緑の爪
「春ねぇ・・・」
サクラは桜並木に目を遣りながら呟く。
公園のベンチに座り、サクラはカカシとナルトが来るのを待っている最中た。
カカシはいつものことだが、近頃ナルトも遅刻しがちだ。
一生懸命に早起きして来ても、肝心の担任がいなければ任務は始められない。
そうなれば時間通りに集合するのが馬鹿らしくなるのも道理で、サクラもナルトを怒る気がしなかった。「・・・サスケくん?」
傍らにいるサスケの頭が、サクラの肩にぶつかる。
見ると、春の風に眠気を誘われたのか、サスケは小さく寝息を立てていた。
実質一人きりになった待ち惚けの時間。
サクラは暇を持てあましていたのだった。
「お前、似合わないことしてるなー」
ようやく現れたナルトは、一目見るなり大きな声で笑った。
仏頂面のサスケはじろりと睨め付けるだけで何も言わない。
サスケの両手の爪。
彼に似つかわしくない、マニキュアの緑色が人目を引いた。
サクラが瞳の色に合わせて付けているものと同色だ。「俺の意思じゃないぞ!サクラが勝手にやったんだ」
「サスケくん、よく寝てたんだもの。可愛くていいでしょ」
「別に可愛くなる必要なんかない」
ふてくされて言うサスケに、サクラはくすくす笑いをしている。
悪戯の成功よりも、サスケが自分の隣りで安眠していたことが、互いの距離が縮まっているようで嬉しく感じられた。
「みんなして、何盛り上がってるのー?」
「あ、カカシ先生」
ナルトの頭に手を乗せたカカシは話題となっているものを覗き込んだ。
またからかわれると思ったサスケは面を伏せたが、その緑の爪を見たカカシは顔から笑みを消していた。
「ね、先生、可愛いでと思うでしょ。私が塗ってあげたの」
「・・・・ふーん」
「サスケくん、爪の形が綺麗で羨ましいくらいよ」
「そう」
サクラの弾んだ声に適当に相槌を打ちながら、カカシは胸ポケットからおもむろにあるものを取り出した。
「サスケ、いいものをやろう」
カカシが放ったそれを、サスケは片手でキャッチする。
小瓶に入った透明な液体は、マニキュアを取り除く除光液だ。
「な、何でカカシ先生そんなものを持ち歩いているのよ!」
「秘密」
「よけいなことしないでよねー!!」
カカシはぽかぽかと胸を叩くサクラを好きにさせている。
別に一日くらいなら構わないと思っていたサスケだが、渡されたからにはすぐに取らなければならないような雰囲気だった。「よし、分かった。サクラ、代わりに俺の爪を塗らせてあげよう」
「えっ!?」
「はい、他の二人は散った、散った」
サクラの腕をつかんだカカシは、ナルト達を遠ざけるように手を振る。
「あのー、カカシ先生、私は先生が来るまでの暇つぶしにやっただけなのよ。任務は?」
「サクラがサスケにしたように塗ってくれたら開始する」
ざらついた肌の、大きな掌だった。
殆ど見えないような薄い傷跡が無数にあり、爪の形も大部分変形している。
サクラが先ほど触ったサスケの手とは、まるで違う印象だ。「どーしたの?」
「・・・うん。先生の我が儘を止めるにはどうしたらいいかと思って」
自分の手を見つめながら言うサクラに、カカシは苦笑をもらした。
「サクラがいるかぎり、無理かな」
話すうちにカカシはサクラ達のいたベンチに腰掛け、サクラはその爪に刷毛を滑らせ始める。
真っ直ぐに自分の作業を見ている瞳が気になったが、口に出すことはしなかった。
「私の爪ね、よく割れたりするから保護のつもりでマニキュアを塗ってたの」
「うん」
「居眠りしているサスケくんの爪を私と同じ色にしたのは、ただの悪戯よ」
「・・・・・でも、サスケは途中から起きてたよね」
「そうね」
「サクラの悪戯をサスケは許していた。昔なら、すーぐ嫌そうな顔して手を振り払っていたのに。俺はその距離が気に入らないんだ」
顔を上げて自分を見たサクラに対し、カカシは穏やかに笑いかける。
「色を付けるくらいなら目を瞑るけど、他の男の背中に爪痕を残したりしたら生爪剥がすよ」桜の木の下、ナルトとサスケが何か言い合いをしている声が遠くに響いている。
サクラは塗りおえた爪に順番に息を吹きかけた。
幸いなことに、心の動揺はサクラの指先には伝わっていない。
少しもはみ出すことなく緑色になった爪を確認し、サクラは曖昧に笑ってみせた。「怖い先生」
両手の爪にマニキュアをしたカカシは、上忍控え室でも非常に目立っていた。
まるで気にしていない風に椅子の前を横切ったカカシに、アスマは顔をしかめながら言う。
「蛙色の爪だなんて、気でも違ったか」
「失敬な。若草色と言ってくれ」
口を尖らせて反論したあと、カカシはアスマににっこりと笑いかけた。
「これは恋の色なんだよ」まともな会話をすることを諦めたアスマは、窓際へと歩き出す。
窓の外では、満開の桜が咲き誇っていた。
アカデミーの新入生と思われる子供達が、楽しげに歌を歌いながら通り過ぎていく。
舞い散る桜の花びら越しにその後ろ姿を眺め、アスマは微かに顔を綻ばせた。「春だな・・・」
あとがき??
コメントのしようがない・・・。そのまんまです。みんなが変なのも春のせいです。
生爪剥がされたら、もうマニキュア塗れないですね。先生、目がマジなんですけど。
ほのぼのサスサクで始まったのに、カカシ先生の登場と同時に暗い話に・・・・。
リクエストは「暗めのカカサクで『緑』がテーマの話」。緑というと、サクラの爪の色が頭の浮かびました。
長い間お待たせして、すみませんでした。