透明な色をした少女のために 2


片足のマスターが経営しているその店には、安くて美味い酒が飲めるということもあり、低賃金で働く男達が多く集まっていた。
夜もふけ、繁盛を見せる店は椅子が足らずに立ちながら飲食をする人々が目立ってくる。
そんな中で、店の一番上等の席を占領しているのはこの街で一番の実力を持つと言われているグループの首領の男だ。
周りには自分の配下の者達を座らせ、店の外ではボディーガードが目を光らせている。

「ボス?」
「小便だよ」
立ち上がった彼に付き従おうとした者は、身振りで追い払われる。
飲みすぎたのか、赤ら顔の彼は足元をふらつかせていた。
だが、少しばかり酔っていたところで、鍛え上げられた体を持つ彼の腕力は皆分かっている。
この街で彼に逆らえる人間はいなかった。

 

 

「あ、すみません!」
トイレのあるドアのすぐ手前、盆に載った酒を運ぶ店員にぶつかった彼は険しい顔で振り返る。
必死に頭を下げているのはまだこの店で働き始めたばかりの少女だ。
場末の酒場には似つかわしくない、上品な顔立ちをしている。
艶のある桃色の髪は背中まで垂れ、顔には軽く紅を引いただけの薄化粧。
おそらく苦しい家計を助けるために賃金の高い夜の仕事をしているのだろう。
胸が少々足りないことを除けば、ほぼ彼の好みだった。

「ちょうどいい、お前も来い」
「え」
細い手首掴んだ男は、彼女を無理やり男子トイレへと連れ込む。
内側から鍵をかけた男が振り向くと、店員は体を震わせて小動物のような怯えた瞳をしていた。
「こ、こ、困ります!私、仕事が、あっ」
筋肉のついた太い腕で壁際に体を押し付けられた彼女は、強引に唇をふさがれる。
酒気を帯びたその吐息に眉を寄せた彼女だったが、華奢なその体で抵抗する術はなかった。
「んんっ・・・」
苦しげに眉を寄せる彼女は懸命に顔を逸らせるが 顎を掴まれ再び口内を蹂躙される。
その間に胸を撫でた男は、彼女の白いシャツのボタンをはずし始めていた。

 

「こ、このお店は、店員の売り買いはしていませんよ」
「かまわねーよ。俺がここの王様だ」
唇を離すなり、か細い声で反抗する店員に男はにやりと笑って言う。
だが、彼が自由にできたのはそこまでだ。
唐突に、後ろの人間に鈍器で殴られた彼は、その場で泡を吹いて倒れこんだ。
乱れた服で前方を見ている店員は、不機嫌そうに口を尖らせる。

「先生、遅いーー!おかげでこのエロ親父にあちこち触られちゃったでしょー」
「ごめん、こめん。何だか変な酔っ払いにからまれちゃって」
平謝りするカカシに、サクラはふんっと顔を背ける。
「舌まで入れてきて。お酒くさいのよ、このエロ」
衣服を整えるサクラは、昏倒している男を軽く蹴りつけた。

サクラ達が引き受けた仕事は、裏で麻薬の取引をしているという彼を捕まえて口を割らせることだ。
だが、この男の周りは終始屈強な手下が守っている。
一人になるのは、トイレと商売女が一緒にいるときくらいだ。
まんまと引っかかった彼だが、このような仕事は忍びの世界では下の下のものと蔑まれている。
ナルトやサスケには今夜も個別の任務が入り、どこかの屋敷に呼ばれて手厚いもてなしを受けているはずだった。

 

「あーあ、私もこんな下っ端のやる任務じゃなくて、ナルト達みたいに忍びらしい仕事したいなぁ」
壁に背をつけたサクラは、ため息を付きながらもらした。
第二ボタンまでかけて上を向くと、すぐ間近にカカシの顔がある。
「先生?」
「消毒」
言いながら、カカシはサクラの唇から喉元へと下を這わせる。
スカートの裾から進入してきた手に、驚いたサクラは体を硬くした。
「ちょ、ちょっと先生、こんなところじゃ駄目だって!」
「じゃあ、俺の家に行こう」
性急に答えると、カカシはサクラの手を掴んで戸口へと向かう。

「え、でもこの人は」
「尋問班の奴らが外に到着してるから」
「・・・・先生、どうしたのよ」
どこか怒っているようなカカシに、サクラは戸惑いを隠せない。
任務は大成功だ。
サクラの目から見て、彼が不満に思うことは何もないはずだった。

