さくらのころ
桜の木の下には、死体が埋まっている。
これは何かの寓話ではなく、事実。
十年以上も昔、狂い咲きする桜の下にカカシはその遺骸を埋めた。
敵との死闘の結果、持ち帰れたのは彼女の体の一部だけだった。触れたくて、触れたくて、仕方がなかった右手。
繋ぎたかった彼女の手。
それがカカシの手の内に残った、唯一の彼女の欠片。
自分を見つめて微笑む彼女がいなければ、何の意味もないのに。桜を墓標に選んだのは、彼女の意志だ。
桜の花よりも美しく、はかなげな、およそ忍びの仕事とは対極にいるような娘だった。
「綺麗ね」
桜並木を歩くサクラは、幸せそうに微笑んでカカシを見る。
カカシは力なく笑ってサクラに応えた。
せっかく遠出をして花見に来たというのに、カカシはうつむいてばかりだ。「桜は嫌い?」
口を開いたカカシは何かを言いかけて、そのまま動きを止めた。
否、と答えようとしたのに、カカシの声は口から出ていかなかった。春になるたび、桜を見るたびに、思い出す。
力が及ばず助けることのできなかった、かの人を。
想いを伝える前に失ってしまったからこそ、未だに忘れることができない。
自分を苦しめる憎い桜と同じ名前の少女を好きになったのは、何の因果だろうか。
「・・・今日は、もう帰りましょう」
沈んだ表情のカカシに何かを感じたのか、サクラは淡く微笑んでカカシの手を取る。
掌に感じる暖かいぬくもりに、カカシの中の漠然とした不安は、少しだけ拭われた気がした。
それから数日後の、ある休日。
カカシがサクラの家を訪ねると、彼女はいなかった。
母親も行き先を知らないらしく、カカシはサクラの親友のいのの花屋へと向かう。
サクラのことで、知らないことはないのではないかというほどの情報通だ。
案の定、いのはサクラの居場所を承知していた。
「西の森にある桜の花を見に行ったのよ」
その瞬間、カカシの顔色がわずかに変化したことにいのは気づかなかった。
「観光名所になってる場所と違って、あそこは人も少ないし。本当は先生と行こうと思ってたみたいだけど、なんだか先生が気乗りしない感じだったから一人で行くって」
いのは問われるままに歯に衣を着せぬ物言いをする。
感謝の言葉もそこそこに、カカシはサクラのあとを追った。西の森の桜。
そこには、カカシを日々さいなむ過去の幻影が潜んでいる。
桜の季節に散った、彼女が居る場所だ。
息苦しくなったカカシは、胸を押さえながら歩く。
早まる鼓動を、抑えることができない。
この場所を訪れるのは、彼女を埋葬して以来だ。
けして短くはない年月が経っている。
また、同じような桜の木が並んでいるというのに、どうしてかカカシにはすぐに分かった。
彼女を抱いて眠る木が。偶然の悪戯か、必然なのか。
サクラはちょうどその場所で木にもたれて座っていた。
目をつむる彼女は、眠っているのか、カカシを振り返ることはない。
他に人の気配はなく、柔らかい春の日差しの中で桜の花びらは雪のように舞っている。それはまるで夢のような光景で。
カカシの目にサクラと、死んだ彼女の面影が重なって見えた。
桜は嫌いだ。
桜はカカシの悲しみを嘲るように、毎年、毎年、美しく咲き誇る。
彼女の体を糧にして。『桜は嫌い?』
そう、カカシに訊ねたのはサクラだ。
とっさに答えられなかったのは、それがどちらを指しているのか分からなかったから。
うらめしいのは桜。
いとおしいのはサクラ。
「・・・んっ」
自分に触れる掌の感触に、深い眠りについていたサクラは徐々に覚醒する。
その正体がカカシだと気づいたサクラは、くすくすと笑い声をもらした。
「先生、くすぐったいよ」
首筋を這う唇の感触がこそばゆい。
意識が混濁していたサクラは、目の前を通り過ぎる桜の花びらに我に返る。
