その電話がなければ、カカシがカナエと再会することはなかった。
愛情がなかったわけではないが、二人の両親は子供への興味が希薄で、家族全員でどこかへ出かけた記憶は皆無だ。
カナエが家を出ていったときも、両親は何も言わなかった。

そして、すでにないものと思っていたカナエの消息を伝える警察からの突然の電話。
両親が死んでから、長い月日が経ってからのことだった。

 

「カナエ」
カカシが呼び掛けると、カナエはゆっくりと振り返る。
病的に白い肌には、ほぼ同色の包帯が巻かれていた。
木ノ葉を遠く離れた菜の国で、ある男と心中したという話だ。
カナエは運良く助かったものの、相手の男は命を落とした。
身元の分かるものはその名前しかなく、はたけの名字からカカシとの繋がりを見出した警察はかなり優秀だといっていい。

「帰るか?」
カカシが訊ねると、カナエは静かに頷く。
カナエの心中相手は治らない病を抱えていたという。
おそらく、それが二人に死を覚悟させた要因だと思われている。
そして彼の死と共に、カナエは病にかかった。
心の最も深い部分に。

 

 

 

「カカシ先生」
カナエと共に街を歩いていたとき、カカシは明るい声音で名前を呼ばれた。
彼の元生徒であるサクラ。
カカシが一番に目を掛けている生徒だ。
「・・・そちらの人は?」
カカシに歩み寄ったサクラは、傍らにいるカナエを気にしながら言う。
二人の容姿は全く似ていない。
一目で、彼らを兄妹だと見抜いた人間は今までいなかった。

「カナエは・・・・」
カカシの言葉は、そこで止まる。
何と言えばいいか、分からない。
サクラには、家族は皆死んでいると伝えていた覚えがある。

生き別れの妹が見つかった。
彼女は心中事件の後遺症で、精神安定剤がなければ生きていけない体だ。
まともな会話はできない。
カカシの頭に浮かんだ台詞はどれもこれも適当なことに思えなかった。

「こんにちは」
黙り込んだカカシに代わって、カナエは晴れやかに笑ってみせる。
カカシが久しぶりに見る、カナエの心からの笑顔。
そのままサクラと話し始めたカナエを、カカシは目の覚める思いで凝視していた。

 

「カカシはあの子のことが好きなのね。そして、あの子も同じ気持ちみたい」
サクラと別れたあと、カナエは微笑みながら言う。
「でも、私もずっとカカシのことが好きだったの。だから、あの子にカカシは渡さない」
サクラと朗らかに会話をしたカナエに、一瞬病が治ったかと思ったカカシだったが、それは間違いだとすぐに悟った。
「何?」
「本当よ。毎日想いは強くなる。でもカカシはお兄さんだったから、家を出たの。他の人と付き合ってみたけれど、やっぱりここに戻ってきちゃった」

口元に手を当てたカナエは、くすくすと楽しげに笑う。
華奢な体の精神病の妹。
その彼女に何故恐怖を感じたのか、それはカカシにも分からないことだった。

 

 

 

カナエは日に日に病が重くなる。
カカシの帰りが遅いと言っては泣き叫び、態度が冷たいと言っては狂言自殺を繰り返す。
知り合いにもらすと、必ず病院に入れた方がいいと言われた。
それでも、カカシはカナエを手放さない。
密かに、安心していたからだ。
カナエを狂っていると分かるうちは、自分はまだ大丈夫だと思えて。

 

「カカシ先生・・・」
すぐ間近にある、サクラの困惑気味な瞳。
言われるまで、怪我をしたサクラの指を舐めていたことにも気づかなかった。
後ろで見ていたカナエがとっさに皿を落とさなければ、何をしていたか。
破片を拾うカカシに対し、カナエは殺意の見え隠れする眼で告げる。
「あの子を殺すわ」

サクラの死をほのめかしたのは、カカシを足止めするための、いつもの戯言だ。
だが、それでもカカシには十分だった。
大事なものを守るのに、何の躊躇が必要だろう。
降り出した雨の音は室内での凶行を上手く覆い隠し、自分の後押しをしてくれているようにカカシは感じた。

 

 

 

 

「サクラ」
カカシの呼び声を耳にして、サクラは大急ぎで駆けてくる。
その肩を強く抱くと、ひんやりと冷たい感触が伝わってきた。
「今、喋ってた奴、誰?」
「いつも行く写真屋さんのお兄さんよ。今日はたまたまお休みで街を歩いていたみたい。別に、特別仲良くしているわけじゃないわ」
「・・・そう」

早口で弁明するサクラに、カカシは口元を綻ばせる。
そのようなことは分かっていたが、サクラが何と答えるか反応が見たくて訊いただけだ。
サクラの行動範囲は知り尽くしている。
どの人間と、どの程度の付き合いなのか、サクラに関してカカシが知らないことはない。

サクラの笑顔が少なくなっていることに、カカシは気づけずにいる。
ただ、自分を見るサクラの目と、カナエがいたころに鏡で見た自分の目が、よく似ている気がしていた。

 

『可哀相なお兄さん』

カナエの最後の呟きと、憐憫の情を含んだ瞳が忘れられない。


あとがき??
いつかサクラは先生を殺すかもしれません。強すぎる愛から逃れるために。
カカシ先生にとってもそれが一番幸せなように思えます。
はたけさんちの愛情の証は、無関心か執着か、どちらかしかないようです。

『妹』に投票してくださった皆様、有難うございました。


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