空中楼閣 2


家に帰るのだと言っていたその日の夜、サクラは花街から忽然と姿を消した。
潜入捜査を行っていた年嵩のくの一と共に。
アスマから話を聞いたカカシが火影の部屋を駆けつけると、ツナデは丁度繋ぎの者から報告を受け取ったところだった。

 

「ばれちゃったんだろうねぇ。どんな失敗したか知らないけど」
悠然と構えるツナデは顔色一つ変えずに呟く。
「あなたにはもう、分かっているんでしょう。誰が首謀者か、二人がどこに連れて行かれたか」
「まあね」
苦い顔で訊ねるカカシに、ツナデは意外にもあっさりと答える。

「でも、治外法権の関係でおいそれと踏み込めない場所なんだよ。火影の私であっても」
「俺は行きますよ」
「まだ彼女達が生きていれば、いいけどね」
笑顔のまま毒を吐くツナデを、カカシは軽く睨む。
「あんたらしくないね。たかがくの一の一人や二人、代わりはいくらでもいるよ」
「・・・失礼します」
ツナデの言葉を最後まで聞くことなく、カカシは踵を返す。
扉の向こうに消えたあとも、カカシの足音は明らかに怒っていた。
ツナデに仕える中忍も、彼女を咎めるような眼差しを向けている。

「ツナデさま・・・・」
「やあねー、冗談よ。私の送った書状がそろそろ向こうにつくから、この事件はすぐにも解決するよ。ただ、他人にはまるで無関心だったあの生意気坊主が珍しく突っかかってくるからさ。羨ましいと思って」
苦笑しつつ片手を振ったツナデは、ふっと表情を和らげる。
「恋をすると、周りが見えなくなるものなのね」
「恋?誰がですか」
「あんた、恋人いないだろ」
黙り込んだ中忍を見やり、ツナデは声を出して笑った。

 

 

 

 

さる大名家の下屋敷。
その土蔵の一つに、サクラ達は監禁されていた。
郊外に建てられたこの別邸に、当主は滅多に顔を見せない。
留守を任された家老は、夜間に屋敷の一部を賭博場として貸し与え、小銭を稼いでいるような人物だった。
町中で連れ去った娘を他国へ売りさばくことにも、一枚噛んでいる。
家老の用意した手形さえあれば、何者でも詳しい取り調べを受けることなく関所を通ることができた。

冷たい風の入り込む土蔵の中で、苦しげな息を吐く先輩くの一をサクラは心配げに見つめている。
サクラ達の身を寄せていた宿は白だったが、宿に出入りをしていた口入れ屋はまさに人身売買の大本だった。
何とか黒幕の尻尾を掴んだものの二人が揃って捕らえられたのは、途中、怪我を負ったくの一をサクラがかばったためだ。
サクラとて、忍びの術を身につけた者。
その気になれば錠前を開けてここから抜け出すことは可能だったが、怪我人を連れて逃げるとなれば話は別だ。

 

「私がしくじったばっかりに、あんたにまで迷惑をかけて・・・・」
「そんな風に言わないでください」
「でも」
「仲間を見捨てて逃げるようなことをしたら、私の先生に怒られちゃいますから」
彼女を励ますようにサクラは笑顔を作る。
「・・・・有難う」
謝ることなく礼を述べた彼女に、サクラはしっかりと頷いてみせた。

「おい!」
外へと繋がる唯一の扉が、見張りの者によって荒々しく叩かれる。
「表に出ろ。上のお方が直々に話を聞きたいそうだ」
おずおずと顔を覗かせたサクラを、見張りの男はいかめしい顔つきで見据えた。
「妙な真似をしたら、分かっているだろうな。仲間の命はないぞ」
唇を噛みしめ、サクラはゆっくりと首を縦に振る。
黙って従うしか、今のサクラに道はなかった。

 

 

 

 

口を割らせるための拷問や尋問。
そうしたものを、サクラは想像していた。
だけれど、向かった先に用意してあったのは食欲をそそる豪勢な食事、そして、暖められた小綺麗な部屋だった。

「食べないのか?」
膳に箸を付けようとしないサクラを見て、向かい側に座る彼が不満げに言う。
部屋にいる何人かの侍の中で、上座にいる彼の身分が一番高いということは分かったが、大名家の家老という重職に就いていることまではサクラは知らない。
ただ、値踏みするような目で自分を眺める彼のことは絶対好きになれない人種だと思った。

 

「しょうがないな、この膳を下げてくれ。そして人払いを」
「ご家老様・・・」
「お前達は邪魔だ」
すげなく言い放つ家老に、家臣の一人は舌打ちをしそうな勢いで彼を睨む。
「どこのものとも知れぬというのに。物好きな・・・・」
「ご家老の女好きにも困ったものだ」

立ち去りつつ囁かれる家臣達の会話に、サクラは身の毛のよだつ思いがした
嫌な予感は的中し、開け放たれた次の間を見るなり、サクラは顔色を変える。
敷かれた布団の上で男女がすることといえば、一つしかない。
引きつった顔で立ち上がったサクラに、家老はいやらしい薄笑いを浮かべた。

「お前には、今宵私の床の相手をしてもらおう」
「い、嫌よ!!」
「捕らわれの仲間がどうなっても、いいのか」
「っ・・・」
「お前が大人しくしていたら、残りの女を自由にしてやっても良い」
にじり寄る家老に、サクラは身を竦ませる。