「先生!?どうしてここに」サクラはカカシから身を離そうとしたが、それは叶わなかった。
逆に伸ばした手を握られて、動けなくなる。
痛いほど強い力で押さえ込まれ、サクラは全く抵抗できない。
「・・・・先生」
不安げな声に反応し、カカシはサクラに視線を向ける。
その怖いほど真剣な眼差しに、サクラは思わず息を呑んだ。
カカシの瞳はサクラを見つめているようで、まるで別のものを見ているようだった。「やっ、嫌」
組み敷かれたサクラは、泣きながら訴える。
別人のようなカカシに、今は恐怖しか感じられない。
衣服は乱暴に剥ぎ取られ、涙は大地に染み込んでいく。サクラの悲鳴は、静かな桜の森に吸い込まれるようにして消えた。
「サクラ」
肩を揺すられ、サクラはゆっくりと瞳を開ける。
目に入ったのはカカシと、その背後にある桜の木。「あ、私寝てたんだ・・・」
サクラはおっくうそうに腕を上げると、目元をこする。
家を出たのは午前中だというのに、すでに西日が周囲を照らしている。
よほど長くうたた寝をしていたらしい。
木の幹にもたれかかって座るサクラは、傍らに立つカカシを見上げる。「あれ、でも先生なんで?」
「いのちゃんにこの場所を聞いたんだよ。何で俺をおいていくのさ」
「・・・・だって」
不満げなカカシに、言いよどむ。
「カカシ先生、あんまりお花見楽しくないみたいだから。私に付き合わせたら悪いかと思って」
「サクラが行くところなら、どこでも付いてくよ」
カカシはサクラの言葉に追随して言う。
穏やかに微笑するカカシを目にして、サクラもにっこりと微笑んだ。
「帰るぞ」
差し出されたカカシの手に掴まり、立ち上がろうとしたサクラは再び座り込む。
「あ、あれ?」
両膝を地に付け、サクラは当惑気味だ。
体の節々が痛くて、うまく力が入らない。
眠っていたというのに、疲労に似ただるさがある。
まるで、自分の体ではないようだ。「こんなところで寝てたからだろ」
嘆息して言うカカシに、サクラはふくれ面を作る。
体の痛みに加え、今までに感じたことのない下腹部の鈍痛。
これは寝違えたことと関係ないような気がするが、他に理由は思いつかない。
「ほら」
見ると、カカシがサクラに背を向けてしゃがみ込んでいる。
その背中に、おぶされという動作。
サクラは遠慮なくカカシの背にのし掛かった。「ごめんねー」
「全然、思ってないだろ・・・」
明るい声音のサクラに、カカシは肩越しに振り返る。
サクラは笑い声をたててカカシの首に手を回した。
大きくて広い背中は、サクラの一番安心できる場所だ。
歩かずにすんで楽だということもあるが、このままずっとくっついていたいと思ってしまう。
サクラの笑い声と背に感じる体重に、カカシの体から緊張の糸が解かれる。
カカシのかけた術は、サクラの記憶を完璧に消し去っている。
これから先、サクラに怯えた目で見られることはカカシの本意ではない。あのとき、カカシは彼女のように消えてしまう前に、サクラを繋ぎ止めておきたいと思った。
だから、サクラの体に自分の存在を刻んだ。
全ては戒めのため。同じ轍はもう踏まない。
サクラが自分から離れていくことは、許さない。
「もう一人でどっかに行くなよ」
「んー・・・」
うとうととしかけたサクラは、カカシの背に頬を付けたまま曖昧な返事をする。
カカシの言葉にどれほどの重みがあるのか、サクラは全く気づいていなかった。
あとがき??
最近の姫神さま見てたら書きたくなったんですが、あんまり接点ないっす。
独占欲が強くて、人一倍臆病なカカシ先生の話。
サクラの行くところは、どこでも付いていくそうですよ。
プチストーカー宣言。
青○はやっぱり体が痛いです。(下品)