砂の城 2


初夏の陽気の中、二人の刑事がある家を目指して坂道を歩いていた。
額に滲む汗をハンカチで拭うのは、20年以上現場の第一線で活躍する年輩の刑事。
傍らにいるのは、今年配属されたばかりの新人だ。

「十年以上前の事件ということはそろそろ時効ですよね。わざわざ俺達が出向かなくても、いいんじゃないですか」
「俺はどの事件のことも忘れたことはない。未解決の事件はいつだって心に引っかかって、夢にも出てくるよ。これは一年に一度のけじめ、みたいなものだ」
「・・・そうですか」
新米刑事は年嵩の同僚の視線を気にしつつ、頭の中で事件の記録を反芻した。
「確か、新婚夫婦の妻の方が被害者でしたよね。当時は随分騒がれたけれど、結局犯人は分からずじまい」
「ああ。ひどい事件だったよ」

 

殺害されたのは、出産を間近に控えた妊婦。
自宅にいたところを何者かに襲われ、鋭利な刃物で体を数カ所刺された。
第一発見者である隣りの家の主婦は、血の海となった玄関を見るなりその場で気絶したらしい。
腹の中にいた胎児が無事に生まれてきたのは、まさに奇跡的なことだった。

「たしか、女の子だったんだよな・・・」
言いながら、年嵩の刑事はようやくたどり着いた家を見上げる。
白い外装に緑の屋根の、ごく普通の外観だ。
だが、過去に陰惨な事件があったと思うだけで、不思議と家全体に暗い空気が漂っているように見えた。

 

 

「どうも、ご苦労様です」
たいして進展のない捜査状況を聞いたカカシは、冷めた声音で返事をする。
月日が経てばそれだけ人の記憶も曖昧になり、証拠を探すことも難しくなっていく。
すでに警察が犯人を捕獲できると考えていないことは明らかだった。

通された居間で茶をすすった年嵩の刑事は、一つ咳払いをしてから話し始める。
「あなたは犯行の行われた時間の少し前に、電話で奥さんと話されたんですよね」
「ええ、予定日が近づいていましたから。気になって一日に何度も電話をかけていたんです。彼女と一緒に子供を育てるのを、楽しみに・・・・」
途中で、カカシは声を詰まらせた。
目頭を押さえたカカシは、涙で言葉を続けられなくなる。

声を殺して泣く姿はただのポーズではなく、彼が今でも妻を心から愛しているのだということは、自ずと伝わってきた。
あのような最後だっただけに、よけいに心に残っているのかもしれない。
「力が足らず、申し訳ございません」
刑事達には、そう言って頭を下げることしか出来なかった。

 

 

 

「ただいま」
外から帰ってきたサクラは、流し台にいるカカシに声をかける。
彼が洗っているのは来客用のティーカップだった。
「誰か来ていたの?」
「いや」
そっけなく答えたカカシは、蛇口を締めるとサクラに向き直った。
「どこに行っていたんだ」
「・・・・ちょっと、いのと買い物」
「嘘だな」
カカシは間髪入れずにサクラの言葉を否定する。
「本当は他のクラスの男子と遊びに行ったんだ。今時手紙で告白なんて、古くさいよな。遊園地は楽しかったのか?」

早口でまくし立てるカカシに、サクラは呆気にとられた。
確かにカカシの言うとおりだが、サクラは彼にそのことを話していない。
そして、親友のいのがカカシにもらしたとも考えられない。

 

「こんなちゃちな鍵を付けたって、簡単に開けられるんだよ」
呆然と立ちつくすサクラは、カーペットの上に放り投げられた小さな錠前を見るとすぐ事態を察した。
「わ、私の日記を勝手に見たのね!ひどい」
「黙って男と会っている方が悪いんだ」
怒鳴られたサクラは、手を振り上げたカカシに頬を叩かれた。
予想外のことに、サクラは頭の中が真っ白になる。
カカシがサクラの前で感情をあらわにしたのは初めてで、怒られた記憶も皆無だった。
怯えるサクラは思わず後退りしたが、手首を乱暴に掴まれ引き寄せられる。

「やっぱり、お前もさくらと同じなんだな」
「痛いよ!お父さん、やめて」
痣が出来るほど強い力で両手首を握られたサクラは、泣きながら訴える。
カカシの言動がまるで理解できず、ただただ恐ろしい。
サクラを見下ろし、楽しげに口元を歪めたカカシは耳を疑う事実を告げた。

「俺はお前の父親なんかじゃない」


あとがき??
非常に分かりやすい話です。
藤原先生の漫画を見たときも、最初からオチが分かって拍子抜けした覚えがある。
藤原先生の作品といえば、やっぱり意表を突くラストだろう、と思っていたので。
そういうところが好きだったんだけどなぁ・・・。作風、元に戻してくれないだろうか。

ここらで悪い予感のした人は早々にユーターンして下さい。


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