忍びのオンナ 4
「本当にいらないの、サクラ」
「いらないっていったら、いらないです」
庭に散歩にやってきたあとも、カカシとサクラは押し問答を繰り返す。
カカシの手には、商人から買った緑の石が握られていた。
カカシの側近くに仕える者達ははらはらしながら二人の会話に耳を傾けている。「じゃあ、サクラは何が欲しいのさ。何でも買ってあげるよ」
「私は、お金で買えないものが欲しいです」
サクラは嫌味のつもりで切り返した。
つんとした顔で前方を見つめるサクラに、カカシは口端を緩める。
「じゃあ、これは必要ないね」
その呟きと同時だった。
カカシの手を放れた緑の石は、弧を描いて飛んでいく。
石の落ちた茂みの向こうにあるのは、小さな川だ。
カカシが石を放り投げる現場を目撃したイルカ他、家臣一度は真っ青になった。「こ、高価な宝石が・・・・」
「探せ、探すんだ!!」
知らせを聞き、わらわらと集まってきた家臣達は、一斉に腰をかがめて目を凝らす。
川に入る者と茂みに分け入る者が分担され、庭中大パニックとなった。
サクラは唖然とした様子で情景を眺めていたが、微かに耳に届いた笑い声に、目を見張る。「おっかしいねぇ。あんなに必死に這いつくばっちゃって」
皆が泣きそうな顔で地面を這う中、一人くすくす笑いをしているのは、騒ぎの張本人であるカカシだった。
「行こう、サクラ」
「若様!」
中庭から続く回廊を歩きながら、サクラは困惑気味に話しかける。
「みんな、困ってます」
「俺達には、関係ないよ」
そっけなく言うと、カカシはサクラに笑いかけた。
「これでうるさいのを追い払えた。ようやく二人きりだ」浮かれるカカシとは反対に、サクラは悲しげな表情で彼を見上げた。
「若様の方こそ、何が欲しいの」
「・・・・俺?」
「そうよ。綺麗な女の人を侍らせていても、贅沢な料理を食べていても、若は心の底から笑っていない。いつも、何か物足りないような顔をしてる」
いつのまにか、歩みを止めたカカシの腕をサクラはしっかりと掴む。
「あなたは、本当は何がしたいの」
長い、沈黙だった。
カカシは、サクラの瞳の奧、その真意を探るようにして彼女を見つめる。
そうして、サクラも視線をそらすことなく、受け止める。
何か思惑があるわけではなく、真から自分を気遣う心が分かったのか、カカシは少しだけ表情を緩めた。
「俺はね、正妻じゃなくて妾の生んだ子なんだ」
カカシがぽつりともらした言葉は、サクラが初めて聞く話だ。
「親父の側にいた女中が母親なんだけど、俺を孕んだことを知った正妻に城から追い出されたんだ。俺は母の実家で、そうした事実を知ることなく普通の子供と同様に育ってきた。それが一転したのは、親父が急死してからだ」
言葉を切ったカカシは、木々の向こうへと目を向けた。
遠い昔に、思いをはせるように。「正妻は女の子を一人しか生めなかった。だから、家が取りつぶしになる前に俺を引き取って養子にしたんだ。でも、やっぱり妾腹の俺のことは気にくわなかったみたいで、ことあるごとにいびられて、俺、大人になったら絶対このおばさん殺してやるって思った。幸い、俺が殺す前にはやり病で死んでくれたけど」
「・・・・若の本当のお母さんは?」
「俺が3つのときに、死んだよ。サクラと同じ、薄紅色の髪をした優しい人だった」顔を下方へ向けたカカシは、サクラの頭にそっと手を置く。
その表情は、サクラが今まで見たことが無いほど、穏やかなものだ。
「悪いけど、無理に連れてこられたこの家のために何かしとうようとかは、全然思わない。むしろ、こんな家つぶれた方がせいせいするよ。また子供のときみたいに、自由に行動できるし」
明るい口調で言われ、サクラはとまどいを隠せなかった。
カカシが本音を見せてくれたことは嬉しい。
だけれど、このままカカシの我が儘を見過ごすことも、サクラには出来ない。「でも、イルカさんとか、若のことを損得抜きに心配している人はお城に沢山いるよ」
「・・・・」
「この家がなくなったら、城にいる人達は路頭に迷うことになる。若はみんなを困らせたいのかもしれないけど、私はそんなの見ていたくない」
カカシの手を握り締めたサクラは、俯いた彼の顔を覗き込むようにして見る。
「若、昔あったことを振り返るより、これから若が出来ることを考えましょう。城の外の生活よりは不自由かもしれないけれど、ここでしか出来ないことが、若にしか出来ないことがあるはずよ。意地悪なおばさんはもういないんだから」
無言のままのカカシを、サクラはじっと見つめ続ける。
家のこと云々より、サクラはカカシが自堕落な生活を続けることが嫌だった。
彼の幸せのためにも、思考を前向きにしなければならない。
このままでは、家がなくなって外に出ても、カカシは同じことを繰り返しそうだ。そうした気持ちが通じたのか、サクラと視線を合わせたカカシは、はにかむように笑った。
「サクラがずっとここにいてくれるなら、考える」
あとがき??
ようやく話の折り返し地点に来たかなぁ。どうだろう。書きながら、続きの展開を考えているので、微妙。
若がサクラに目を付けたのは、かーちゃんに面差しが似てたからなんですね。『日出づる処の天子』みたいだな。
かーちゃんも平たい胸だったのか・・・・。
若は母親みたいに愛してくれる人が欲しくて、女遊びをしていたというマザコン。
これからまたどっかんと大事件が起こりそうです。くわばらくわばら。