忍びのオンナ 7
「な、なんじゃこりゃーーーーーーーーーーーーー!!!」
サクラから来た手紙を読むなり、カカシは絶叫した。
それまでうきうき顔で封を開けていただけに、イルカは目を丸くする。
「あの、な、何て書いてあったんですか?」
恐る恐る訊ねると、カカシは手紙を握り締めながら振り向いた。「サクラが、サクラが、サクラがもう城に帰ってこないって・・・・」
言っているうちに感極まったのか、カカシはぼろぼろと涙をこぼす。
おかげで、イルカは手紙の内容の驚けばいいのか、カカシの涙に動揺すべきなのか、よく分からなくなってしまった。
取り敢えず、近くにいた家臣達はみな困惑気味に互い顔を見合わせた。
「それで、あんたの変わりにヒナタがお城に行くんだ」
「うん。ヒナタなら若様好みのボインちゃんだし、気立ては極上だし、文句ないと思うのよ」サクラはもぐもぐと口を動かしながらいのに応える。
妊娠が分かって以来、サクラはとにかく食欲が旺盛になった。
もちろん、子供に元気に生まれてきて欲しいという気持ちが頭にあってのことだ。
いのと待ち合わせをした茶店で、サクラはすでに二人分の食事を平らげている。「あんた、本当に生む気なの」
「うん。だって、隠れ里にシングルマザーなんて沢山いるし、うちは貧乏ってわけじゃないから大丈夫だと思うのよ。私も両親も、子供好きだし」
「だからってねぇ・・・・」
机に頬杖をつき、いのはため息をつく。
「でもあんたは別に望んでないのに若様にそういう行為を強要されてたんでしょ」
「まぁね」
「なら、お城勤めを辞めて、子供も始末すればいいじゃない」忍びの里では、シングルマザーが多ければ、サクラのように主人に手込めにされたくのいちや、情報収集のために敵方の人間と通じたくのいちの妊娠もざらだ。
そうした子供を体に負担をかけることなく堕胎する医療術も、十分研究されている。
だけれど、サクラは子供をどうにかしようとは一瞬でも思わなかった。
悩んでいたのは、これをカカシに伝えるか否かだ。「私の手紙が届いたら、若様大暴れするんだろうなぁ・・・」
手紙には、ただ帰れないとだけあり、理由は書かなかった。
見ずとも、サクラには手紙を手に愕然とするカカシの顔が目に浮かぶ。
そうして、いのとサクラが同時に茶をすすった時だった。
緊急事態を知らせる警笛が、里中に鳴り響く。
「え、な、何?」
「分かんないわよ。とにかく、お茶してる場合じゃないわ」
いのとサクラの他、店にいた客は全員外へ飛び出す。
「あの、何があったんですか?」
右往左往となる住人の中から、里の警備を任された忍びを捕まえていのが訊ねる。「侵入者だ!しかも、応戦した下忍、中忍が次々倒されてる」
「それほどの手練れが!敵は何人なんですか」
「それが、一人なんだよ」
二人の切羽詰った会話を聞いているうちに、サクラは何故か、非常に嫌な予感がした。「・・・・あの、つかぬ事をお伺いしますが、その侵入者って髪が白くて、左目が赤かったりしません」
「その通りだ!!」
頷く警備の忍者に、サクラの顔面からは一気に血の気が引く。「上忍の方々を集めるのは、ちょっと待ってください!!それ、私の若様なんです」
「何でこんなことしたのよ!!」
「だって、サクラはもう帰ってこないって言うし、隠れ里には忍者以外は入れないってことだから、ちょっと強行突破を」
「ちょっとじゃないわよ、ちょっとじゃ!下忍と中忍相手に、立ち回りなんかして」
「でも、殺してはいなかっただろ」
散々怒鳴られたカカシは、つんとした顔で言い返す。
それがまた問題なのだ。
同じ忍びの者ならともかく、一介の城の跡取り息子にそろいもそろってのされてしまっては、警備の意味が全くないということになる。サクラが出ていったことでカカシは大人しくなり、一応騒動は収まったが、上層部では連日会議が続いていた。
カカシはサクラと共に里の尋問室に拘束され、城にも現状の報告がいった頃だろう。
深々とため息をついたサクラを、パイプ椅子に腰掛けているカカシは上目遣いに見る。
「サクラ、好きな男と結婚するから俺を捨てるのか」
