sound of silence 3


手を、握られていた。
とても、強い力で。
下へ下へと落ちようとしていた彼を留まらせたのは、ただ、その手の力だけだった。

知っているようで、知らない声が呼んでいるのを、ずっと耳の奧で聞いていた気がした。

 

 

カカシの目が開かれると、涙を浮かべるサクラの姿がまっすぐに飛び込んできた。
頭を覆っていた布はなく、乱れた薄紅色の髪が露わになっている。
顔は涙でくしゃくしゃになり、白い修道服は血糊や埃で薄汚れ、ひどいとしか表現できない様相だ。
だけれど、カカシの目に彼女は天使のように清らかな存在に映る。

「・・・天国?」
カカシの第一声に、サクラは泣きながら笑った。
ベッドに横になるカカシはまだ予断を許さない状態だが、意識が戻れば9割方大丈夫だと医者に太鼓判を押されている。
「まだ、眠っていてください」
優しく言われ、カカシは素直に目をつむった。
しっかりと握られた手に、安堵の気持ちで一杯になる。
カカシがこれから見るのは、きっと音声付きのサクラの夢だ。

 

 

 

 

彼とはもう二度と会わない。

自分で考えたこの言葉に、サクラは心の平静さを失った。
胸が締め付けられるように苦しくないり、涙が溢れてくる。
今まで経験したことのない感情の高ぶりに、ついにサクラは正直な気持ちを隠しておくことが出来なくなった。
まだ幼いといっていい年齢。
静かな修道院に何も分からないうちに入れられ、押さえに押さえていたあらゆるものが、カカシとの出会いをきっかけに噴き出したと言っていい。

礼拝堂から出た足で、サクラが向かったのはあの扉のある場所。
聞かされたとおり、錠前は新しいものに変えられ、シスターの持つ鍵がないと開かない。
サクラは手近な石を拾い上げると、無我夢中で錠前を叩いていた。

 

首尾良く外に出たものの、久しく歩いていない外の街でサクラはすぐに迷子になる。
そして、カカシに貰った連絡先を片手に路地をうろついているときに、銃声がはっきりと耳に入った。

至近距離で聞こえたその音に、普通なら、身の危険を感じその場所から遠く逃げることを選ぶ。
だが、サクラは逆に音のした方へと走っていた。
漠然とした、悪い予感。
ただ、それだけの理由で。

そして、それはまさしく的中したのだ。

 

 

「いやああぁーーー!!!」

倒れたカカシを視界に入れるなり、サクラは絶叫する。
サクラが7年振りに発したその声に、カカシを撃った男は目を見開いて振り向いた。
その人物が修道女だったことは、彼にさらなる驚きを与える。
男の手にある銃に萎縮することなく、サクラは一目散カカシに駆け寄った。
サクラの目には、すでに血を流すカカシの姿しか入らない。

「や、いや。どうして・・・・」
蹲りカカシの体に触れると、サクラは譫言のように繰り返す。
名前を呼ぼうとも、彼の身の回りのことは、何一つ分からないのだ。
傷口から止まることなく流れる血と、瞳を開けないカカシに、サクラは泣きわめくことしかできなかい。
サクラが握り締めていた紙片に気付いたのは、それから少し経ってからだった。

 

暗殺者がカカシにとどめの銃弾を打ち込まず立ち去ったのは、もう彼が事切れていると思ったのか。
それとも、目撃者の修道女を殺すことをためらったからか。
話を聞いたカカシが、あとになって考えてみると、たぶん両方が作用していたのだと思う。

人を殺す稼業を生業にしているとはいえ、一人の人間だ。
殺し屋連中の間でも、女と子供は殺すことをためらう者が沢山いる。
それが、神に仕える修道女だとしたら、さらに罪悪感が増すことだろう。
サクラは自らの知らぬところで、カカシの命を救うことに十分に貢献していた。

 

 

 

 

「お前のため込んでいた金、全額で手を打つが、どうだ」

カカシの命の恩人である男は、カカシが全快するとすぐにそう切り出してきた。

カカシがサクラに渡した連絡先は、彼の住所だった。
カカシがこの街にいる間やっかいになっていた、同じ稼業の男で、カカシとは10年来の付き合いだ。
サクラがこの男に連絡を取らなければ、カカシはすぐに治療を受けることは出来なかったし、運良く助かったところで監獄行きだった。
そういった意味で、カカシは彼に多大な恩がある身だ。

「それ、本気で言ってるのか」
「ああ。裏にはお前が死んだって偽情報を流してあるし、お前が全財産を俺によこせばよその街に行ける安善なルートを教えてやる。悪い話じゃないだろ」
「・・・・・」

カカシは無言のまま考え込む。
悪い話だから、ではない。
良すぎる話だからだ。
怪我の治療費を一切引き受けてくれたうえに、困難なカカシの逃亡の手助けをしようとしている。
はっきり言って、カカシと彼とは互いを利用するような関係で、それほど深い付き合いをしてきたわけではなかった。

 

「何で・・・・」
懐疑的な目で見るカカシに、彼は困ったように笑った。
「あの子の一生懸命な姿を見たらさ、鬼や悪魔でもほだされるだろ」
彼は顎でしゃくって、窓の外を示す。
二階にあるその部屋からは、外で洗濯物を干すサクラの姿がよく見えた。
修道院に帰ることの出来なくなったサクラは、カカシと共に彼のところに身を寄せている。
外の世界に出て見違えるほど明るくなった彼女は、家の雑用を積極的にこなし、彼ともすっかり仲良しになっていた。

「ありがとう」
初めて耳にするカカシの素直な感謝の言葉に、彼は笑ってその肩を叩く。
「彼女と、幸せにな」
彼の言葉を噛みしめるように、カカシは重々しく頷いた。

 

再び窓の外に目を遣ると、カカシ達に気付いたサクラが洗濯籠を片手に大きく手を振っている。
いつか、夢に見たとおりの、サクラの笑顔。
それは、カカシの想像以上に、幸福に満ちあふれた綺麗な笑顔だった。


あとがき??
タイトルは、もちろんサイモン&ガーファンクルの曲から。
直訳すると「沈黙の音」ですか。
格好良いですよね。
言葉を交わさずとも通じているカカシとサクラな感じでした。

ラストあたりは、「hope」と全然別物。(笑)創作、創作!
はっきりいって「hope」のラスト方がぐっとくるものがあります。
しかし、私はハッピーエンドが好きなのですよ。
たとえどんなにご都合だろうと、幸せなラストの作品が好きです。(甘い)
カカシが寝込んでいる間のほのぼの話とかもあるんだけれど、たぶん書かないです。

テーマ曲は、エンヤ。どの曲でも可。『冷静と情熱の間』みたいね。
もしくは、the brilliant green の『angel song −イヴの鐘−』。全然違うじゃん。(笑)


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