空中楼閣
「お前も明日の朝まで好きにしてていいぞ」
小判を手渡しつつ、大名家の若様はにんまりと笑う。
「じゃあな」
カカシに背を向けると、若様は手を振りながら目当ての座敷に消えていった。
付き従う若い侍達も勝手知ったるもので、銘々親しい者のいる場所へと散ってしまう。
残された感じのカカシは、最初に通された座敷で一人考え込んだ。「・・・好きにって言ってもなぁ」
困惑気味に呟くと、カカシは見るともなしに机に広げられた帳面に目をやる。
そこには店につめている妓の大まかな特徴と年齢が書かれていた。
これを見て、選べというのだ。
床を共にする妓を。
木ノ葉隠れの里では知られた私娼街。
下忍達を指導する以外に、副業として護衛任務を任されていたカカシは、若様のお忍びのお供で宿に泊まることに決まってしまった。
ここでやることといったら、一つしかない。
こういったところでは、何もせずに帰ると、よほどの変人だと思われてしまうし、店の方としても金を請求出来ずに迷惑だろう。
それに、今回の御足の方は有り難くも若様から頂いている。「暫らくストイックに生活していたのにねぇ」
カカシは開いたままになっている障子の方に顔を向け、たまに廊下を通る妓に愛想良く手を振ったりしていた。
顔の大部分を隠しているとはいえ、カカシは一目見て悪い顔の作りではないと分かる。
目が合った年若い妓の大半はキャアキャアと声をあげて小走りで駆けていく。
どこかで宴会をしているのか、三味線の音と楽しげな笑い声も聞こえてきた。「俺も楽しんじゃおうかな」
気を取り直したカカシが真剣に帳面に向かおうとしたとき、障子の横を、ある見慣れた横顔が横切った。
とっさに振り返ったカカシだが、そこにもう人影はない。
それはここにいるはずのない、いてはならない人物。
まさか、と思いつつ頭を振ったカカシだが、嫌な予感を拭うことが出来ない。やおら立ち上がったカカシは、先ほど障子の横を通り過ぎた妓のあとを追うように、廊下を進んだ。
蓄音機から流れる音色に、年嵩の女郎が溜息をつく。
「ロマンチックな曲ねぇ・・・」
流れているのは、遠い故郷にいる恋人を想う、娘の心を歌い上げた曲。
熱がこもる歌詞は、座敷に控えるもう一人の少女が赤面するほど過激なものだ。
今売れに売れている歌手、淡屋林檎が歌っている。「そうですか?私にはちょっと露骨な表現のような」
「サクラちゃんも、大人の恋をすれば分かるわよ」
からからと笑う妓に、少女は頬を膨らませた。
「あら、怒らせちゃった?」
妓は手にした煙管を置くと、少女の顔を窺うようにして見る。
完璧にメイクを施した妓に、艶めいた瞳で見つめられると、同性の少女にしても何か奇妙な心持ちになってくる。「あ、あの。これ頼まれた頬紅、持って来ましたから!」
しだれかかっている妓から慌てて身を離すと、少女は懐から取り出した頬紅を押し付けるようにして渡す。
妓のクスクス笑いが気になったが、少女はあえて考えないようにした。
「姐さん、今日はお相手の人遅いですね」
「ああ、そういえば」
妓が壁に掛けられた時計を見上げるのと、襖が開いたのはほぼ同時だった。
妓の相手がやってきたのかと振り向いた少女は、襖の先にいる人物を見るなり、目を見開いて絶句する。「何やってるんだ、サクラ・・・・」
口を開けたまま硬直していた少女は、同じく呆然とした様子のカカシの声にはっとなる。
「ひ、ひ、人違いです!!人違い!」
着物の袖で顔を隠すと、少女は妓の後ろへと隠れた。
だが、明らかに動揺していると分かる行動と、その声でバレバレだ。「誰、この人。サクラちゃんの旦那?」
妓ののんびりとした問い掛けと、蓄音機から流れる甲高い声が、進退窮まったサクラに追い討ちをかけているようだった。
その任務は、アスマの友人が持ち出した話だった。
近頃急増した、婦女子の失踪事件。