「・・・はぁ?」
カカシの言葉に、サクラは怪訝な表情で首を傾げる。
「はっきり言ってくれ。俺を傷つけたくないとか、そういうことは考えないで」カカシは今にも泣きそうな顔で俯く。
どうやら、カカシの頭の中では完璧にシナリオができあがっているようだ。
そうして、それを信じ切っているらしい。「私の好きな男って誰のことですか」
「あの写真のガキだよ」
「・・・・若様って、意外にしつこいですよね」
言いながら、サクラは情けない気持ちでうなだれた。
あれほど毎日つくしてきたのに、彼は一体何を見てきたのか。
あんな写真など部屋の移動やら何やらでとっくに紛失してしまった。
「私が城に戻らないって決めたのは、子供ができたからです」
きっぱりと言うと、ツナデに知らせを受けたときのサクラ同様、カカシは目を点にする。
「え?」
「だから、子供ができたのよ。若様の。里で生んで育てていきたいから、若様のところに帰れないの」
呆けているカカシに、サクラはもう一度繰り返す。
カカシがサクラの言ったことを呑み込むには、かなりの時間を要した。「そ、それなら、よけいにサクラは城に帰ってこないと駄目じゃないか」
「何でよ」
「だって、男の子なら城の跡継ぎなわけだし、それなりの教育を・・・」
「そういうのが、嫌なのよ!」
サクラはかぶりを振ってカカシの言葉を遮る。「若様だって、言っていたじゃない。妾の子だから苦労したって」
「・・・・それは」
「私、自分の子にそんな思いさせたくないの。若様だっていずれ本当の奥さんを貰わなきゃならないわ。その奥さんだって彼女の子供だって、私達がいたら絶対邪魔だもの。それに、私は隠れ里で生まれた忍びの女。この里と縁を切る気も仕事をやめるつもりもないわ」
サクラは必死な様子でカカシの服を引っ張る。
「お願い。私達のことは、放っておいて。お城の人にも、子供のことは言わないで」
数日後、城から隠れ里に多大な出資をしていることもあり、カカシの狼藉は不問ということで帰されることになった。
隠れ里を覆う森を抜ければ、城からの迎えが来ている手はずだ。
そうして、見送りの人々の中にサクラの影はない。カカシは何とも言えない複雑な気持ちで踵を返す。
サクラのことを愛しているのに、自分はサクラを困らせてばかりいる。
その彼女の唯一の願いならば、きくしかない。
だけれど、それならば自分の中のこの空虚な気持ちはどうすればいいのか。
「若様!」
もう数メートルもすれば森が開けるというところまで来たとき、カカシを呼び止める声が聞こえた。
振り返ると、金髪の少女が一生懸命に駆けてくるのが見える。
サクラと同じ年恰好のくのいち。
里にいる間、たまに目にする彼女が何か言いたげな顔で見ていたのは知っていたが、サクラのことで頭が一杯のカカシはあまり気にかけていなかった。「私、サクラの幼馴染でいのっていいます。若様がサクラのために、ここまで来てくれたから言います」
カカシのすぐ手前まで来ると、いのは力強い眼差しでカカシを見上げる。
「サクラは里に帰ってきてから、朝から晩までずっと若様の話をしていました。いえ、若様の話しかしませんでした。どんな話題をふっても、結局最後は若様の話になるんです。だからサクラも本当は、若様のことが大好きなんだと思います。若様、このままサクラを諦めないで下さい」言い終えるなり、いのは激しく咳き込んだ。
よほど慌ててここまで来たのだろう。
思いがけない言葉の数々に驚いていたカカシは、むせ返るいのを目にしてようやく我に返る。
気遣うように背中に手を置かれ、いのが顔を上げると、そこには穏やかに微笑するカカシがいた。「有難う」
あとがき??
長い。何でこんな長編になってるの?書きたかったのは、たった二つの場面だったのに。
でも、次の8で最後ですよ。末広がり。
しょせん私の考える話なので、いい加減なのです。
いのがいなかったら、この話は完結しなかった。有難う、有難う。
冒頭のカカシさんの叫びは『太陽にほえろ』の柴田純の殉職場面の台詞だと言っても誰も分からないだろうな。