「サクラさん」
雑踏の中、呼び止められたサクラはその場で立ち止まる。
振り返った先にいたのは、しっとりとした黒髪の美女。
久しく顔を合わせなかった彼女との突然の再会に、サクラの顔からは笑みがこぼれた。

「カナエさん、こんにちは!」
「久しぶりね。あなたが家に来てくれないから、カカシが寂しがっているわ」
「・・・・すみません」
「別に、謝ることじゃないわよ」

柔らかく微笑む彼女は、カカシの恋人だ。
サクラがカカシの家に立ち寄ったときに、カナエの姿はかならずそこにあった。
二人が同棲しているということは、サクラでも容易に想像できる。

カナエとは不思議と気があったがサクラだったが、時が経つにつれ、その足は次第にカカシの家から遠のいていった。
辛かったからだ。
カカシとカナエの、仲睦まじい様子を見ているのが。
サクラはカカシに密かな想いを寄せていたが、彼の家に行くたびに、自分の恋は叶わぬのだと思い知らされた。
年が離れていることもあり、カカシが自分を妹のようにしか見ていないことをサクラも自覚している。
それに、自分に親切にしてくれるカナエへの罪悪感も、カカシの家を避ける要因になっていた。

 

 

「サクラ!?」
扉を開くなり、カナエの隣りに立っていたサクラにカカシは目を見張る。
「買い物の途中で会ったから、連れて来ちゃった」
「・・・お邪魔だった?」
「そ、そんなことないよ。どうぞ、あがって」
何故か動揺した素振りをみせるカカシに首を傾げたが、サクラは促されるままにスリッパを履いてあがりこむ。
部屋の中は以前と変わらず綺麗に整っていたが、カカシとカナエが二人で写っている写真が増えている気がした。
4年前、7班で活動していたときに撮った写真が飾ってあった額にも、カカシ達の写真が入っている。

「・・・・カカシ先生とカナエさんって、幼なじみだったんですか」
「え?」
「だって、二人とも、こんなに小さい」
写真の中の二人は、まだ10歳前後だろうか。
銀髪の少年と黒髪の少女には確かに彼らの面影があり、仲良く手を繋ぐ姿が微笑ましい。

「そうよ。ずっと一緒だったの」
にっこりと微笑んで答えるカナエに、サクラは正直羨ましくなった。
彼女は、サクラの知らないカカシを、何でも知っている。
長い年月培ってきた二人の関係に、自分が入り込めないのもしょうがない。
そして、まだカカシを諦めきれないでいる自分を悟り、サクラはとても情けなく感じた。

 

 

 

「悪いわね。夕飯の準備まで手伝わせちゃって」
「全然、平気ですよ。カナエさんはこのお皿、テーブルに運んでください」
キッチンに立つサクラはてきぱきとカナエに指示を出す。
手に怪我をして包丁を持てないというカナエの代わりに、サクラが食事の準備をしていた。
本当ならば夕食前に帰ろうと思っていたサクラだが、事情を知ったからには放っておけない。

「先生、カナエさんの怪我って、どうして?」
「もともとあいつはおっちょこちょいなんだよ。でも、そんなにひどくないからすぐに・・・・」
「キャッ!!!」
カカシの話に気を取られていたのか、サクラは野菜を切る手元を僅かに狂わせる。
ごく浅くだが、切り裂かれた皮膚からは薄く血が滲んでいた。
「馬鹿!!何やってるんだ!!!」
「ご、ごめんなさい」
血が出たことよりもカカシに怒鳴られたことにショックを受け、サクラは思わず涙目になった。

 

「・・・・全く」
小さくため息をついたカカシは、怪我をした方のサクラの手首を強引に掴む。
サクラの傷を目の前で確かめたカカシは、血の浮き出る指をそのままくわえ込んだ。
「ええ!!?」
思わぬ行動に仰天したサクラは反射的に手を引こうとしたが、強く押さえられた手首はびくともしない。

「せ、先生!いいわよ、そんなことしなくても、ちゃんと消毒はするから」
戸惑うサクラを無視したカカシは、サクラの瞳をじっと見つめる。
血を全て舐めとり、口元に笑みを浮かべたカカシはそれでも掴んだ手首を離そうとしない。
その視線にただならぬものを感じ取ったサクラは、硬直したまま、まるで身動きできなくなった。
「か・・・、カカシ先生?」
震える声で呟いた瞬間、耳に届いた衝撃音に、サクラはびくりと肩を震わせた。

