彼氏彼女の事情 3


ここ最近、サスケは妙な女に付きまとわれていた。
妙というのは、外見や行動ではない。
彼女は成績優秀、品行方正で今どき珍しいほど真面目な女子生徒だ。
教師や生徒の評判もいい。
だからこそ、あの日に見た光景がサスケには際立って変に思えるのだ。

 

「サスケくーーーんv」
屋上で昼寝をしていたサスケは、その声を耳にするなり逃げだそうと身を起こした。
だが、時はすでに遅い。
彼女はサスケの退路であるドアの前を陣取り、不敵な笑みを浮かべている。
「お弁当作ってきたの。一緒に食べよ」
「持ってきている」
「そんな菓子パン、おやつに食べた方がいいわ。私のお弁当は栄養バランスだってちゃんと考えてあるんだから」

サクラはとにかく強引だった。
人の話はまるで聞かず、自分の我を通す。
少しきついことを言うと涙目になり、結局サスケは大人しく従うしかない。
嘘泣きだと分かっていても、女や自分より年下の子供が泣くのはどうも苦手なサスケだった。

 

 

 

「この間のあれは、何なんだ」
「あれ?」
サスケにおかかのおむすびを手渡しながら、サクラは首を傾げる。
自分を探るように見るその眼差しで、裸を見られたときのことを言っているのだと思い至った。
確かに、最初の対面があれでは不審に思うのも仕方がない。
「ああ、あれねー」
エヘヘッと笑ったサクラは、照れくさそうに告げる。
「保健室でカカシ先生と寝てたの」

サスケの手から落ちたおむすびはころころとコンクリートの床を転がった。
ラップに包まれていたから良かったが、そうでなければおむすびを一つ無駄にしていたところだ。
気分を落ち着かせるために、サスケは唾を飲み込む。

 

「兄妹だと聞いた」
「あれは嘘。本当は夫婦なの。先生達に言われて仕方なく内緒にしてるけどね」
「・・・何で俺に話す」
「サスケくん、誰にも言わないでしょ」
にこにこと笑うサクラに、サスケは黙り込んだ。
目の前に広げられた弁当の入れ物。
これは、彼女なりのお礼の気持ちだろうか。
「口外しない。だからこんなことはしなくていい」
「嫌だ、これは口止め料なんかじゃないよ!サスケくんとの、お近づきの印」

ラブラブな夫がいるのに親しげな様子で自分に近づく彼女を、サスケはますます変な女だと思う。
気難しげな横顔を見つめ、サクラはくすりと笑った。
こうして近くで見ると、本当によく似ている。
彼女の愛しい旦那の、昔の姿に。

 

 

「そういえばさ、サスケくん、お母さんは?」
「・・・何で」
「いつも菓子パンがお昼ごはんだから。お仕事していて、作る暇がないとか」
「母は父が死んだ翌月に俺と兄を置いて出て行った。今は叔父の家から学校に通っている」
淡々と語るサスケに、おむすびを持つサクラは動きを止める。
そうして、神妙な表情でサスケの顔を覗き込んだ。
「連絡は?」
「手紙が来る。毎月」

長い間患った父が残したのは、母と自分達兄弟と、治療のために使った多額の金の請求書。
借金を返済するには、家や土地を売ってもまだ足りなかった。
どこかで生きているらしい母はその場所から細々と金を借りた人達に送金しているらしい。

叔父夫婦はいつも母をなじっている。
実の子供を捨てた薄情な女だと。
母からきた手紙を、一度も読むことなく机の中に放り込んでいるのは、自分の面倒を見てくれている叔父夫婦への義理立てか。
それとも、本当に捨てられたと知るのが怖いからか、サスケは自分でも分からない。

 

「良かった」
安堵の微笑を浮かべたサクラに、サスケは訝しげな顔つきになる。
「だって、迎えに来るつもりがなかったら手紙なんてくれないもの。きっとお母さんはどこかでサスケくん達と一緒に生活できる環境を整えるために頑張ってるのよ。早く来てくれるといいね」
明るく話すサクラを、サスケは無言のまま見据えた。
どんなに目をこらしても、彼女からは他の人間達のように、同情や偽善的な労りといった含みは感じられない。
ただ本当に、サスケの幸せを願っているだけだ。
そして、彼女の言葉は自分が一番欲しかったものだとサスケは知った。

「サスケくん、おかかと梅のおむすび、どっちがいい?」
サクラのおむすびには、きちんとおかかと梅の具の中身が分かるようにラップに目印が付けてある。
戸惑いながらも、おかかの方へと手を伸ばしたサスケに、サクラは楽しげに笑った。

 

 

 

 

「あなたの奥さん、2組の貴公子のサスケくんと噂になってるわよー」
資料を持って職員室にやってきたカカシに、英語の教師である紅が面白そうに近づいた。
女性全般に言えることだが、彼女もゴシップネタは大好きだ。
滅多に保健室から出てこないカカシにも興味がある。

「みたいですね」
「あら、余裕ね。つまらない」
「サクラは俺のところに戻ってくるんです。小さいときから、そうしつけてあるので」
振り向いたカカシは、微笑みを浮かべて紅を見下ろす。
「小さいとき?」
「小学校に入学してきた彼女を10年かけて洗脳したんですよ。俺のことを好きになるように」
「・・・・冗談」
「キスの仕方は5歳のときに教えたんです。体を仕込んだのはそれからまた5年後。あーー、懐かしい」
「・・・・・」

 

 

踵を返したカカシから離れると、紅は困惑した表情で自分の机に戻ってくる。
向かいの席にいる同僚のアスマは、不思議そうに彼女を見やった。
「どうした、紅?」
「カカシと話してると頭おかしくなりそう」
からかわれているのだと思うが、真顔で言うあたりが本当のようで怖くなる。
カカシが昔、サクラの通っていた小学校と中学校の校医をしていたことを紅が知るのは、それから一週間後のことだった。


あとがき??
全部本当のことなんですが。
サクラが通っていた小学校はエスカレーター式なので、中学校も同じ敷地だったのです。
本当なら高校もそこだったけど、結婚したので転勤したカカシ先生を追いかけて転校しました。
しかし、ここまでサスサクが幅を利かせるとは、思ってもみなかった。あれ。もしやこっちがメイン?


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