透明な色をした少女のために 4
「あーーーあーー」
皆の手本となるべく、教壇の前に立ったサクラは精一杯声を張り上げたが、担任のくの一の表情は芳しくない。
案の定、サクラを遮るようにしてくの一教師は両手を強く叩いた。
「駄目駄目!誰か、他に自信のある人はいませんか」
口をつぐんだサクラはがっかりと肩を落とす。
昨夜、自室で行った発声練習は全くの無駄だったようだ。女子ばかりを集めたくの一クラス、皆は必死に自分の声の調子を確かめていたが、今は音楽の授業ではない。
男を惑わす手管を覚える時間だ。
目下の課題は、『ベッドの中で男が喜ぶあえぎ声の出し方』。
宿題用に配られたビデオを何度も眺めて勉強したサクラだったが、映像の中の女性の気持ちがまるで分からないのでは、声に感情がこもるはずもない。
優等生で通っているサクラには、真に由々しき問題だった。
「こんなんで、くの一としてやっていけるのかしら」
しょんぼりと俯いて歩くサクラは、地面の小石を蹴飛ばした。
通常の任務を行いつつ、年頃のくの一は性知識に関する特別授業を受けることを義務づけられている。
自分の体に凹凸が少ないことを自覚しているサクラは、何とか技を磨こうと考えるのだがどうも勝手が分からない。
一人であれこれ試行錯誤するのも、限界のようだった。「先生、エッチなビデオ、持ってる?」
「はぁ??」
玄関の扉を開けてすぐのサクラの問い掛けに、カカシは素っ頓狂な声をあげた。
「な、何なの、藪から棒に」
「今度のくの一クラスのテストで、みんなに差を付けたいの。学校で貸してくれる教材だけじゃ足りないと思うんだけど、そういうビデオって自分で買うとなると値段が張るし」
「はー・・・大変なのね」
「カカシ先生なら、いっぱい持ってると思って!」サクラは、当然カカシがすぐに資料を手渡してくれると思っていた。
だが、難しい表情のカカシは腕組みをして何か考え事をしている。
「・・・・先生?」
「んー、ちょっと早いけど、いずれは教えることだし」
ぶつぶつと呟いたあと、カカシはサクラの頭をぽんと叩く。
そうして、彼女の背を押し家の中に入るよう促した。
「実地で教えてあげる。見るより感じた方が、身に付くよ」
「いったーーーい!!!」
漫画等の描写でよくあるが、痛みを伴うときは本当に目の前に星が散ることをサクラは初めて知った。
「やだやだやだ!!先生、もう抜いてよ!無理」
「いや、まだちょっとしか入ってないし」
「ギャーー!!!」
気にせず続行するカカシに、サクラはまるで色気のない悲鳴をあげる。
二人とも上衣を着たまま、しかし下半身はむき出しという端から見れば間抜けな格好で繋がっていた。
出掛けに母親に頼まれ、夕食の買い物をする予定のサクラが短い時間ですませることを要求したからだ。
これほどの苦痛と知っていれば、サクラも念入りな前戯を頼んでいたことだろう。「ほらほら、『ベッドの中で男が喜ぶあえぎ声』はどうしたの?練習したんでしょう」
「・・・・」
額から脂汗を流すサクラは声の出し方を思い出すことも出来ず、ただ歯を食いしばって耐えていた。
「サクラが頼むから協力したのに、悪いことしてるみたいだなぁ」
言葉とは裏腹に、カカシは薄い微笑を浮かべている。
そこに罪悪感など、微塵もない。「・・・・せ、せんせい」
息も絶え絶えなサクラは、これ以上続けることなど考えられなかった。
薄目を開け、涙で懇願するサクラにカカシはにっこりと笑いかける。
「じゃ、動くから。暫く我慢していてね」
「やっ」
驚愕に目を見開いたサクラだったが、言葉は続かなかった。
重ねられた唇に叫びも絡め取られる。
度重なる衝撃にサクラが意識を手放すまで、そう時間はかからなかった。
「・・・もう少ししたら、仕事としてこういうことしなきゃいけないのよね」
ベッドの上で目を覚ましたサクラは、すっかり身支度を整えて本を読んでいるカカシに訊ねる。