彼女達がこうした私娼街へ流れてきているのではと、何人かのくの一が目星をつけた宿へ潜入することとなった。
サクラは、風邪をひいたいのの代役だ。
色町というものに多少なりとも興味のあったサクラは、その誘いを二つ返事でOKした。
「俺は、サクラがインフルエンザで寝込んでるっていうから、本当に心配してたんだ」
「・・・・はい」
「こんなところ、子供がいていい場所じゃないんだぞ」
「・・・・はい」
何を言われても、サクラは反論できない。
幸いなことにこの店の者が事件に関わっていない事ははっきりしていて、サクラの潜入捜査も明日で打ち切りとのことだった。「アスマの奴。俺に内緒で・・・」
「だって、カカシ先生に言ったら反対するに決まってるじゃない」
「当たり前だ!」
怒鳴られたサクラは、とっさに耳に栓をする。
「・・・ごめんなさい」
自分を心配して怒っていることが分かるだけに、サクラは素直に謝る他なかった。
カカシとサクラが出くわしてすぐに、サクラと一緒にいた女子のお相手が現れたために、二人はとりあえず空いていた座敷に避難している。
会話の邪魔をする者がいないことは幸いだが、しんとした部屋はどうも気詰まりな感じがした。「・・・それで、お前、その」
「何?」
何か言いた気なカカシに、サクラは首を傾げる。
今のサクラの衣装は、遊び女風の派手な着物だ。
髪は高めの位置で結い、おしろいと紅を使った薄化粧をしている。
見た目は、この宿で働く女子達と何ら変わらない。
その目配せに、カカシが何を訊きたいか察したサクラは、思わず握り拳と共に立ち上がった。「や、やってないわよ!私、初めてはサスケくんとって決めてるんだから!!!」
その大音声は、宿全体に響くかというものだった。
「分かった、分かったから座れ」
興奮したサクラを、カカシは何とかなだめようとする。
とりあえず腰を下ろしたサクラだが、顔はまだ紅潮したままだった。「私は頭数を揃えるための人員なのよ。もう一人、腕利きのくの一がこの宿に潜入していて、とりあえず何人がこの仕事のために働いたのか報告するとき、誠意を見せたいみたい」
「・・・・ふーん」
サクラの説明に、カカシは納得したのか首を縦に動かす。
「ところで、カカシ先生は何でこんなところにいるのよ」
突然の話を振られ、カカシは言葉に詰まった。
答えることが出来ずに目を逸らしたカカシに、サクラは半眼でカカシを見つめる。
「・・・・やらしー」
「俺も仕事だぞ!!若様の護衛で」
「だからって、ここで何もしないで夜を明かすってことはないでしょ」
「・・・・」無言のカカシを前に、サクラは徐々に距離を取っていく。
「おいおい」
「ちょっと、近づかないでよね!」
警戒してがなり立てるサクラを、カカシは一笑に付した。
「サクラみたいながきんちょに俺が興味持つわけないだろ」人を小馬鹿にした、嘲笑。
プライドの高いサクラにしてみれば、カチンとくるものがある。
「失礼ね。私はもう大人よ!」
「どのへんが」
カカシはちらりとサクラの胸元あたりを見て言う。
ほんの僅かな膨らみしかないその場所は、広いおでこに次いで、サクラの重大なコンプレックスだ。
サクラの頭の中で、何かがブチリと切れた音がした気がした。サクラは怒りの形相と共に立ち上がると、ずかずかとカカシに歩み寄る。
「近づいて欲しくないんじゃなかったの?」
面白そうに笑うカカシは、拳骨が飛んでくるのを覚悟で軽口を叩く。
だが、サクラから繰り出されれたのは、硬い拳ではなかった。
座ったままの状態のカカシの頭を、サクラは引っつかむようにして持ち、口元のマスクを剥ぎ取る。
あとは、有無を言わせず唇を奪った。目を丸くしたカカシがサクラを引き剥がそうとするのも構わず、サクラは口づけを深めていく。
差し入れた舌を、カカシの口内を探るように動かす。
半ば噛み付いているといった方が正しいそれは、眩暈がしそうなほど情熱的なものだった。
