鍵 3


傷だらけの少年の手足に薬を塗りながら、少女が泣いている。
散々に殴られた彼の顔は腫れ上がり、明日になれば痛みも増すはずだ。
自分が怪我をしたわけではない。
だが、彼女はそれ以上の痛みを心に感じていた。

 

「もう、危ない仕事はやめて。死んじゃうわ」
「・・・・」
涙を流して訴える少女から顔をそらし、少年は何とも答えない。
彼は巾着切りや盗賊の見張り、その他堂々と人に言えないことを生業にして生きている。
親が死んで世間に放り出された子供の末路だ。
真っ当な職に就こうにも、それなりの学と後ろ盾となる人間がいなければ無理な話だった。
今日のように盗みがばれれば、手酷い暴行を受ける。
幼なじみの二人には、互いしか労り合う者はいなかった。

「・・・俺はこのままじゃ終わらない。いつか必ず財を築いてみせる」
少女の涙を手で拭うと、少年は彼女の体を強く抱きしめる。
「だからお前はここで待っていろ。絶対に迎えに来るから」
「うん」
少年の言葉に、瞳を潤ませた少女は何度も頷く。

 

以来、姿を見せなくなった彼が、上方に行ったという話を風の噂で聞いた。
金などなくてもいい。
ただ、無事な姿を見せてくれれば、それだけで満足だった。

 

 

 

 

目が覚めて、サクラは自分が泣いていることに気づく。
外はまだ暗い。
袖口で涙を拭うと、サクラは自分の肩にかかった手をどけて半身を起こす。
そして傍らで寝息を立てるカカシに気づかれないよう、サクラは布団から這い出した。

これだけ泣けば、おそらく明日の朝は目が腫れているはずだ。
カカシや家の者に、心配をかけたくない。
厨に明かりを灯したサクラは、水瓶へと向かう。
濡らした手ぬぐいを瞼にそえると、幾分気持ちも落ち着いたように思えた。

 

「サクラ」

振り向いた瞬間に呼び掛けられ、サクラは危うく手ぬぐいを取り落としそうになる。
いつからか、暗がりに一人の少年が立っていた。
成長し、顔つきや体格は変わっているが、見間違うはずがない。
「サスケくん!」
駆け出したサクラは、迷うことなく彼に飛び付いた。
「無事だったのね。どこも怪我はしていない?」
「・・・ああ」
耳のすぐ近くで聞こえる変声期を迎えた少年の声に、サクラの瞳からは涙がこぼれ落ちる。
夢にまで見た彼が腕の中にいるのだ。
二度と会うことは叶わないと思っていただけに、喜びもひとしおだった。

「・・・お魚の匂いがする。やっぱり、あの魚屋さんの声はサスケくんだったんだ」
「気づいていたのか」
「はっきりとじゃないけど、喋り方とか、似てると思って」
サスケの瞳を間近で見つめたサクラは嬉しげに微笑む。
「いつから魚屋さんになったの?もう上方へは行かないの」
「サクラ」
なおも問い掛けようとするサクラを、サスケは遮った。
「今日は、お前を迎えに来たんだ」
「・・・・え」

 

戸惑うサクラから手を放すと、サスケは背負っていた荷物をその場で広げてみせる。
中から出てきた小判の束に、サクラは目を見開いた。
「これは、向こうでためた金だ。別の場所にもまだ隠してある。お前に苦労はさせない」
「ま、待ってよサスケくん。私はもう女郎屋の下働きの娘じゃないのよ」
「分かっている。ようやくまとまった金を用意できて、迎えに行ったらお前はすでにこの家に引き取られたあとだった」
「・・・ごめんなさい」
「別に謝らなくてもいい。サクラが幸せなら、どこにいようと俺は構わない」

魚屋に扮しての聞き込み調査で、サスケはサクラはこの家に来てから一度も外出をしていないことを知った。
屋敷で働く者以外、隣人は誰も彼女の姿を見ていない。
健康な人間が散歩すらせず、何ヶ月も家に閉じこもるのはあまりに不自然だ。
家の当主、カカシがサクラを何らかの理由で拘束している可能性が高い。
好きなものを買い与えられ、教育を受けたとしても自由のない生活が幸せなはずがなかった。

 

 

