変身 2
「カカシ!!」
休日の午後、並んで歩くカカシとサクラに、一人の男が駆け寄った。
「久しぶりだな。元気だったか!」
カカシと同世代だと思われる彼は、カカシの肩を乱暴に揺すりながら声を出す。
長身でいかつい体格の彼は地声も大きく、かなりの迫力だ。「高市かー。元気だよ。見れば分かるだろ」
「おお。お前、暗部から出たんだって?驚いたよ」
「今は下忍達の先生やってるんだ」
「マジか!?お前に教師なんて務まるのかよ。大体、遅刻癖はなおって・・・・ん」
矢継ぎ早に話していた彼は、そこでようやくカカシの隣りにいるサクラの存在に気付く。
2m近い身長の彼の視界には、小さいサクラの姿がなかなか入らなかったようだ。「あの、こ、こんにちは」
慌てて挨拶をするサクラに、彼は目を開いた。
「サ・・・」
「サクラだよ」
カカシは口を開きかけた旧友に先んじてサクラを紹介する。「俺が受け持っている下忍の一人で、今彼女と付き合ってるんだ」
「え、あ、そうなのか」
畳み掛けるようにして言うカカシに、旧友はしどもどと応える。
「と、いうわけで俺たちデートの途中だから、じゃあな」
親しげに声を掛けてきた彼とは違い、カカシはサクラの肩に手を置いてそっけなく踵を返す。「先生、いいの?」
サクラが肩越しに振り返ると、カカシの旧友は何か言いたげな顔をして二人のことを見詰めていた。
「いいの、いいの」
手を振りながら答えるカカシは取り付く島もなかった。
そのカカシの旧友と、サクラが数日後に再会したのは本当に偶然のことだ。
サクラが一人、本屋で雑誌の立ち読みをしていると、ぽんと肩を叩かれた。
振り向くと、先日カカシに話しかけた男がいる。「サクラちゃん、だっけ」
「・・・えーと」
「高市だよ。でも、君やっぱり似てるよな。鞘に」
「え?」
「もう死んじゃったんだけどさ、昔、よくつるんでたグループの一人で、君に似た顔と髪の色だったんだよ」
高市は困惑しているサクラを無視してぺらぺらと喋り続ける。
「カカシとは特に仲が良かった子なんだけど、聞いたことない?今もビックリしたけど、最初に君を見たとき、本当に鞘が生き返ったのかと思っちゃったよ」
高市はハハハッと笑って頭に手を遣る。サクラには初耳の話だ。
サクラがその話に反応したのは、何かしらの勘が働いたからだろうか。
「あの、その人のこともっと詳しく聞かせてください!」
高市の家で見せられた写真は、サクラに大きな衝撃を与えた。
十代前半のカカシや高市と並んで写っている鞘という少女は、確かにサクラそのものと言っていい容姿だった。
アップの写真だとさすがに別人だと分かるが、遠目に写る写真は驚くほど似ている。「この人、どうして亡くなったんですか?」
「風邪をこじらせたんだよ。最初はただの夏風邪だと思ってたんだけれど、突然倒れてそのまま目が覚めなかった。あのまま成長してたら名のあるくの一になっていたと思うよ。勉強できたし」
サクラの問い掛けに、高市はさも残念といった表情で答える。写真を見詰めるサクラの頭に浮かんだのは、自分が風邪をひいたときに大慌てをしたカカシ姿。
あれは、サクラと鞘という少女を重ねての行動だったのだろう。
思えば、以前カカシが居眠りをしていたときに呼んだ名前も、「さや」だったのではないか。
そうしたことは他にも幾らでも思い出せる。
前に高市に会ったときのカカシの不自然な対応は、おそらく、一緒にいたサクラに鞘の存在を知られたくなかったからだろう。
「・・・あの、私もう帰ります」
「え、でも、これからお茶入れるけど」
「結構です。すみません」
顔色の悪いサクラを気にして、高市もそれ以上引き留めなかった。
まさか、自分の話した鞘の話がその原因だとは分からない。「じゃあ、気を付けてね」
サクラに向けられた高市の言葉は、殆どサクラの耳を素通りしている状態だった。
高市の家を出たサクラは、重い足取りで建物の階段を下りる。
今になると、高市に話を聞きたいなどと言わなければ良かったと後悔していた。
見れば見るほど似ている、写真の中の鞘。
少年時代のカカシの写真にはどれも傍らに鞘が写っていることからも、二人の親密さが偲ばれる。
カカシが自分を通して誰を見ていたのか、思い知らされた感じだった。ため息と同時に最後の段を踏んだサクラは、ぎくりと足を止める。
目の前には、見慣れた脚半。
サクラは俯いていた顔を上げ、ゆっくりと目線を彼に合わせていく。
「・・・カカシ、先生」
「高市の家で何してたの」出し抜けに問われ、サクラは視線を彷徨わせる。
鞘の名前を、出したくはなかった。
自分がこそこそと彼女のことを嗅ぎ回っていたのを、カカシには知られたくはない。
高市にも、固く口止めしてきたのだ。「な、何もしてないわよ。たまたま会ったから、ちょっとお邪魔しただけで」
明らかに動揺していると分かる仕草で、サクラは無理矢理に笑顔を作った。
その様子をじっと見詰めていたカカシは、ゆっくりと顔を綻ばせる。
「この間会ったばかりなのにもう家にお呼ばれなんて、随分親しくなったんだね」カカシは深く追求せず、穏やかに微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間に、サクラは自然と後退りをしていた。
いつもと同じはずのカカシの笑顔。
それが、どうしてか、嫌に冷たいもののように見えたからだ。
あとがき??
不穏な空気が漂っております。だからちょっと大人向けなんですって。
肝心なところ省くけど。
『変身』は「へんしん」ではなく、「かわりみ」と読みます。