隣のヒットマン 3
サクラが人買いに連れられて都会に出てきたのが6つになったばかりの頃。
最初に奉公にあがった材木屋では、あまりいい思い出がない。
必死に働いたサクラだが、子供の仕事量はたかが知れている。
働きが悪い罰として日に二度の食事は満足に与えられず、夜は煎餅布団に雑魚寝。
継ぎ当てだらけの着物からは、成長に伴って伸びた手足が露わになっていた。
みっともないと言われても、年上の奉公人達の着古した着物を譲って貰う以外、サクラに手はなかった。ここを追い出されても帰る場所はない、その一念で耐えた3年間。
9つのとき、店で起きた盗難事件の犯人にされた理由は今考えてもサクラには分からない。
箸一本、櫛一つすら自由に出来ず、自分の私物を持たなかったサクラが犯人でないことは、身辺を調べればすぐ分かることだ。
だが、身よりのないサクラをかばう人間は周囲に誰一人いなかった。
体を散々打ち据えられ、雪の降る夜、サクラは裸同然の格好で往来に放り出される。
寒さに震えて歩きながら、隠居のいる屋敷の前で力尽きたのは彼女の唯一の幸運だった。
「執事さんは行き倒れていた私をお店に戻そうとしたけれど、ご隠居様はこの屋敷に住み込みで働けるよう手配してくれたんです。私の体中の痣を見て、昨日今日に出来たものじゃないって察したんでしょうね」
会話の途中、サクラはブラウスの袖を捲って腕を見せる。
大分薄くなっているものの、長い時間をかけてつけられた赤黒い痣はサクラの心に一生消えない傷となって残っていた。
それをこうして平然と話せるようになったのは、彼と出会えたからだ。「前のところに比べると、ここは天国みたいなところでした。そして、ご隠居様は私に名前をくれたんです」
「・・・それまでは、何て?」
「家では末の子供だから、そのまま「末っ子」。お店では「おい」とか「それ」とかの呼びかけで、名前を聞かれたことはないです」
傍らを見たサクラは、柔らかく微笑して言う。
「私の人生で一番の収穫は、ご隠居様に頂いた「サクラ」という名前なんですよ」
愛する妻に三度先立たれた老人。
滅多に顔を見せない実子や孫の話をするとき、彼は寂しそうだった。
話し相手だったサクラを妻にしたのは、一緒に食事をする家族が欲しい、苦労をしたサクラに少しでも良い暮らしをさせたいという思いからだ。
そうして、自分が死んだあとは、当座の生活費である僅かな遺産を持ってすぐに屋敷を出ていくように言われた。
若いサクラが、一生後家として家に留まることはない。そうした彼の思いを知りつつも、サクラは屋敷に留まり続けた。
ここにいることで命の危険があるとしても、叶えたい望みがあったからだ。
「何で俺にそんなにいろいろ教えてくれるの」
「先生は、私に優しかったから」
長い話を終えたサクラは、笑顔のまま顔を傾ける。
「ご隠居様の好きだった桜を、もう一度だけここで見たかったんです。ナルトから聞きました。私を殺せば、大金が手に入るんですよね」
彼女の問い掛けに、カカシは答えることが出来なかった。
邪な目的で近づいたのは、本当だ。
だけれど、今は全く心が変わってしまっている。
眼前の彼女に比べれば、金の魅力はまるで霞んで見えた。「生きようと、思わないの。外の世界で」
「・・・外は、怖いから」
面を伏せたサクラは、皮肉げに口元を歪めた。
「外には口減らしのために私を人買いに売ったり、妬みの気持ちから殺し屋を家に送り込むような、私の死を望んでいる身内しかいないんです。どこにも私の居場所なんてない。そんなころに、どうして出ていけますか」
「俺がいる」
暗い声音を耳にしたカカシは、思わずサクラの肩をつかんで叫んでいた。
言葉の内容だけでなく、その声の大きさに驚いたサクラはせわしなく瞬きを繰り返している。
「あなたは、殺し屋さんでしょう?」
「やめた。だから俺と一緒に行こう。君のご隠居さんには負けるかもしれないけど、精一杯大切にするから。外の世界には、君の知らない幸せが沢山あるんだ」
抱きしめられたサクラは、抵抗することなく彼の腕の中に収まり、その方角を見つめていた。
隠居の好きだった桜並木の庭。
春風に舞う桜吹雪の中、一人の少年が微笑を浮かべてサクラを見上げている。
小さく手を振って消えた彼に、サクラの瞳から涙がこぼれた。幼い頃からずっと待っていた、自分を連れ出してくれる人。
望んでいたのはサクラ以上に、彼だったのかもしれない。
「元気にやってるみたいだなぁ。子供のお披露目かよ」
封筒を開けたアスマは、ぼやくように言う。
彼の職場宛に届いた差出人の名前のない封筒には、便箋はなく、一枚の写真だけが入っていた。
ひと組の男女と、彼らの子供をおぼしき赤ん坊が三人で写っている。
背景を見ると、どこか南国の島だろうか。
真っ黒に日焼けした肌が健康的だ。「誰ですかー、それ?」
「この間話しただろ。100人目ターゲットに惚れてそのまま組をとんずらしたアホの話。大枚を棒に振って、今はどこか南の島で自給自足の生活だ」
「ああ」
アスマの後ろから写真を覗き込んでいた後輩は、納得気味に頷いた。
住所が書いていないのは、今の生活を組織の人間に知られたくないからだろう。
「でも、幸せそうです。お金を貰えていたら、この美人の奥さんも可愛い子供もいなかったんですよね」
「・・・・まぁな」
「ところで、この間の話で気になったところが一つあるんですけど」
何か言いたげな顔をしている後輩に、アスマは顎でしゃくって続きを促す。
「お屋敷を丸ごと寄付した未亡人は、僅かな貯金を持ってカカシさんと海外に行ってしまった、と」
「そうだ」
「それならナルトって少年はどうしたんですか。この写真にも写っていませんよね」
「ああ、あれなー。いなくなっちまったんだとよ」
「いなくなった?」
素っ頓狂な声を上げた後輩に、アスマは首を縦に動かす。
「そう。煙みたいに、跡形もなく。執事も使用人もサクラも、ナルトの存在をすっかり忘れちまったらしい」
一呼吸置いたアスマはマッチを擦り、新たな煙草に火をつける。
それを口にくわえ直すと、もう一度写真へ目を落とした。「カカシの話によると、ナルトの顔は死んだご隠居の若い頃とよく似ていたみたいだ。もしかすると、死んでからもサクラを守りたいって気持ちがナルトという少年の形で表れていたのかもな。そして、新たに彼女の守護者を見付けたから、安心した逝ったんだろうよ」
「不思議な話ですねぇ・・・・」
「まぁ、常識では考えられないこともこの世界ではあるってことだな」
あとがき??
ゲームオーバー。
ご清聴(?)有難うございました。
藤原薫先生の『思考少年』「hope」も混じっていたようです。