無罪モラトリアム 1


累々と並ぶ死体の山。
微かに息のある者も、もげた手足を引きずり呻き声をあげている。
まさに地獄と呼ぶのに相応しい光景。
むせ返るような血の匂いに、普通の人間なら一分と留まっていられないだろう。
そして、そうした状況を作り出した男達は、遺骸を前に途方に暮れていた。

「まいったな。どうする、これ?」
「生きてるんだから、いいだろ」
「そういう問題かなぁ」

場違いなほどに、明るい声が飛び交う。
その正体は、面で顔を隠した三人の男。
彼らの視線の先、血まみれの死体の一つに集中している。

死してなお離そうとしない腕の中に、一人の少女がいた。
彼女は硬直したまま、瞬き一つしない。
目の前の惨状は少女にとって刺激が強すぎたのだろう。
耐え切れないショックに、頭の神経が一本切れてしまったのかもしれない。

彼女は里の銀行を襲った強盗団に攫われてきた少女だ。
彼女を人質に、一味の者は国外への逃亡を企てた。
母親と共に犯行現場の銀行に居合わせたことが、少女の悲劇だった。
待ち伏せた国境で、強盗団は暗部によって残らず始末されたものの、少女の対応について彼らは何の指示も受けていない。

 

「やっぱ、記憶を消去するしかないんじゃないの。俺達の仕事振りを一部始終見られたわけだし」
「・・・お前やれ」
「え、俺――!?」
リーダー格と思われる人物に命じられ、彼は自分を指差して高い声をあげる。
「俺さ、こないだ尋問中に記憶操作の術を使おうとして間違って該者の記憶丸ごと消しちゃったんだけど、いいの?」
「あー、火影さまが嘆いてたあれ、お前がやったのか。確か該者は赤ん坊同然に記憶が退行しちゃって、犯行を自供させるどころじゃなくなったんだよなぁ」
「うん、それそれ」
「お前、いい教本貸してやるから勉強しなおした方がいいぞ。それは問題ありだ」
井戸端会議に似た会話を続ける彼らは、人質の少女の存在をすっかり忘れる勢いだ。

「あ、そうだ」
そうこうするうちに、一人がようやく少女のことを思い出した。
血の海をかき分けて進み、少女の身体を掴んでいる死人の手を引き剥がす。
両手をわきの下に添えると、彼女は簡単に持ち上かった。
あまり重みを感じさせない、小さくて軽い身体。
7、8歳だろうか。

「可愛い顔が台無しだねぇ」
ぼんやりとした表情の彼女を見詰め、彼は口元に笑みを浮かべる。
犯人の血まみれの手形が、少女の頬についていた。
指紋も確認できるのではないかというほどはっきりと。
「顔、洗った方が早いかな」
少女を自分の足で立たせた彼は、手ぬぐいで少女の顔を拭くものの血のりは全く取れない。
屈んでその顔を覗き込んだ瞬間に、彼は気付いた。
いつの間にやら彼女が自分を見据えていることに。

 

「何?」
目線をあげると、緑の両目が、面の下の眼を食い入るように凝視していた。
「・・・ちょうだい」
ぽつりともれた言葉に、彼は首を傾げる。
「何を?」
「それ。くれたら、誰にも言わないわ。暗部のお兄さん達のこと」
少女は真っ直ぐに彼を指差していた。
正確には、彼が顔につけた犬の面を。

後ろで聞いていた男達は驚きに顔を見合わせる。
頑是無い子供の口から、“暗部”という単語が出てくるとは思わなかった。
緊張する雰囲気の中、少女の眼前にいる彼だけはにんまりと微笑んだ。

 

「飲み込みの早い子だね」
少女の頬に手を添え、すぐ間近で彼女の目を見詰める。
逸らされることのない澄んだ瞳に、好感を持った。
「無理に背伸びして大人ぶってる子供は嫌いだけど、聡い子供は好きだよ」

ただ、誰にも言わないと主張しても、信じてもらえない。
だから、彼女は条件をつけた。
おそらく、無くなっても支障がないと思われる無難な物を示したのだろう。
自分の身に危害が加えられないように。

 

やおら立ち上がった男は、仲間を振り返る。
「先に戻っていてくれ」
少女を肩に担ぐようにして持つと、彼は仲間達に背を向けて歩き出す。
「おい、どこ連れて行くんだ」
「ちょうだいって言うから、あげようと思って。ご指名されちゃったし」
「・・・・」
残された男達は顔を見合わせ、もう一度彼に向き直る。
「お前の相手にしちゃ、ちょっと小さすぎないか」
「俺、子供好きなの」
にっこりと笑うと彼は振り返ることなく姿を消す。

 

「・・・・あいつ、前回の任務で護衛したお嬢様に手を出して火影様にどやされてたよな」
「その前の任務でもな」
男は丁寧に付け加える。
彼の女好きは暗部では有名な話だ。
「綺麗な顔立ちの女の子だったよな」
「そうだな」
「・・・カカシがあのまま素直に子供を親元に返すと思うか?」
首を振る彼に、沈黙が続く。
二人が嘆息したタイミングは、全く同時だった。


あとがき??
別に血のりが好きなわけじゃないです・・・。


暗い部屋に戻る