時計を見ると、経過した時はそれほど長くない。
「そう。人気者なら毎日お呼ばれするかもねー、一日に二度とか」
「ああーー」
先の人生を悲観したサクラは大声で嘆いた。
だが、くの一を一生の仕事と決めたからには、避けては通れない道だ。「大丈夫だよー、俺が慣らしてあげるから。じきによくなってくるよ」
サクラを慰めようとするカカシに、彼女は顔を上げて怪訝な表情をする。
「私、病気じゃないわよ。よくなるって、何が?」
たまらず吹き出したカカシは、傍らにいるサクラの頭を優しく撫でた。
「サクラってば、可愛いなぁ〜」
「何よ、子供扱いして!」
「うん、サクラももう大人の女だもんね」何となく面白くない気持ちで顔を背けたサクラは、テーブルの上に乗っている紙袋に気づいた。
サクラがこの部屋に入ったとき、あんなものはなかったはずだ。
「何、あれ」
「サクラが寝てる間に買い物に行ってきたの。これからスーパーに寄るのは、きついでしょ」
振り向いたサクラに、カカシは柔らかく微笑む。
「お母さんが心配すると悪いから、これ持って早く帰りなさいね。シャワー浴びてもいいし」
結局、トイレを借りるだけで帰路に着いたサクラは、紙袋の中を確かめる。
魚、肉、野菜とひとそろえ入っているようだ。
おかげでかなり重い思いをしているサクラだが、値段も張ったはずだった。「今日は鍋かなぁ・・・」
紙袋を抱えなおしながら、サクラはぼんやりと呟く。
苦しいだけで、何の参考にもならない体験だった。
だけれど、強引なカカシを憎らしいとはまるで思わない。
それはおそらく、こうした心遣いが原因だろうか。
帰り際の「またおいで」の言葉を思い出したサクラは、自然と緩んでしまう頬を自覚せずに歩みを進めていた。
以後、くの一クラスでのサクラの成績はみるみるうちに伸びていった。
何しろ、カカシによって毎日珍しい資料を見せられ、実際に体に教え込まれている。
クラスで48手を全て経験済みなのは、サクラくらいだろう。
だが、優秀な成績を取っても、サクラはまだ『ベッドの中で男が喜ぶあえぎ声』をうまく出せずにいた。「カカシ先生」
「んー、何」
「先生が「よくなる」って言った意味がまだ分からないの、努力が足りないからかしら」
「そんな焦らないでいいんじゃない。クラスで一番の成績なんだし、時間はまだあるし」
「うん・・・」
俯いたサクラは、繋いでいるカカシの手をぎゅっと握り締める。
アカデミーで授業を終えたサクラはカカシと待ち合わせ、彼の家に向かって歩いていた。
今日は昨日覚えきれなかった技の補習を受ける予定だ。「・・・あの、先生」
「ん」
「今日は仕事が忙しかったし、くの一クラスの授業もあったから補習はやめない?」
おずおずと訊ねるサクラに、カカシは少しだけ表情を険しくする。
「駄目でしょー。一日でも勉強を休んだら忘れちゃうよ。せっかくサクラも可愛い声を出せるようになって楽しくなってきたのに」
「んー」
前半の言い分は分かるが、実際に楽しいのはカカシだけでサクラの方はまだ体に痛みが残っている。
今日はカカシを言いくるめ、何としても散歩のみで自宅に帰りたかった。
「カカシ先生」
手を強く引っ張ったサクラは、必殺の上目遣いでカカシに懇願する。
「本当はね、先生とベッドで勉強してるときよりも、こうして手を繋いで歩いているときの方が楽しいの。明日また頑張るから、今日はこのまま帰りましょう」
どのようなあえぎ声の出せばいいかはまだ分からない。
だけれど、カカシの喜ばせる方法なら十分に承知しているサクラだった。
あとがき??
ただのバカップルにしか見えないんですが・・・。
くの一も大変なんですね。そうして小悪魔なサクラ。
3のシリアスさはどこに行ったのかという感じが。あのままだとこっちも気分が滅入るので。
極端すぎたか。駄文投票ランキング3位、『透明な色をした少女のために』の続編でした。