 

 

 

カカシの家は酒場からそう遠くない場所にある。
短い時間とはいえ給仕をしていたサクラは体に染み付いた酒やタバコの臭いをシャワーで落としたかったのだが、その時間すら与えられなかった。
カカシは上司だ。
求められれば応じるよう、忍びの規則で決まっている。
すでに慣れてしまった行為に何の疑問も感じていないサクラは、近頃カカシがどこか苦しげなことにも気づかなかった。

 

「怒った?」
体を離してもまだ唖然としているサクラに、カカシは不安げに訊ねる。
だが、サクラは怒っているのではなく、驚いていたのだ。
自分の太股を伝っている白いものに。
「平気だけど・・・、どうしたの?」
半身を起こしたサクラは不思議そうに首をかしげる。

カカシに最初に抱かれたのは12のとき。
それから数え切れないほど体を重ねたが、サクラが初潮を迎えてからカカシが中に出したことは一度もなかった。
なのに、何故突然このようなことをしたのか。
ただ、理由が知りたい。

 

「別に、理由なんてないけど。たまには外してもいいかと思って」
「何言ってるのよ、油断しているとすぐ子供ができちゃうわよ。本来はそのための行為なんだから」
視線を逸らしながら言うカカシをサクラは苦笑気味にたしなめた。
「次からはちゃんとつけてね」
カカシの背中に抱きついたサクラは、微笑を浮かべて彼の顔を覗き込む。
いつもならばこれでカカシもすぐ笑顔になるのだが、渋面のままだ。

「・・・どうする」
「え?」
「俺との子供、できたらどうする」
唐突なカカシの問いかけにも、サクラはまるで動じない。
そして、笑顔のままマニュアル通りの返事をした。
「もちろんおろすわよ。私、くの一だもの」

 

 

 

「立派な答えじゃないか」
「・・・そうだよね」
机に頬杖をつくカカシは、大きくため息をつく。
事情を聞いたアスマは気落ちしたカカシを横目で見ながらタバコに火をつけた。
上忍控え室は同僚が全て出払っていて二人きりだ。

「でも、ショックだったんだよなぁー」
「お前、サクラにわざと仕事入れないようにしてるだろ。あれは体が少々貧弱だが顔がいい。大口の客に斡旋しようとしたらカカシにとめられたって、広報が嘆いていたぞ」
「・・・・」
「サクラのことが好きだなんて、言うなよ」
煙を吐き出したアスマの顔を、カカシはゆっくりと見やる。
「あれはくの一だ。しかも極めて模範的な優等生」
「・・・ああ」
「くの一を嫁に迎えるなんてできるはずがない。そして、お前もだ。忍びの仕事をしているかぎりはサクラだけを愛するなんて無理だ。色町での情報収集は必須だからな」

 

忍者で結婚をするのは、大部分が第一線を退いた者だ。
副業をしながら、里の一大事には駆けつける。
そうでなければ、忍者という仕事はあまりに結婚生活に向いていなかった。

舞い込むのは命をかけた任務ばかり。
何ヶ月も、また年単位で里を離れるときもある。
そして意に沿わぬ相手と夜を共にすることも仕事にうちだ。
愛していればこそ、そうしたことを快く思う伴侶がいるはずがない。
忍びの結婚後も仕事を続けた場合、大抵の人間は家庭を壊す。

 

 

「ずっと考えてたんだ。俺もさ、仕事を辞めたらそんなこと関係なくなるだろ」
突拍子もないカカシの言葉に、アスマは目を見開く。
「お前は引退にはまだ早いだろ。それに、“写輪眼のカカシ”を里が手放すはずがない」
「それでも」
傍らを見たカカシは、にっこりと笑う。
「俺はサクラを手に入れたい」

顔は笑顔だったが、言葉は揺るぎのない力があった。
その決意を変えられないことを知ると、アスマは深々と嘆息する。
「・・・・恋は盲目ってやつだな」
前途は多難だ。
だけれど、恋などというあやふやなものにそこまで夢中になれるカカシが羨ましくもある。
「俺からも火影様に口添えしてやるよ」
タバコの火を消しながらしょうがなく言うアスマに、カカシは明るい笑顔を返した。


あとがき??
もっと短い話のはずだったんですけど、いらぬ酒場のシーンとか入れたら長々しく・・・・。
お待たせいたしました。


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