遠い音楽 U


「原因はよく分からないんだ。お前がいなくなって、サスケもあとを追うように里を抜けた。そのあたりからかな。サクラがおかしくなったのは」
「あの子の、お父さんは?」
「さぁ。それは、サクラに訊かなくちゃ分からないよ」

温暖な気候と、花の咲き乱れる療養所の庭園。
カカシとナルトの座るベンチ付近は、明るい庭園に似つかわしくなく、重苦しい空気に包まれていた。
彼らの視線の先にいるのは、仲良く花を摘むサクラとモモだ。

「可哀相に。モモは一度もサクラに名前を呼んでもらったことがないし、抱きしめてもらったこともない。それでも、あの子は一生懸命にサクラの世話をしているんだ」
「・・・・ごめん。俺、サクラちゃんのこと全然知らなくて」
「別に、お前のせいじゃないだろ」
うなだれるナルトに、カカシは苦笑して肩を叩いた。

カカシの言うとおりだが、里のことを一切知ることなく修行に没頭していた日々が、ナルトには罪深く感じられてしまう。
班を解散したとはいえ、サクラが大事な仲間であることに変わりはない。
彼女が困っているときに何も出来ないことが、ひどく不甲斐無かった。

 

「先生―」
明るい声音に顔をあげると、両手に花を持ったモモが二人のいるベンチまで駆けて来た。
「これ、あげる!」
「おお、上手くできたなぁ」
小さな花輪はサクラと摘んだ花で作ったものだ。

「お兄ちゃんにも」
「有難う」
ナルトにも同じ花輪を差し出したモモに、ナルトは何とか顔を綻ばせる。
今までのことは、もうどうしようもない。
微笑むモモを見つめながら、せめて、今自分できることを精一杯にやろうと思った。

 

 

 

それから、ナルトは毎日のように療養所にやってきた。
何度顔を合わせても、サクラは初めて会った人間のようにナルトに接する。
彼女の頭に、「昨日」、そして「過去」という文字はないのだ。
サクラが幸せそうに笑うことだけが、救いだった。

 

「それは?」
「カカシ先生が持ってきてくれるの。お母さんが好きなお茶だから、欠かしたことがないの」
「ふーん」
小さな手で手際よくお茶を入れるモモを感心して見つめたナルトは、室内にある物をぐるりと見渡す。
年頃の女性が好みそうな調度品が揃えられ、高価そうな花がそこかしこに飾られている。

「ここにあるものって、みんなカカシ先生が用意したの」
「そうよ。私の服も靴も全部」
ナルトの問いかけに、モモは嬉しそうに微笑んで答える。
日当たりがよく、庭園を望むこの場所は、医療所で一番良い部屋なのだと聞いた。
サクラがどれほど大事にされているのか、よく分かる気がする。

「そのお茶さ、俺にも同じのくれるかな」
ハーブの香りに鼻孔をくすぐられたナルトは、モモのいる方を振り返る。
「え、これ?」
「うん、それ」
「分かった」

 

椅子に座ったナルトは、モモのいれたお茶をまじまじと見る。
ナルトが今まで飲んだことがない、品の良い香りのする茶だった。
旅の間に携帯していた安物の茶葉とは全然違う。
どんな味がするのかと期待して口に運んだのだが、それは想像以上の熱さがあり、ナルトは思わずそのカップから手を離してしまう。
床に落ちたティーカップは粉々になり、辺りはあっという間に水浸しになった。

「ギャーー!!ご、ごめん」
「何やってるのー!もーー!!」
慌てたモモは、床を拭くものを求めて洗面所へと駆け出していく。
ナルトはといえば、おろおろと散らばったカップの破片を集めるだけだ。
「た、高そうなカップだよな。やっぱり弁償かな」

うずくまったナルトが、半泣きで言ったときだった。
髪の毛に、何かが、触れた気がする。
何事かと振り向いたナルトが見上げると、すぐ傍らにサクラが佇んでいた。
サクラにもお湯が飛んだのかと青ざめたナルトだったが、それは違った。

 

「相変わらずそそっかしいわね」

目を見開いたナルトに、サクラはくすくすと笑う。
「気をつけなさいよ、ナルト」
口調とは裏腹に、サクラの眼差しは優しいものだ。
ナルトの目には、自然と、涙が滲み始める。

「サクラちゃん俺のこと、分かるの?」
訊ねるナルトに、サクラは笑顔のまま彼の頭を撫でる。
何かのきっかけで正気に戻っただけ。
完全に元に戻ったわけではなかったが、明るい兆しはナルトの涙腺を緩ませるのに十分だった。


あとがき??
まだ書きたい場面、書いてないんですけど。
モモちゃんは、カカシ先生が自分のことを「サクラの先生」と自己紹介したから、「先生」と呼んでいるようです。
原作と違い、サスケが里を出たのはナルトが旅に出たあとです。
里を離れたときのそれぞれの微妙に年齢も上がっております。


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