「どう?大人、でしょ」
荒い息で言うと、サクラは口を袖口で乱暴に拭う。
カカシは口元に手を当てたまま、放心状態だ。
「・・・・まいった」
素直に降参のポーズを取るカカシに、サクラはくすりと笑う。
「誰に習ったの」
「内緒」片眉を上げたカカシは、踵を返そうとしたサクラの足を掴まえる。
見事転倒したサクラは肩を押さえ込まれ、いつの間にか、身動きできない状況に追い込まれていた。「こ、子供には興味がないんじゃなかったの」
「だって、サクラ自分で大人だって言ったし、着物なんてエッチな衣装着てるし、おしろいのいい匂いがするし」
「ギャーー!」
帯を解かれたサクラは、前合わせをはだけさせれば、すぐに下着姿になる。
全く、着物は野合には適した衣服だ。
場所柄、次の間には夜具が用意されている。「本当は細身の女の子の方が好きなんだ」
早朝、何かの重みを感じてカカシは目を覚ます。
下方へと視線を下げると、人の足がある。
さらに傍らを見ると、ピンク色の頭があった。「・・・あー」
ようやく昨夜のことを思い出したカカシは、腹に乗ったサクラの片足をずらす。
どうやら、サクラはかなり寝相が悪いようだ。
だが、おかげで若様よりも早くに目覚めることが出来た。
今から身支度を整えて迎えに行けば、時間的に丁度いい。
「サクラー。そろそろ起きないと遅刻するぞ」
「遅刻!!」
カカシの言葉にすぐさま反応し、サクラは飛び起きる。
だが、目の前の光景は、どう見ても自分の部屋ではない。「・・・あれ?」
「おはよー」
寝ぼけているサクラの頬に、カカシは触れるだけのキスをする。
ぎょっとした顔で振り向いたサクラは、カカシの顔を見るなり、脱力して布団に突っ伏した。
「やっちゃったーー」
頭に手をやったサクラは悲鳴じみた声をあげる。「サスケくんに何て言い訳すればいいのよー」
「別に、言わなくて平気じゃない」
あっけらかんと言うカカシに、サクラは顔を上げた。
「ばれないものなの」
「サスケなんてもろ初心者マーク付いてそうだし、いくらでもごまかせるでしょ」
「・・・・うーん」
カカシの意見も最もだと思ったのか、サクラは腕組みをして考え込む。
「じゃあ、俺、そろそろ行くから」
「え!」
立ち上がりかけたカカシの腕を、サクラは手を伸ばして掴まえる。
「もう帰っちゃうの」
「・・・・」潤んだ瞳で見上げてくるサクラは、思わず抱きしめたくなるほどの愛らしさだ。
これなら、すぐにも岡場所のNO.1になれる。
カカシなどは、毎日通ってしまいそうだ。
だが、幸いなことにサクラの本職はくの一だった。近くにあった服の胸ポケットを探ると、カカシは光るものをサクラに手渡す。
「あげる」
サクラの掌の上の金属は、鍵。
カカシの自宅の。
「サクラに大人のキスを教えた人の名前も聞きたいしね」
あとがき??
ぬるい・・・・。
単に、岡場所と女郎サクラを書きたかっただけです。パラレルでなく。
あと、馬鹿馬鹿しいほど明るい話にしたかった。女郎ものって、悲恋っぽい感じ多いから。
カカシ先生のあれは、計算ですかね。(笑)
押して駄目なら、引いてみよう!
サクラのキスのお相手は・・・・まぁ、ご想像におまかせします。つまらないオチなので。
シチュエーションを考えるのが好きで、エロ描写とかは苦手なので、今回とっても楽しかったです。
続きがあった気がしますが、えらいことになりそうなので止める。えーと、本当の岡場所はこんな感じじゃないです。
お客のおぜぜに合わせてお店の方で女の人をあてがってくれます。好みもある程度聞きますが。
人相書きみたいな帳面は、三谷幸喜脚本のドラマ『竜馬におまかせ!』で出てきたから使ってみました。(笑)サスケを好きなんだけどカカシ先生が気になっちゃうサクラちゃんと、子供には興味ないんだけどサクラを可愛いと思っちゃうカカシ先生の話、でした。