傷 2
「私に付きまとわないでよ!!」
彼の手を何とか振り払うと、サクラは厳しい口調で言い放った。
相手は、数ヶ月前までサクラが親しく付き合っていた男だ。
だが、今では何の未練もない。
彼と交際していたという事実さえ、サクラには消してしまいたい過去だった。
「私にはもう、他に好きな人が出来たの。これ以上無茶なことするなら彼に言いつけるわ。その人は上忍なのよ」
「・・・・知ってる」
睨み付けてくるサクラに対し、男はいやらしく頬を歪めた。「すぐに他の男と付き合いだしたのは、当てつけのつもりかよ。俺には指一本触らせなかったくせに」
「嫌!!!」
自分の髪に触れようとする男を、サクラは激しく拒絶する。
「わ、私にあんなひどいことを言ったくせに、いまさら何のつもりよ」
「だって、本当のことだろ。お前の新しい男が何て言っているか知らないけどな、あんなもん見せられたら誰だってびびるんだよ。思い出しただけでも胸糞が悪くなる」
「・・・・」
吐き捨てるように言う男に、サクラの顔がにわかに強張った。
俯き加減で肩を震わせるサクラの腕を、男は強引に掴む。
「そいつとはもう楽しくやってるんだろ。俺にだって一度くらい味合わせてくれたっていいじゃないか」嫌がるサクラが無理に連れてこられたのは、ネオンの煌く場末のホテル街だ。
同じ目的でやってくる男女がすれ違う中、宿の手前で押し問答をするサクラ達は非常に目立っている。
人目を避けるためにも、少しでも早く中に入ろうをする男の思いは遂げられることはなかった。
「サクラ!」
その呼び声を耳にしたサクラは、弾かれたように振り返る。
全力疾走をしてきたのか、肩で息をするカカシはサクラと目が合うなり薄く微笑んだ。
「・・・・先生」
安堵の涙が出るのと同時に、サクラはその場から駆け出していた。
思わず手の力を緩めてしまった男はカカシの腕の中に飛び込んだサクラを、憎憎しげに見つめる。「君、選んでくれる?」
サクラを抱きしめたまま、カカシは男に向かって淡々と言った。
「二度とサクラに近寄らないか、自らの死か」
「・・・・上忍とはいえ、むやみに人を殺して許されると思ってるのかよ」
「それがね、俺は火影様に特別に“殺人許可証”を貰ってるの」
カカシは人当たりのいい笑顔を浮かべる。
「試してみる?」カカシは終始笑顔だった。
それなのに、全身から発せられる殺気は素人目にもはっきりと分かり、男は震え上がる。
なまじ笑っているだけに、恐怖は倍増した気がした。
蹴躓きながら逃げ去る男を、カカシは冷ややかな眼差し見送る。
あれだけ脅せば、普通の人間ならば言うことを聞くだろう。
まだ体を硬くしたままのサクラの顔を、カカシは身を屈めて覗き込む。「家まで送っていくよ」
「・・・・・何も、聞かないの」
「サクラが言いたくなったらでいいよ」
気遣うように優しく頭をなでられ、サクラはきつく唇をかみ締める。
そのままサクラの手を引いて歩き出そうとしたカカシだが、彼女の足はびくとも動かなかった。
「サクラ?」
「ここに入ろう、先生」
宿の入り口を指差したサクラを、カカシは目を丸くして見やる。
「カカシ先生に、見て欲しいものがあるの」
用意された部屋に入るなり、サクラはおもむろに服を脱ぎ始めた。
そうして、カカシに見せたいと言ったものを彼の目の前でさらけ出す。
胸から太ももまで、サクラの半身に痛々しく残る痣。
何の準備もなく目にしたならば、誰でも思わず目をそむけてしまうような大きな傷跡だった。「・・・それは」
「小さいときに家が火事になったの。命に別状なかったけど、医者にこれは一生残るって言われたわ。両親がいろんな病院に連れて行ってくれたけど、少しも薄くならなかった」
話しながら、サクラは悲しげに目を伏せる。
「あの人は見た瞬間に、「気持ちが悪い」って言ったの。私、すぐに彼の家を飛び出しちゃって、それが別れる原因になったのよ」
「・・・・・」
「カカシ先生にも嫌われちゃうんじゃないかと思ったら、怖くて、ずっと言えなかった・・・」ぼろぼろと涙をこぼし始めたサクラを、カカシは静かに引き寄せる。
「馬鹿だなぁ・・・・。あ、サクラのことじゃなくて、そんな風に言った男のことね」
カカシは嗚咽を漏らすサクラの頭を軽く叩いた。
「サクラはサクラだよ。それに、俺の体の方がずっと傷だらけだ。箔が付いて丁度良いと思ってるんだけど、見る?」
上着を脱いだカカシは、体のそこかしこに残る傷にサクラの掌を持っていく。
大小ある傷は古いものから新しいものまで、カカシが今までどのような状況で生き抜いてきたか、全て刻みつけているかのようだ
息を呑んで傷跡を凝視するサクラに、カカシは申し訳なさそうに呟いた。「火傷、痛かっただろうね。俺が助けてあげられればよかったけど」
「・・・・火事はずっと昔の話よ」
「それでもさ」
醜く引き攣れた火傷の痕に、カカシはいとおしげに口づける。
驚いて身を引こうとしたサクラだが、カカシは手の力を少しも緩めることなく、彼女に笑いかけた。
「サクラが生きていてくれてよかった」
行き付けの居酒屋に珍しい人物の姿を見付けた紅は、すぐさま彼に歩み寄る。
相談を持ちかけられていた手前、彼と彼女の事情は全て聞き知っていた。
彼女とラブラブな生活を送っているはずの彼が、何故一人で飲んでいるのか。
また何かもめ事が起きたのかと思った紅だが、それは杞憂だった。「サクラ?今夜もうちに泊まりに来るよ。今日はサクラが遅番だから、ここで夕飯すませちゃおうと思って」
「ふーん・・・・」
それからは、紅が聞きもしないのにカカシののろけ話が始まった。
毎日一緒に風呂に入っているだの、夢でも一緒にいられるように手を繋いで寝ているだのと、紅には興味のないことばかりだ。
人の幸せ語りほどつまらないものはない、と思いながら杯を傾ける紅は、普段、カカシが紅とアスマの話を同じような気持ちで聞いていることに全く気づいていなかった。
あとがき??
もう十分です。お腹一杯です。当分、ラブラブカカサクは結構です。
は、恥ずかしい・・・・。
でも、最初に考えていたとおりの話の流れ&ラストになって良かったです。
殺しのライセンスを持つカカシ先生に、バンコランを思い出しました。(笑)
元ネタは『ベッカムに恋して』。どの部分かは観れば分かるかと。