「あ、ごめんなさい」
音はカナエが皿を落としたときのものだったらしく、食器棚の手前で彼女は泣きそうになっていた。
「何やってるんだよ。お前まで」
頭を抱えたカカシは、すぐにカナエの元へと歩き出す。
カナエと共に破片を拾い始めたカカシの後ろ姿を、サクラは何故かほっとした気持ちで見つめていた。

 

 

 

 

サクラがカカシの家を訪れて、一週間ほど経ったある夜。
早々と眠りについていたサクラは、窓を叩く音に目を覚ました。
外は豪雨だ。
降りしきる雨音に、空耳を聞いたのかと思った矢先、窓の外にいる人物ははっきりとサクラの名前を口にした。

聞き覚えのある声だったが、彼がこの場所にくる意味が分からず、サクラは恐る恐るカーテンを開ける。
ずぶ濡れになりながら、屋根の上に立っていたのは間違いなくカカシだ。
「先生!!どうしたの」
「事情はあとで話すから、取り敢えず入れて!」
雨と風の音がひどく、二人は自然と怒鳴り合いのようになった。

尋常でないその様子に、サクラは言われるままに窓の鍵を開ける。
親しい間柄とはいえ、深夜遅くに一人暮らしの家に男を入れることを普通ならば躊躇しただろうが、サクラはカカシの言う「事情」の方が気になった。

 

 

「サクラ」
窓を閉めるのと同時に背中から抱きしめられ、サクラは目を丸くした。
「え、せ、先生?」
「会いたかった」
雨に濡れたカカシの体は冷たく、触れたそばから熱が奪われていく気がする。
重なった唇も同様に冷え切っていたが、呆然とするサクラを我に返させるには十分だった。

「や・・・、嫌!」
カカシの腕の中でもがいたサクラは何とか言葉を発したが、それは一瞬のことで、声は再び封じられる。
口内に侵入してくる舌に噛み付きたい衝動に駆られたサクラだったが、顎を押さえられていてはそれも叶わない。
息苦しさを感じたサクラが咳き込むまで、カカシの唇がサクラから離れることはなかった。

 

「大丈夫?」
荒い息を繰り返すサクラの背中を、カカシが優しくさする。
カカシを睨み付けるサクラの目には、怒りの色があらわになっていた。
「カカシ先生、正気なの!?こんな時間に来たと思ったら、無理やりキスなんかして。先生にはちゃんとした恋人がいるでしょ」
「カナエはもういない。自殺したんだ」
カカシの突然の告白に、サクラは顔色を無くす。
「・・・嘘」
「本当だ。葬儀は済んで骨は今日墓に入った。カナエは俺の妹なんだ」
カカシの口から次々と語られる衝撃的な事実に、サクラは声を失った。

「兄の俺を愛して気が狂った、哀れな妹・・・・」
目を伏せたカカシの髪から、雨の滴がぽたりと落ちる。
これは夢なのかと疑うサクラだったが、自分の腕を掴んでいるカカシの手の冷たさは本物だ。
何も聞きたくないと思う反面、心のどこかで、逃げられないと分かっている。
サクラの動揺を気にせず、カカシはなおも話を続けた。

「カナエは俺が本当に愛しているのは誰か、知っていた。だからわざとサクラを家に呼んで俺の気持ちを確かめたり、俺がいない隙を見て手首を切って気を引いたりしてたんだ。手に怪我をしたって言ったのはそれだよ」
「手、首・・・・」
「サクラも見ただろ、あの部屋。俺が他人からもらったものは全て捨てられて、カナエ以外の人間と写っている写真まで焼かれた。もう、限界だったんだよ。どんどんおかしくなっていく妹に、俺の方が気が狂いそうだった」
吐き捨てるように言うカカシは、いつも穏やかな笑顔でカナエを見ていた彼とはまるで違う。
別人のようだ。

 

「サクラが好きだ。ずっと好きだったんだ」
思いのたけをうち明けたカカシは、サクラを強く抱き寄せた。
サクラが長い間、待ち望んでいた言葉。
嬉しいはずなのに、サクラの体は震えが止まらない。
息苦しさを感じながらも、強い力に圧倒され、彼の手を振りほどくことも出来なかった。

「サクラも同じ気持ちだと、思っていいんだろ」
「・・・・・カナエさんの死因は、本当に自殺なの?」
カカシの問いには答えず、サクラは逆に聞き返す。
不安げな眼差しを向けるサクラを見下ろし、カカシは静かに笑って応えただけだった。


あとがき??
カナエさんにとってのカカシ先生が、カカシ先生にとってのサクラに代わっただけです。
愛する人間への強い執着は、血なのでしょうか。
非常に楽しかったですが、オリジナル設定もほどほどにしろという感じです。(笑)
カナエさんは叶得さん。想いを叶えられない人でした。


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