透明な色をした少女のために 3


チャイムを鳴らしても応答がないことから、カカシは鍵を壊して内部に侵入する。
ナルトは自宅の部屋の隅でひざを抱えて座っていた。
腰に手を当ててナルトを見下ろしたカカシは、厳しい声音で詰問する。

「どうして逃げ出したりしたんだ」
「・・・先生、俺、もう嫌だ」
俯いたままのナルトは、目を真っ赤に泣き腫らして訴えた。
「知らない人に体触られて、あんなことするの、嫌だ」
「サスケは何も言わないで我慢してるぞ」
「俺はあいつとは違うもん」
「でも、皆が経験していることだ」
どこまでも冷たく言葉を返すカカシに、ナルトはきつく唇をかみ締める。

「じゃあ、俺、忍者辞める」
「火影になるんじゃないのか」
「・・・・」
「イルカ先生もきっとがっかりするぞ」
何を言っても頑なな態度を崩さないナルトを見て、カカシはしょうがなく奥の手を出す。
「お前が引き受けないと、サクラにこの仕事がいくんだ」
弾かれたように顔を上げたナルトに、カカシはもう一度念を押した。
「それでも、いいか?」

 

長い葛藤があった。
だけれど、彼の心の優しさをカカシは十分に理解している。
サクラに対する、思慕の念の強さも。
どんなに駄々をこねても、カカシのその一言があれば、ナルトは納得するしかなかった。
「今夜、ちゃんと謝りに行くんだ。そして、今度こそ任務をまっとうしろ」
「・・・うん」
ようやく首を縦に動かしたナルトに、カカシはほっと息をつく。
だけれど、ナルトの表情は暗く沈んだままだ。

毎夜違う人間に身を任せるのはナルトにとってこれ以上ないほどの苦痛だった。
大人しそうな外見をしている者ほど、褥での乱行は凄まじい。
あのような仕打ちを受けて、サスケがどうして平気な顔をしていられるかがナルトには分からない。

簡単に色町に出ることが出来ない、身分の高い相手は年齢から言えばナルトの父、または祖父にあたる者ばかりだ。
ごつごつとした硬い掌が自分の肌を這い、粘っこい舌が口内に入る感覚は思い出しただけで身の毛がよだつ。
強引に体を引き裂かれる痛みにも慣れることはない。
涙が止まらないときには、必死に思い出した。
彼女の、顔を。
あの少女の受難を自分が代わっているのだと思えば、まだこの逆境に耐えられる気がしていた。

 

 

 

「ナルト」
頬に感じた暖かな掌の感触に、ナルトは瞳を開ける。
心配そうに自分の顔を覗き込んでいるのは、意中の少女だ。
「大丈夫?うなされてたみたいだけど」
「・・・もう休憩、終わったの?」
「まだ30分ある」
「そう」
昨夜のことを夢に見たナルトは、頭を振ってそれらの記憶を追い出そうとする。
そして、不思議そうな顔をしているサクラから、少し離れて再び横になった。
大樹の下には木陰が多く出来ており、昼寝の場所には困らない。

「ちょっと、何でそんなに私から離れてるのよ!」
「俺は・・・・」
「汚れてるから」と続けようとして、ナルトはそのまま黙り込んだ。
口に出してしまえば、よけいに自分が惨めに感じられる。
答えがないことに苛立ったサクラは、自分からナルトに近づいた。
「無視しないでよね。一人だけごろごろしちゃって」

 

ナルトと同じように寝転んだあともぶつぶつと独り言を言っていたサクラだが、数分もしないうちに静かになる。
代わりに聞こえてきたのは、規則正しい寝息だ。
「・・・サクラちゃん?」
ナルトが傍らを見ると、サクラはすっかり熟睡しているようだった。
その髪に触れてみてもサクラは全く反応しない。

「くの一らしくないなぁ」
思わず苦笑したナルトは、吐息がかかるほど間近でサクラを見つめる。
無邪気な寝顔のサクラは、幸せそうだ。
ふいにこぼれた涙を拭うことなく、ナルトは目を瞑ったサクラを凝視する。

綺麗で綺麗で残酷なサクラ。
忍びの世界にいながら、その過酷さをまだ知らない。
だからこそ、いとおしく思う。
手を伸ばせていつでも届く距離にありながら、地の底を這う自分には、あまりに遠い。
まるで、天上の佳人のような少女だ。

 

 

 

歩み寄る気配に気づいたナルトが顔を向けると、任務の内容が書かれた巻物を持ってカカシが立っている。
表紙の色から、それがどんな仕事なのかナルトは承知していた。
表情を曇らせたナルトに向かって、カカシは無造作に巻物を放る。

「ナルト、今夜行く屋敷が決まったぞ」
「・・・うん」


あとがき??
ナルトやサスケにサクラの分も仕事を押し付けておいて、自分一人で彼女を慰み者にしているカカシ先生が極悪人に思えてきたな。
いや、後から本気になるんですが。
『透明な色をした少女のために』のタイトルは、3番目にあたるこの話のためにあったんですね。気づかなかった。
ちなみに、藤原薫先生の画集のタイトルです。
あまりにナルトが救いようがないので、この話とは別件で救済話を考えたらさらに泥沼になってしまったという・・・・。
そっちは完結出来そうにないです。


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