仲間を見捨てるようなことは、絶対にしたくない。
自由にするというのが方便だとしても、今すぐには手出しはしないはず。
抵抗すれば、二人そろって殺されるだけだ。
サクラにとってそうした行為は初めてなわけではなく、少しの間、我慢すればいいこと。
心で納得しようとしても、汗のにじむ手のひらで二の腕を掴まれると、サクラはもう何も考えられなくなる。

 

「嫌、先生助けて!!」
叫んだそばから、口元を押さえられた。
その手に噛み付こうとしたサクラがすんでのところで思いとどまったのは、目の前にいる彼が片目をつぶってみせたからだ。
「先生って、俺のこと?」
先ほどとまるで違った声音を出す彼に、サクラは目を大きく見開く。

「せっ・・・」
「しっ。襖ごしに話を聞いてる奴らがいるから」
片手でサクラを押さえつけたまま、カカシはその方角へと顔を向ける。
「本物の家老は俺の仲間が外に連れ出して尋問してる。大名家の屋敷に許可なく入り込むことは、本当は御法度なんだ。家中の侍とまともに切りあいをするわけにいかないし、サクラの居場所もはっきりと分からなかったから迂闊なことはできなかった」
素早く用件を言うと、カカシはようやく腕の中にいるサクラへと視線を戻す。

「遅くなってごめん」
申し訳なさそうに囁くカカシの胸に、サクラは顔をうずめる。
その顔は変化の術で変えられていたが、懐かしい匂いに、心から安堵できた。
身に危険が迫ったときに、誰よりも先に顔が浮かんだ人。
声を出してはいけないと分かっているのに、サクラの涙はなかなか止まらなかった。

 

 

 

 

「火影様から手紙を受け取った当主様が直々に国許から駆けつけてくれてね。罪を自白した家老は切腹したって」
「・・・そう」
カカシから聞いた事の顛末に、サクラは感慨深げに呟く。
醜聞が広まることを恐れた大名家のたっての願いにより、事件は内密に処理された。
木ノ葉隠れの忍びが、当主の到着を待たずに屋敷に侵入したことを許すことを条件に。

「何か、勝手な話よね・・・。身内の恥を必死に隠そうとして」
「ま、かどわかされたお嬢さん達は全員家族のところに返されたっていうし、十分じゃない。彼女達にしてみれば、他国の女郎宿に売られてたなんてことは、隠しておきたいことだろうしね」
「そうだけど」
肩を叩くカカシに、サクラは渋々相槌を打つ。
悪事を働く家臣に家老という大事な職を任せていたことは、当主の責任だ。
彼が咎めを受けることなく安穏と暮らしていることが、サクラにはどうも納得がいかなかった。

「悪いことをすれば、自分に返ってくるもんだよ。あんな事件が起こるようじゃ、俺達がとやかく言わなくてもあの大名家もお仕舞いってことだ」
「うん・・・」
「それより、サクラ、どこ行きたい?天気も良いし、記念すべき初デートなんだからそんな暗い顔してないでよ」
初デートの言葉に反応したサクラは、ようやく顔をあげる。
その顔は、すでに笑みが広がり始めていた。

 

「んー、まずね、カカシ先生と手を繋ぎたい」
「手?」
「そう。恋人ができたらやってみたいことが沢山あったのよ。映画や遊園地に行って徐々に距離を縮めていって、次に海の見える公園で初めてのキスv初体験は夜景の見える豪華なホテルで決まりvvあ、毎日の交換日記も必須だから」
「・・・はぁ」
「ことが後先になっちゃってゴールがスタート地点みたいな感じだけど、手を繋ぐところから全部クリアしていくつもりだからよろしくね」
「え、ああ、うん」
瞳を輝かせるサクラの勢いに飲まれたカカシは、彼女と握手をしつつ生返事を返す。

「それより、サクラ、聞きたいことが」
「ん?」
「サクラのキスの先生って、誰なの」
「・・・何よ、それ」
「俺にしてくれたときに言ってただろ」
首を傾げたサクラは、口元に手を当てて考え込む。

あのとき、初心者とは思えないとカカシは思ったが、サクラにとってあれは正真正銘のファーストキスだ。
ただ、意地を張って誰か相手がいるそぶりをみせただけのこと。
しいていえば、好きで何度も観た映画の熱烈なキスシーンが参考か。
だから誰がら教わったのかと問われても、サクラには映画に出演していた俳優の名前しか思い浮かばない。

「クラーク・ケーブルとビビアン・ミーかなぁ・・・・」


あとがき??
最初に考えていた話とだいぶ違う・・・。時間があきすぎました。
サクラが「先生以外の○○は××しないわよ!!」と過激な発言をしていたのだが・・・・。
サクラの貞操の危機という、エロサイトにありそうなネタで非常に心苦しかったです。
ただ上記のサクラの台詞が書きたかっただけの話なのですが、勇気が足りなかったです。
何だかんだ言ってサクラのキスの相手を気にしてるカカシ先生が可愛かったり。

無意味に長い駄文で、どうもお疲れ様でした。
『空中楼閣』に投票してくださった皆様、有難うございました。


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