砂の城 1
「ここはテストに出すから。ちゃんと復習しろよー」
教師は生徒達を見回して言ったが、昼休みを報せるチャイムを耳にした彼らは生返事をしている。
さして気にせず教材をまとめていると、数人の女子生徒が彼に駆け寄った。
「カカシ先生、私、お弁当作ってきたんです!よろしければ」
「ちょっと、先生は私のを食べるのよ」
「私だって今日は4時起きして頑張ったんだから!」
小競り合いを始めた生徒達に、カカシはまんざらでもない表情で笑っている。
「いやー、俺、最近ダイエット始めたからさ、食べられるのは一人分だよ。仲良くじゃんけんで決めてね」必死な様子な彼女達を遠巻きに眺め、いのは隣りの席にいるサクラと机を合わせた。
「あんたのお父さん、大人気じゃない。優しいし、授業も面白いから分かるけどねー」
「・・・うん」
「でも、カカシ先生とサクラってあんまり似てないわよね。並んでも親子だって全然分からない」
「私、お母さんに似ているみたいだから」
言葉を濁したサクラは、鞄から弁当箱を出しながら早々に話題を変えた。
ただ、似ているという表現は正しいとは思えない。
サクラとその母親であるさくらは、気味が悪いほど同じ容姿をしていた。
母親の昔の写真はそのままサクラが存在しているかのようだ。
カカシの古くからの知り合いは、皆、口を揃えて仲の良い夫婦だったと言う。
そうして、母親と同じ“サクラ”という名前。
サクラは自分を生んですぐ亡くなった母親に何の感慨もないが、唯一の肉親であるカカシに疎まれることだけは怖かった。学校では明るい性格の教師として通っているが、家でのカカシは寡黙だ。
必要最低限なこと以外、サクラと口をきこうとしない。
子供の時からのことですっかり慣れているサクラだが、普段のカカシを知っている者はそうした状況を誰一人信じないだろう。
本当に嫌われているのなら、早いうちに施設に預けられている。
おそらく、カカシはサクラを見るたびに死んだ妻を思い出し、辛く感じているのだ。
「お父さんに似ていれば良かった・・・」
「え?」
サクラの独り言にいのは箸を止めたが、彼女は黙って微笑しただけだった。
「カカシ先生、相変わらず人気ですねー」
職員室に帰ってきたカカシに対し、同僚の教師達がひやかしの言葉を投げかける。
苦笑しつつ応えていたカカシだが、向かったのは職員室にある流し台のそばだった。
足下にある生ゴミ入れの蓋を開けると、カカシは生徒から貰った弁当の中身を躊躇無く篩い落とす。「あれ、いいんですか?」
「胃がもたれますから」
不思議そうな顔をして見ている同僚に、振り向いたカカシはにっこりと笑って言う。
「かと言って、断って泣かれでもしたら困りますし」
「まぁ、そうですよねー」
すたすたと自分の席に行くと、カカシは鞄から本来の昼食を取り出した。
サクラの作った弁当。
これが、彼が娘と取る唯一のコミュニケーションだ。「そういえば、サクラはこの間のテストでもまた満点でしたよ。優秀なお嬢さんで羨ましい」
「ハハハ。俺は学生時代ずっと成績が悪かったですから。母親の方に似たんです」
弁当をぱくつくカカシは、何気なく窓の外へと目を遣る。
校舎裏を歩く桜色の髪は三階の窓からでもよく見えた。
肩を並べているのは、日頃から彼女に言い寄っているクラスメートのナルトだろう。
「頭だけでなく顔や性格も良いから、男子生徒に人気があるみたいですよ。父親としてはこれから心配ですねぇ」
「・・・そうですね」
「ナルト、今日は本当に駄目なんだって!」
「何だよ、帰りに“一楽”に寄るくらいいいだろー」
「駅前のスーパーが特売だから早く帰るの。それに、学校の行き帰りの飲食は禁止なんだからね!」
「ちぇーー」
ナルトはつまらなそうに口を尖らせたが、サクラの腕を掴んだままだ。
「じゃあさ、日曜日にデートしてよ。それなら今日は勘弁してあげる」
「何で私が譲歩しなきゃならないのよ」
「サクラちゃん、この間ジョニーの映画観たいって言ってたじゃん。俺がおごってあげるから」
「・・・うーん」にこにこ顔のナルトに、サクラの気持ちも段々と揺らいでいった。
ナルトは成績がドベの問題児だが、性格は悪くない。
むしろクラスの人気者で、サクラも度々“一楽”に行くのに付き合っていた。
「しょうがないわね、それじゃあ・・・」
「不純異性交遊、禁止―」
言葉と共に、ナルトは後ろから勢いよく頭を叩かれる。
思いの外強烈な一撃に、ナルトは思わず頭を抱えてかがみ込んだ。
その拍子に拘束の外れたサクラは、カカシの背後にかばわれる姿勢になる。「いってー!!先生、突然何するんだよーー」
「お前な、女子生徒をこんな人気のない場所に呼び出して何する気だよ」
「俺は別に、やましい気持ちはないってば」
「周りはそうは思わないの。散った、散った」
カカシに追い払われたナルトは、渋々ながら教室へと戻っていく。
あとに残されたサクラは、ナルトが消えるなり落ち着かない様子でカカシを見上げた。「あ、あの・・・」
「お前も早く戻れ」
不機嫌そうな呟きがもれるのと同時に、丁度チャイムの音が鳴り響いた。
泣きそうな顔で俯いたサクラは、踵を返して走り出す。
困っていた自分を、助けてくれたのだと思った。
だがそこには期待していた父親らしい表情はなく、冷たい教師としての顔があるだけだった。
あとがき??
元ネタは藤原薫先生。掲載誌を流し読みしただけなので、タイトルは知らない。
ほぼ、そのまんま。本当は暗い部屋に置くのもまずい話です。
あ、弁当の場面は昔の『高校教師』の京本さんね。(笑)