緋色の檻
「うわーー、こりゃひどい」
それがカカシ先生の第一声。
明るい声音はあまり場に似つかわしくないと思ったけれど、声を出せただけましだった。
だって、下忍の私達は、ただただその光景に圧倒されていたから。
壁や床、その部屋一面に描かれた絵画。
問題は、赤黒いその染みは絵の具ではなく、全て人の血だったこと。
匂いの濃く残る部屋に吐き気がして、私は立っているのが精一杯だった。
「何だかさー、こういう仕事がうちらに入ってくると、本当に年末は忙しいって感じだよねぇ」
白い割烹着を着たカカシ先生が、壁の高い部分を雑巾で拭きながら言う。
さっきからべらべらと喋り続けているのはたぶん、私達があまりに暗い表情をしていたからだろう。
本来ならば、事件の起こった現場の始末は死体処理班がするはずだ。
だけれど今年も大分押し迫り、人手が足りなくなったらしい。
死体そのものが置き去りになっていないだけ、ましだろうか。「カカシ先生、この部屋の人は何で死んだの」
ナルトは雑巾を絞りながら訊ねる。
バケツの水は何度取り替えても、すぐに真っ赤に変色していた。
「無理心中だったらしいよ。あるカップルが同棲していたんだけど、彼女が家に帰ってきたら男が他の女を引っ張り込んでいたんだって。あとは、彼女が浮気相手もろとも男を滅多刺しにして自分も自殺したの」
「うわ・・・・」
そのまま絶句したナルトは、まだ壁に黒々と残った染みを仰ぎ見た。
そこかしこに残る手形の跡。
逃げまどう者が必死の抵抗をしてつけたのか、死にきれずに苦しんだ者がつけたのか。
その一つ一つに、何か人の情念のようなものがこもっているような気がした。「そろそろお昼だよねぇ。ナルト、下の弁当屋で4人分買ってきてくれる?」
「ええー、俺?っていうか、全然食欲がないんだけど」
「育ち盛りなんだから、食べなきゃ駄目だよ。金出してあげるから」
「俺も行く」
渋々カカシ先生からお金を受け取ったナルトに続いて、サスケくんも立ち上がった。
この二人が一緒に行動することは珍しいけれど、任務の内容が内容だけに、分かるような気もする。
たぶん、この部屋から少しでも離れたかったのだろう。
「サクラ、平気?」
「・・・・うん」
二人きりになると、カカシ先生は急に優しげに私の肩を抱いてきた。
付き合い始めて数ヶ月。
私達の関係に、ナルトやサスケくんが気づいているのか、どうか。
にぶいナルトはともかく、サスケくんは察しているかもしれない。「それにしても、いきなり包丁持ち出すなんて反則だよね」
カカシ先生は重苦しい空気を振り払うようにして話しかけてくる。
「サクラはこんな怖い女にならないでね」
見上げたカカシ先生の顔は、思いのほか真剣だった。
だから、私も真顔で返す。
「もう手遅れよ」
だって、何がいけないのだろう。
悪いのは、彼女の留守中に浮気をしていた男だ。
怖いって何が。
彼女はそれだけ男を愛していたのよ。
殺されたのは当然の報いじゃないの。私も、同じ。
カカシ先生が浮気をしたら、それなりの覚悟はあるわ。
それだけ本気なのよ。
沈黙の中、困った表情のカカシ先生が可哀相だったから、私は少しだけ笑っておいた。
すると、先生は安心したように私の頭に手を置く。
冗談だと思ったのかもしれない。
この人は全然自覚がないのだ。
カカシ先生が、私をこんな考えをする女に変えてしまったのに。
私達は、いつまでこのままでいられるかしら。
目に映る赤は、結末の一つ。
あとがき??
銀色夏生の詩集を読んで書きたくなった。ほぼ、そのまんま。
タイトルはコラリー&フェリックスくんなんだけどさ。
白い割烹着のカカシ先生はちょっと見てみたいです。