隣の家に住む人 4


「カカシ先生、朝―」
ペシリと額を叩かれ、カカシは目を瞬かせる。
「ああ、サクラ。おはよう」
カカシは傍らのサクラを視界に入れ、にこにこと微笑んだ。
サクラによって枕辺の窓は開かれ、朝の柔らかな日差しが差し込んでくる。

「やっぱり、人肌ってのはいいねぇ」
「はいはい、分かったから。もうお母さんが起きてくるころだから、私帰るわよ」
自分をぎゅうと抱きしめてくるカカシに、サクラは淡々と言う。
「・・・・最近、冷たくない?」
「先生がぎりぎりまで離してくれないから、私、ごまかすの大変なんだから!最近部屋に鍵かけてるのがばれて、怪しまれてるし」
サクラはぶつぶつと小言を言う。

「じゃあ、サクラこっちに来て一緒に暮らせばいいじゃん」
「私はまだ未成年なのよ!!」
サクラは自分を掴まえている手をふりほどきながら、カカシに怒鳴りつける。
ベッドから急いで這い出ると、サクラはくるりと振り返った。

「夜の仕事が多いからって、いつまでも寝てたら駄目だからね!」
一言忠告をして、サクラはベランダへと向かう。
「・・・・子供は元気でいいね」
寝起きの悪いカカシはまだ布団の中でもぞもぞと動いている。
サクラが出ていったあとの二度目も、すでに習慣となっている毎日だった。

 

 

カカシがこの家に住み始めて半年。
サクラはカカシの部屋に入り浸る理由を、家庭教師と生徒、という間柄だと説明していた。
サクラの成績はすこぶる優秀で、疑われることもない。

日々の生活は、3日と置かずどこからともなく依頼が舞い込み、カカシは抵抗なく殺し、報酬を受け取る。
その繰り返し。
カカシは手に入った金を派手に使うこともなく、ただのんびりと過ごしている。
サクラ長く一緒にいればいるほど、彼が何の目的で生きているのか全く分からなくなった。

 

 

 

 

サクラが学校から帰ると、カカシが中庭で野良猫に餌をやっているのが見えた。
子猫を見詰め、優しく微笑むカカシはどうみても冷酷な殺し屋には見えない。

注意して観察していると、カカシは周囲の評判がいいのもうなずける好青年だった。
休日には近所の子供とキャッチボールをし、大家の家の立て付けを直し、ゴミ出しの曜日もしっかり守る。
裏の顔を知っているだけに、サクラはそのギャップに激しく混乱するときがある。
だが、そうした昼間の人当たりの良いカカシも、確実に彼の一部分なのだ。

 

 

「先生、どうして殺し屋なんてやってるの」
じゃれる子猫の相手をするカカシの背中に、サクラは話しかける。
「先生なら、頭もいいし、器用だし、もっと別の仕事いくらでもあるんじゃないの」
サクラが何を言っても、カカシは振り返ることなく、そのまま子猫の頭を撫でている。
この至近距離で聞こえていないはずがない。
しびれを切らしたサクラは、ダンッと足を大きく踏みならす。

「先生!」
声を荒げたサクラに、カカシの動きが止まった。
驚いた子猫がその場から去っても、カカシはまだうずくまっている。
「先生?」
怪訝な声を出すサクラに、カカシは座っている姿勢のまま彼女を振り返った。

「小さいときから俺の周りはみんな今の俺と同じようなことをしてる奴ばっかりで、人を殺すのが悪いことだって誰も教えてくれなかったんだ。俺のとっては、殺しの任務を請け負うことはごく普通の成り行きだったんだよ」
カカシは僅かにサクラから視線を逸らす。
「サクラみたいな人がそばにいたら、俺の人生も変わっていたかもね」

 

初めて見る、カカシの寂しげな表情。
どうしてか、サクラまで悲しい気持ちがこみ上げてくる。
滲み出す涙を、サクラは必死で堪えた。

「や、やめられないの。今の仕事」
「やめようと思えばやめられるよ。いつでも」
涼しい顔で答えるカカシに、サクラは思わず握り拳を作る。
「じゃあ、やめてよ!」
その声の力強さに、カカシは驚いてサクラを見上げた。

「何で?」
「先生が、人を殺すのを見たくないし、それに・・・・」
俯いたサクラは、一度言葉を切った。
自分をまっすぐに見詰めるカカシに、サクラは僅かに屈んで目線を合わす。
「先生が怪我をしたら、私が嫌だから」

最後の方はそぼそとして消え入りそうな声だったが、何とかカカシの耳に届いた。
サクラの顔は赤く、唇は真一文字に引き結ばれている。

 

 

以前なら人が死ぬのが嫌だからと答えていた。
だが今は、誰が死ぬことよりもカカシが返り討ちにあって怪我をすることの方が怖い。
カカシがいつか部屋に帰ってこなくなる日を想像するだけで、背筋が凍りつく。

「心配、してくれてるんだ」
「・・・・」
サクラの無言の返答に、カカシは徐々に顔を綻ばせる。
「待ってたんだ」
サクラが差し出した手を握り、カカシは嬉しそうに笑った。
「そういう風に、言ってくれる人を」

 

なかなか手を離そうとしないカカシに、サクラはその手を握り返した。
冷たいカカシの掌。
だけれど、離そうとは思わない。

「・・・家に帰る?」
「うん」
サクラの前にいるときのカカシの表情は裏表なく、実にあどけない。
体は大きいのに、サクラはいつも小さな子供と手を繋いでいるような気分になった。


あとがき??
カカシとサクラの関係がどこまで進んでいるかはご想像におまかせします。(笑)
ただ一緒に寝てるだけ、ってのも有り。
鈍い私は4まで書いてやっと気付いたのです。この作品がファンタジーだったことに。
あるわけないだろう世界の住人。
保護者サクラと、子供カカシ。立場が逆転しております。
母子なイメージ。

本当はカカシ先生死んでたんですが、逃げたらこんな結果に。やりすぎだろう。
最後はカカシが姿を消して、周りの人は誰も彼のことを覚えていなくて、サクラだけが事実を知っているというラスト。
そっちの方がホラーっぽくていいですね。

何を書きたかったのかというと、幼いサクラと、彼女がよく遊びに行く隣の家のカカシお兄さん、というパラレル話。
しかし、何か、思ってたのと全然、本当に全然違うんですけど!!!どうしたらいいの!!!!!


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