにはカイに待望の第二子が誕生する予定だ。

「弟と妹、どっちが欲しい?」
「んー」
娘は少し考える仕草をした後、再びカイへと目線を戻す。
「妹!同じお洋服を着て一緒に遊ぶの」
きっぱりと答えた娘に、カイは笑い声をたてた。
「それはいいな。じゃあ、妹を産んでくれるようにお母さんに頼むか」
明るい笑顔に、娘も楽しげに微笑んでいる。
「もし弟が生まれても仲良くするんだぞ」
「うん」
無邪気な娘はカイを見詰め、嬉しそうに頷いた。

夕焼けが娘の顔も、敷き詰められた落ち葉も、周囲全てのものを赤く染めていく。
その光景を、カイは心から綺麗だと思った。


あとがき??
一条ゆかり先生の名作『砂の城』を思い出した・・・・。いや、テーマは全然違うんですが。
逆年齢差カップルの先駆け、ということで。

カイくんは幸せ一杯なのですが、周りの人はみんな不幸です。サクラやその娘も含め。
でも、カイくんは自分が幸せならいいのです。
サクラがいて、娘がいて、新しく加わることになる家族。
それらが揃ってさえいれば、カイくんは満足なのです。
たとえ、里の人達全員に後ろ指を指されようとも。
そういう生き方も有り。

今度こそ完結。
一応、今回省いたカイサクで『還』という話があるけど、年齢制限有りなので書くかは不明。
サクラのカイに対する感情は、いたわりの愛情です。ずっと。
一文字漢字タイトル、癖になりそうだ。
漢字は一字でいろんな意味があるし、考えるの楽だし。


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