変身 3
「そんで、家に連れ込んで無理矢理やっちまったのか」
うなだれるカカシに、高市は呆れ顔で言う。
「・・・だって、サクラが思わせぶりなこと言うし、お前ともう関係してるのかと思って」
「だからって、いくらなんでも途中で気付くだろう」
「そりゃ、サクラの体見たら何となく分かったけど、暫く女に触ってなかったし、やめるにやめられなくなっちゃって・・・・・」
カカシは言葉を濁しながら呟く。
その辺りの心情は、同じ男として、高市にも分かる気がした。「大体、お前がサクラを家に入れたりするからいけないんだ!」
「責任転嫁するなよ」
眉を寄せる高市に、カカシは苦い顔で目線を下げる。
居酒屋は繁盛しているようだったが、カカシと高市のいる場所は周囲のにぎわいと一線引いた空気が流れていた。
「それで、サクラちゃんはどんな感じなの」
「・・・口きいてくれない」
「当然かもなぁ。初体験がそんなんじゃ、きっと嫌われたな」
高市はカカシを慰めもせず、ぐさりとくる言葉を吐く。「どうしよう」
本当に困っている様子、むしろ泣きそうな顔をしているカカシに高市は苦笑した。
「お前がそんなに必死になるなんて、意外だな。そんなに大事なのか、サクラちゃん」
「うん」
「鞘のことは?」
唐突に登場した懐かしい名前に、カカシは暫し黙り込んだ。
鞘は、今回の騒ぎの大本だ。
真剣な眼差しを向けてくる高市に、カカシは言葉を選びながら語りだす。「鞘は大事な仲間だったよ。もう少し長く一緒に過ごしていたら、鞘への気持ちは恋に変わっていたと思う。でも、鞘はその前に俺の前からいなくなった」
カカシは口の端に笑みをたたえ、言葉を繋ぐ。
「懐かしく思い出すけど、サクラとは大切の度合いが違うよ」カカシの返答に、高市も安堵に似た笑みを浮かべる。
「なら、何の問題もないだろ。それをそのままサクラちゃんに言えばいいんだ」
「だから、口きいてくれないんだってば!任務にも出てこないしー」
カカシはグラスの酒をあおると、泣き崩れるように顔を伏せた。
腕組みをした高市は、難しい顔をしたままうなり声をあげる。
「・・・強行突破だな」
「それが、食事もちゃんとしますし、必要なときは外に出てくるんですけれど、それ以外は誰の顔も見たくないって部屋に閉じこもってしまって」
カカシがサクラの家を訪ねると、母親が困惑した表情で状況を告げた。
「先生には、ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
カカシが任務に現れないサクラを心配して来たと思っている母親は、丁寧に頭を下げる。
「いいえ。病気とかじゃないならいいんですよ」
サクラの引きこもりの要因であるカカシは、理由を言うに言えず居心地悪く頭をかく。何とかその場をやりすごしたカカシは、その視線を二階にあるサクラの部屋の窓へと向ける。
カーテンの閉められたそこは、カカシの訪問にも全く反応がなかった。
カカシが動きを見せたのは、サクラの母親が買い物に出かけるのを見届けた後だ。
「入ってこないで!!!」
部屋に侵入した人間の気配を察し、サクラはヒステリックに叫ぶ。
とっさに引きはがした掛け布団を頭からかぶり、全身を隠すようにしてベッドの上に座り込んでいる。
震える声音は、サクラのおびえを如実に表していた。「・・・サクラ、この前は悪かった」
「今さらそんなこと言わないでよ!!」
声を荒げると、サクラは掛け布団の隙間から顔を見せる。
涙にぬれた瞳は、カカシを射抜くようにして睨め付けていた。
「私、嫌だって言ったのに。怖くて痛くて、本当に死んじゃうと思ったんだから!」ぶるぶると体を震わせ、サクラはそのまま泣き伏した。
サクラの心の傷は、カカシが思った以上に、ずっと深い。
カカシはサクラの姿を直視出来ず、頭を垂れる。「本当に、取り返しのつかないことをしたと思ってる。許してくれるなら、何でもするよ。だから、もう一度俺の方を見てよ」
ゆっくりと近づくとベッドサイドに屈み込み、カカシはサクラの頭を掛け布団越しに撫でる。
嗚咽は続いていたが、サクラはその手を振り払うことはしなかった。
サクラの泣き声が止むまで、カカシはずっとそのままの体勢で待ち続ける。
「・・・・私は、鞘さんの代わりなの?」
「違うよ」聞こえてきた小さな声に、カカシは即答する。
「最初は鞘に似てると思ったし、だから気になってた。だけど、それはただのきっかけだ。サクラと鞘じゃ顔は似てても性格がまるで違うし、一緒にいるうちに二人の相違点がどんどん見えてくる。そのうち、どこが似てたのかも分からなくなってきたよ」いつの間にか掛け布団から顔を出したサクラは、カカシの顔をひたと見据えている。
カカシの言葉の真意を読み取るように。
サクラと視線を合わせ、カカシは困ったように笑う。
「鞘が生きていたとしても、サクラほど大事に想うことはなかったよ」サクラは、今のカカシにとって一番の大切な人だ。
だからこそ、高市の家から出てきたサクラを見たとき、強い嫉妬から我を忘れた。
彼女の裏切りを許せなかった。
全てが誤解だと分かったときの後悔の念は、口では言い表せない。
「・・・カカシ先生」
おずおずと伸ばされた手は、カカシの手に重ねられた。
「もう乱暴なことしないで」
「約束するよ」まだ少し怯えの残る体を、カカシは優しく抱きしめる。
柔らかくて暖かくて、安心するサクラの匂い。
もう二度と彼女を泣かせないことを、カカシは固く心に誓った。
あとがき??
1を執筆後、ひどく筆が止まっていたのですが、3はすらすら〜〜っと書けました。サクラが可哀相だから?(^_^;)
鞘さんは刀の鞘が名前の由来。諸刃の刃のようなカカシ先生を鎮められる人な感じ。
高市さんは高市皇子から。(こっちは個人的趣味)たけちさん。外見は遊び人の金さん風。体はラガーマンだけど。