忍びのオキテ 2


「どうしてこの城の若君はそろいもそろってサクラに懐くんですか」
「知りません。向こうが勝手に寄ってくるんです」
「・・・・俺は害虫か」

暫しの沈黙のあと、イルカとサクラとカカシは同時にため息をついた。

サクラの膝には、この城の若き当主である鶴松6歳がちょこんと乗っている。
白銀の髪といい、その面立ちといい、カカシが縮めばそのまま彼になるだろうという容姿だ。
サクラが最初にどこかで会ったと思ったのは、カカシの姿と記憶を混同していたらしい。
鶴松はカカシの甥なのだから、顔が似ているのは道理だ。
そして、女子の好みについても、二人はよく似た感性を持っているようだった。

「サクラはこの城に残って、私と遊ぶんだ」
「何だと、このガキ!」
額に青筋を立てたカカシは、鶴松の胸ぐらを掴んでサクラから引き離す。
「大体、俺のサクラに馴れ馴れしいんだよ、こら」
「ちょっと!若様、子供相手に乱暴なことしないでよ!!」
甲高い声をあげると、サクラはカカシの手から鶴松を奪い返した。
サクラの腕に抱かれた鶴松は、カカシの神経を逆撫でするように舌を出している。

「ああ、二人とも、喧嘩はやめてください・・・」
鶴松を挟んで睨み合いをするカカシとサクラに、イルカはもう頭を抱えるしかなかった。

 

 

 

「あれ、若様は?」
「怒って先に里に帰っちゃいました。今夜はここに泊まるって言っただけなのに」
苦笑するサクラに、イルカも口端を緩める。
「賭けてもいいけど、まだその辺にいると思うよ」

城で用意できる一番良い客間で、鶴松と共に夕食を取ったサクラは、空になった膳を下げてすっかりくつろいでいた。
周りには、子供用の玩具がいろいろと転がっている。
いつもよりはしゃいでいたせいか、鶴松はサクラの膝に枕に寝息を立てていた。

鶴松の柔らかな髪を撫でるサクラの顔は、母親そのものだ。
里に残してきた娘のことを、思いだしているのかもしれない。

 

「サクラ、聞いてもいいかな」
「はい?」
「お前、今、幸せか」
鶴松の頭に置かれたサクラの手が、ぴたりと止まる。
顔をあげると、イルカは真剣な表情でサクラを見つめていた。

「ずっと気になっていたんだよ。俺がお前をここに呼んだせいで、お前の人生180度変わっちゃっただろ。もしかしたら、後悔とかしてるんじゃないかって・・・」
「そうですね。お世話をするはずの若様はちゃらんぽらんだし、我が儘ばかりで、正直変なところに来ちゃったと思いました」
少し不機嫌そうに語るサクラに、イルカの顔が僅かに強張る。
だけれど、口調とは裏腹にサクラの表情は笑顔のままだ。

「でも、私、想像できないんですよ。もしお城に呼ばれなかったら、どんな人生送っていたか。それを思うと、怖いくらい」
一度言葉を切ると、サクラはイルカににっこりと笑いかける。
「今が、とっても幸せだから」
「・・・・そうか」
微笑むサクラに釣られて、イルカも顔を綻ばせる。
サクラの笑みを見て、長い間気になっていた胸のつかえが、ようやく取れたような気がした。

 

「そういえば、サクラ、子供好きなのか」
「え」
「鶴松君にいやに親切だ」
玩具を片付けながら、イルカはちらりと繋がれた鶴松とサクラの手に視線を向ける。
普段、いろいろと小言を言っているようでそれなりにカカシを立てているサクラが、彼に逆らってまで鶴松の言葉に従ったことは、少々意外だった。
不思議そうな顔で自分を見るイルカに、サクラはやや浮かない表情で俯く。

「それは、罪悪感からです」
「罪悪感?」
「ええ。鶴松君がお母上のいる国を離れてこの城に来ることになったのは、みんな若様と私のせいです。今日会ったときも鶴松君は窓の外を見ていたし、もしかしたらもといた国に帰りたいのかと思って・・・」
「ああ、そういうことか」
不安げなサクラの言葉を、イルカは笑い飛ばした。

「大丈夫。鶴松君が寂しそうなのは、乳母と乳兄弟が所用で実家に帰っているからだよ。普段はもっとわんぱく坊主なんだ」
「そうなんですか」
「ああ。利発な方だから、きっと立派な城主になってくれると期待してるよ顔は若様とうり二つだけど、性格はまるで違うし教育のしがいがあるよ」
「好色なところも若様に似なければいいですねぇ」
イルカの言葉にサクラも続く。
カカシがこの場にいないのをいいことに、言いたい放題の二人だった。

 

 

 

客間を出てすぐに、何かイルカは異様な気配を感じて振り返る。
よくよく見ると、廊下の片隅にある狸の置物に、寄り添うようにうずくまる影が一つ。
里に帰ったはずのカカシだ。
嫌な予感がしつつも、イルカは恐る恐る彼に近寄る。

「・・・・何やってるんですか。こんなところで」
「つ、鶴松にせがまれて、サクラが、今夜は鶴松と一緒に寝るって」
どもりながら言ったカカシは、高まっていた感情が爆発したのか、その場に泣き崩れた。
「鶴松にサクラを寝取られたーーーーーーーーーー!!俺は捨てられたんだーーーーー!!!サクラーーー!!!!」
「ちょ、ちょっと、人聞きの悪いこと言うのやめてくださいよ!!相手は6歳の子供ですってば!」

イルカは周囲の目を気にしながら何とかカカシをなだめようとする。
だが、泣きわめくカカシに、動揺したイルカの声はすっかりかき消されていた。


あとがき??
何言ってるんだか・・・。
私、若君の名前って鶴松とか竹千代(これ家康)とか満丸とか、そんなのしか思い浮かばないよ。


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