「サスケくんは誤解しているわ。私はカカシさんのことが大好きだし、本当に幸せなの。信じて!」
サスケの話を聞き終えたサクラは、懸命に弁明し始める。
サクラの口から出たカカシの名前に、サスケは僅かに顔をしかめたが、興奮気味の彼女は気づかない。
「外に行かないのは私の意思なのよ」
「何故」
「・・・・・怖かったから」
暫しの逡巡のあと、サクラは低い声で呟く。

「どんなにいい着物を買ってもらっても元々卑しい生まれだもの。カカシさんの知り合いはみんな良い家の人だし、蔑まれた目で見られたらと思うと怖かった。そして、一人で外出して、もしこの家に私の居場所がなくなっていたら?もともと夢みたいな話だったし、外から帰ってカカシさんに家に入れてもらえなかったら、私、死んじゃうわ」
矢継ぎ早に話したあと、サクラはき唇を噛みしめる。
この家に来て、幸せだった。
だからこそ、不安になる。
カカシに捨てられれば、サクラにもう一度あの場所に戻る勇気はない。

 

「どうせなら、朝になってからお話したら?」
背後から聞こえてきた声に、サスケとサクラははっとなる。
会話に夢中で気づかなかったが、単衣姿のカカシが欠伸をしながら佇んでいた。
サスケが何か声を発する前に、カカシは彼に笑いかける。

「君さ、うちで働く気、あるかな」
「・・・・何のことだ」
「そのまんまの意味。うちで住み込みで奉公していた子が、身内に不幸があって実家に帰っちゃったんだよね。ちょうど君くらいの年齢の子を口入れ屋に頼んで探していたんだ。雑用ばかりだけど、今まで君がしてきたような危険な仕事はないよ」
一度言葉を切ると、カカシは警戒するサスケに柔和な微笑を浮かべてみせた。
「ちゃんと給金は払うし、望めば毎日でもサクラに会える。他に条件があるなら、善処するよ」

「サスケくん!」
瞳を輝かせたサクラは、カカシを睨んだままのサスケを強く揺する。
「どうかな?」
「何が目的だ」
「別に、何も下心はないから安心してよ。ほら、君が夜中に不法侵入しても通報してないわけだし」
「・・・・」
「ただ、俺も君と同じなんだよね。サクラの悲しそうな顔は、もう見たくないんだ」

 

 

 

数日後、イルカは以前話していた自分の受け持ちの生徒達を連れてやって来た。
皆サクラと同じ年頃で気があったらしく、中でも一番のやんちゃ坊主のナルトはサクラに一目惚れをして必死に言い寄っている。
それなりに裕福な商家の出だったが、サクラが養女だと知っていても、色眼鏡で見る子供は一人もいない。
外へ遊びに行こうという彼らの誘いにも、サクラは自然と肯定の返事をしていた。

 

「サクラ」
自室で浮き浮きと外出の準備をするサクラを、カカシが呼び止める。
手招きをされて近づくと、カカシはサクラにあるものを差し出した。
「これ、あげる」
「・・・鍵?」
「そう、うちの玄関の鍵」
鍵に紐を通すと、カカシはサクラの首にそれをかける。

「ここはサクラの家だから、帰りが遅くなってもそれで開けて入ってくればいいよ。誰も閉め出したりなんかしない」
サクラの頭を撫でるカカシは、今までで一番優しい顔をしているように見えた。
涙目になったサクラは、カカシの首筋にぎゅうっと抱きつく。
「有難う」


あとがき??
鍵って、何だか家族の証のような気がします。
ああ、一緒に寝ていましたが、二人は別にそういう関係(?)じゃないです。そうでもいいけど。
サクラが寂しがってカカシさんの布団にもぐり込んでいるだけ。
何とも危険な子だ・・・。

今後はサスケくんもいるし、ナルトも出てきたし、騒がしくなりそうですねぇ。
カカシさん、余裕かましてサスケの職を世話したことを後悔しなければいいですが。
恋敵ができることよりも、サクラが悲しげな顔をしている方が耐えられなかったようです。
ぞっこんラブ・・・・。
サスケ、もっとちょい役だったはずが、頑張ったな。おかげでカカシさんの出番が減った。
もっとカカサクでラブラブにさせたかった。(涙)


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