傷 1
「寂しい背中―」
一人寂しく居酒屋で杯を傾けるカカシに、後ろから声がかけられる。
揶揄混じりの口調に振り向いたカカシは、不満げに顔をしかめた。
「お前だって一人じゃん」
「私の相棒はあとからちゃんと来るわよ」
カカシの傍らに座ると、紅はさっそく店員にビールを注文した。「君達は仲良くていいねぇ」
「あんたはどうなのよ。もうふられちゃったの?」
「・・・・」
面を伏せたカカシに、紅は目を見張る。
「え、本当に!?まだ付き合い始めて一ヶ月も経ってないでしょ」
「うるさいなー。ただちょっと、気まずい感じになってるだけだよ」
「原因は何?何なの」
人の色恋話に目のない紅は、瞳を爛々を輝かせて訊ねた。
最初は渋っていたカカシだが、紅にしつこくせがまれて重い口を開き始める。
「先週、サクラがうちに泊まりに来たんだ」
「うん。何だ、仲良くやってるんじゃないの」
「でも、夜は一緒に手を繋いで寝ただけなんだよ。これが大人の恋人同士って言えると思う?」
「・・・・・」
切なげな眼差しで語るカカシに、紅は暫し無言になる。
「・・・何も、しなかったの?」
「サクラ、妙にガードが固いんだよ。キスはするけどそれ以上は絶対駄目。嫌がってるのに無理強いはできないし」
「それはきついわねぇ。大丈夫だったの、その夜は」
「苦しかったよ!!好きな相手が隣りにいるのに手が出せないんだから!!!」思わず立ち上がって声を荒げると、周りにいた数人の客が振り向いた。
彼らに一瞥をくれ、カカシはまた大人しく席に着く。
「理由、何だと思う?」
同じ女ならば気持ちが少しは分かるかと思ったカカシだが、紅は難しい顔で腕組みをしていた。
「・・・昔の彼氏が忘れられない、とかじゃないの」
紅の躊躇いがちな呟きに、カカシの肩がびくりと震える。
「ほら。サクラが彼氏と別れてすぐにあんたが声かけたでしょ。まだ気持ちの整理がついてないんじゃないかしら」
「・・・・」
「もうちょっと時間を空けたほうが良かったのかもね」
「そんなことして、サクラが他の男に取られたら元も子もないじゃないか」つまみを食べながら言う紅を軽く睨むと、カカシはふくれ面で反論をする。
可愛くなってきたと思ったときには、サクラは彼氏を作っていた。
それが破談になったのだから、このチャンスにアタックしない方が馬鹿だ。
「それで、サクラが前の彼氏と別れた理由って何だったの?確か、近所に住んでる幼なじみの少年だったわよね」
「知らない。サクラが何も言わないから、あえて聞かない」前の男の話を持ち出すと、サクラは決まって悲しげな表情になる。
まだ彼のことを好きだとは思えないカカシだが、可能性が全くないとは言い切れない。
サクラが別れた理由を言わないのも、カカシの不安の種だった。
「あ、きたきた。こっちよ」
入口付近で客席を見回すアスマに気づいた紅は、大きく手を振って場所を知らせる。
近づいてきたアスマににこりと微笑むと、紅はカカシを隅へと追いやってアスマの座るスペースを作った。
「悪い。遅くなった」
「いーわよ。カカシの楽しい話を聞いてたから」
「・・・楽しくない」
「俺にもビール」
カカシの非難は聞こえていない様子で、アスマは店員に話しかけている。「この中、ちょっと暑いな」
「そう?」
「外は寒いぞー。あ、そうだ」
アスマは思い出したようにカカシに向き直る。
「カカシ、サクラが前の男と一緒に歩いてたぞ」
アスマの一言に、カカシは体を硬直させた。
その話題で盛り上がっていただけに、紅は納得気味に頷いてカカシの顔を見る。「やっぱり、よりを戻したか。カカシに心を開かないわけだわ」
「いや、そういうんじゃなくてだな・・・」
首を傾げたアスマは、顎の髭を撫でながら言葉を続ける。
「嫌がるサクラを男の方が無理に引っ張っていたという方が正しいような」
「それを早く言え!!」
大声で叫ぶと、カカシはすぐさま出入り口に向かって駆け出していった。
勢いよく閉じられた扉を店にいた全員が見ていたが、それも一瞬のことだ。
店内が元の喧騒に包まれる中、紅はぽつりと呟く。
「カカシの分の勘定、どうするの?」
あとがき??
長くなりそうなので切りましたが、たいした話じゃない。
超さりげなくアス紅。(笑)