遠い音楽 V
「お兄ちゃん、恋人はいるの?」
庭園のベンチで、隣りに腰掛けるナルトにモモが訊ねる。
「いるように、見える?」
「見えない」
きっぱりと答えるモモに、ナルトの笑顔が固まった。
実際そうなのだが、子供にこうも鋭い指摘をされると、少々傷つく。「ナルトのお兄ちゃんって、分かりやすいよね」
「そう?」
肩を落とすナルトに、モモは悪戯な笑みを向ける。
「でも、可愛いから私がお嫁さんになってあげてもいいわよ」
「・・・・それは光栄だね」
子供に可愛いと言われるのも複雑だが、ナルトはいい意味と取ることにした。「モモちゃん、カカシ先生のことはどう思ってる?」
「大好き!」
「じゃあ、俺よりカカシ先生のお嫁さんになった方がいいんじゃないの」
「それは、駄目―。カカシ先生は一番好きだから、私のお父さんになってもらうの。それで、二番目に好きなお兄ちゃんは、私の旦那様。これでお母さんも加われば、完璧でしょ!」
瞳を輝かせて未来予想図を語るモモに、ナルトは口元を綻ばせる。
「そっか」
モモの頭を撫でたナルトは、その気配に顔をあげる。
いつの間に来たのか、カカシが二人のすぐ背後に立っていた。「あ、先生―!」
ベンチから立ったモモは、満面の笑みでカカシに駆け寄る。
カカシの方も、こぼれるような笑顔でモモを抱え上げた。
「ナルトに遊んでもらってたのか?」
「違うよ。私の方がナルトのお兄ちゃんに付き合って遊んであげてたんだよ」
「そうか、そうか。モモは偉いなぁ」
「・・・おいおい」ナルトが力なく突っ込みを入れると、カカシとモモは揃って楽しげな笑い声をたてた。
顔は全く似ていないのに、二人は度々同じような仕草や表情をする。
特に、意地悪な言動をするときなど、そっくりだ。
サクラを通して培ってきた二人の間の絆が見えるようで、ナルトは思わず苦笑いをした。「そういえば、サクラが部屋にいなかったけど」
「お母さんは、病院の先生とお出かけしたのよ」
「先生と?」
何も話を聞いていなかったカカシは、怪訝な顔で呟く。
「あ、俺から話すよ。モモちゃん、ちょっとカカシ先生と二人きりにしてもらえるかな」
「うん」
カカシの腕から離れると、モモは庭園の隅にあるブランコへと駆けて行く。
その後ろ姿を見守るカカシに、ナルトは話を切り出した。
「先生、俺さ、サクラちゃんが毎日飲んでるっていう茶葉について調べてみたんだ。幻覚作用のある一種の麻薬で、一回や二回はともかく、毎日飲み続けていたら精神をわずらってもしょうがない。カカシ先生は原産地の菜の国から直接取り寄せていたから、木ノ葉隠れの人にはただ珍しい茶葉にしか見えなかったみたいだけどさ、俺は旅の途中で菜の国に行ったとき似たような香りの茶葉を見せてもらったから、気になったんだ」
ナルトは話の合間にカカシの横顔を窺ったが、あまり動揺した素振りはなかった。
できれば担任だったカカシにこんな話をしたくなかったが、ナルト以外にカカシを言及できる者はいない。「理由、聞いてもいい?」
「・・・・不安だったから、だよ」
観念したのか、ナルトの隣りに座ったカカシは素直に答えた。
「サスケが里を出たのは、サクラの妊娠が分かった直後のことだった。だから、子供が生まれたらサクラは俺を捨てて里を出て行くと思ったんだ。サスケのあとを追って」
「何で、そう思ったのさ」
「サクラとは、結婚とか全然考えてない間柄だったし、俺と付き合い始めてからもサスケに未練があったのは知っていたからね」言葉を切ったカカシは、両手を組んで俯く。
その顔は、ナルトの目に、ひどく疲れているように見えた。「毎日怯えてた。サクラがいなくなる日を思って。それなら自分や子供のことが分からなくたって、そばにいてくれる方がずっといい」
「でも、モモちゃんはそんな薬だと知らずに、カカシ先生のもらったお茶を毎日サクラちゃんに飲ませていた。自分が、お母さんの病を重くする片棒を担いでいたと知ったら、彼女が傷つくんじゃないの」
「・・・・」
ナルトがモモの名前を出すと、カカシの顔が僅かに翳った。
眉間に皺を寄せるカカシを見つめ、ナルトは諭すような口調で言う。「ねぇ、カカシ先生。サスケも俺もいなくなって、寂しい思いをしていたサクラちゃんに一番親身になってあげたのは、カカシ先生なんでしょ。俺の知ってるサクラちゃんは、サスケのことが好きなまま、カカシ先生と関係を持つような器用な子じゃないよ。カカシ先生がサクラちゃんを信じてあげないで、どうするんだよ」
カカシが顔をあげるのと、それは、ほぼ同時だった。
「カカシ先生」
懐かしい声に、名前を呼ばれた。
彼女の口からその名が出たのは、数年ぶりのことだ。
ナルトが振り向いてから随分と経って、カカシはゆっくりとその方角を見た。庭へと続く小道を、白衣を着た主治医とサクラが、並んで歩いてくる。
いつもの、どこか視点の曖昧な眼差しではなく、サクラはしっかりとカカシ達を見つめていた。「お出かけしてね、カカシ先生の好きな桃を買ってきたのよ。沢山買ってきたから、ナルトも一緒に食べようね」
果物の入った袋を掲げると、サクラはにこにこと笑った。
病の原因が分かったところで、今のサクラにはカカシを詰ることもできない。
サクラの純真な笑顔に、カカシは胸がつぶれる思いだった。
「そういえば、お庭のお花が歌を歌ってくれなくなったの。どうしてかしら」
「それは、良い兆候なんだよ」
「そうなの?」
桃の入った袋を受け取ったナルトに、サクラは首を傾げた。
そして、サクラはカカシの隣りにやってきたモモを不思議そうに見やる。「その子は、誰」
「サクラちゃんの娘だよ」
緊張する空気の中で、ナルトはやんわりと返事をする。
「忘れちゃった?」
「・・・・分からないわ」
「思い出していけばいいよ、これから。俺はもう里を離れないし、カカシ先生もずっとサクラちゃんのそばにいるからさ」ナルトがにっこりと笑いかけると、サクラも同じように笑顔になった。
サクラが、こうした疑問を口にするのは珍しい。
今までの、何に対しても関心を持たなかったサクラと比べれば、薬の効果が薄れてきている証拠だ。
「一緒。ずっとずっと、ずっと一緒」
カカシと手を繋いだサクラは、ナルトの言葉を何度も何度も繰り返す。
療養所にいる間中、サクラが幸せそうに見えた理由が、ナルトには何となく分かった気がした。
ナルトとサスケ、相次いで里から姿を消したサクラの知己。
離れていくことを恐れていたのは、カカシだけではなかったのかもしれない。
あとがき??
長い間放っていて今頃Vを書いたので、何か書きたかったのか分からないですね。