彼氏彼女の事情 8


サクラが家を飛び出してから一週間以上経つ。
彼女は一人暮らしをしているカブトのマンションから学校に通っている。
カカシの方は、毎日いつもと代わらず過ごしていた。
最初は気が動転したが、サクラがいなくなっても慌てることはない。

結末は分かっている。
だから、騒ぐ必要は少しもないのだ。

 

 

 

「サクラのことは諦めたのか」

医務室の椅子で居眠りをしていたカカシは、その声に目を開ける。
薬棚の前で、腕組みをして立っているのはサスケだ。
カブトとの話は、サクラから聞いていた。
サスケにしてみれば、カカシよりも年の近いカブトの方がまだ与し易い。

「俺がもらうぞ」
「出来るものならね」
背もたれに体重をかけたカカシは余裕の笑顔で答える。
「それに、そろそろ音を上げるころだと思うんだな」
鼻歌を歌い出しそうな声音で言うと、カカシはにっこりと微笑んだ。
その直後に、タイミング良く扉が開かれる。
「やあ、いらっしゃいー」

 

にこにこ顔で手を振るカカシを、入ってきたカブトは苦々しい顔つきで見つめている。
「あなたは、恐ろしい人ですね」
「有難う」
「サクラさんに、どんな暗示をかけたんですか」
怒りのこもる瞳で見据えられても、カカシは笑顔のままだ。
話の見えないサスケは、怪訝な表情で二人を傍観している。

「サクラはねー、俺がいないと段々弱っていくように、10年間でじっくり体に教え込んできたの。食事が出来なくなるように、睡眠も取らないように、他に何も考えられなくなるように。今日、サクラが休んでいるのは立ち上がる元気もなくなったからかな」
楽しげに語るカカシだが、保健室の空気は笑いとは無縁のものだ。
驚愕の眼差しでカカシを見るサスケの横で、カブトは努めて冷静に訊ねる。
「そんな馬鹿なマネして、あなたがいなくなったらサクラさんはどうなるんですか」
「死ぬよ」

 

おもむろに立ち上がったカカシは、てくてくとカブトの手前まで歩いてくる。
カカシの眼で見て、彼は真剣にサクラを想っているようだった。
それなれば、一緒にいられずとも、彼女を生かすことを選ぶはずだ。
自分と違って。

「サクラ、迎えにいってあげるから、住所教えてよ」
「・・・・思い通りに操って、あなたはサクラさんの神にでもなったつもりですか」
「まさか」
両手を広げたカカシは、大袈裟に驚いてみせる。
「傅いているのは、昔から俺の方だよ」

 

 

一目見たときから、欲しいと思った。
疑うことを知らない愚かな子供。
だからこそ彼女がいとおしい。
サクラが望めば、いつでも命を捧げる。
優しい彼女は、そんなことは思いもしないだろうけれど。

 

 

 

寝室で掛け布団にくるまって横たわるサクラは死んでいるようだった。
目を瞑った青白い顔は人形めいて、呼吸も浅い。
床に膝を突いたカカシは、一瞬の躊躇いのあと、慎重にその頬に触れた。

「サクラ」

それが彼女を起動させる唯一の呪文だったかのように、サクラはゆっくりと瞼を動かす。
思う通りの人物を見付けたサクラは、微かな微笑を浮かべた。
「・・・先生」
「帰ろう」
「カブトさんは?」
「新しく好きな人を見付けて、部活にも入って友達が出来たから、サクラはもういらないって」
「・・・そう」

カカシは納得して頷いたサクラを抱え上げた。
驚くほど軽い体重。
自分が言い聞かせたせいとはいえ、このまま消えてしまいそうで不安になる。
「水、飲むか」
「いらない」
首を振ったサクラは、力の入らない手でカカシにしがみつく。
「先生の方がいい」

 

 

かさかさに乾いた唇は、あきらかに水分を欲していた。
それでも、飲み水よりも自分を渇望する細い声に憐れみを感じ、そして、救われる。
神は間違いなく彼女の方なのだ。


あとがき??
いつからこんな怖い話になったんでしょうか。おかしいな・・・・。
サスケくんも少しだけ友情出演。
書き終えて気づいたけれど、秋里和国先生の『THE B.B.B.』にこんなエピソードがあったな。
ガイがいないと食事が出来なくて倒れるししまる。懐かしい・・・。

どこまで書けばいいのかよく分からないので、たぶんこのシリーズはここで終わり。
カカシの元カノが登場する話とか、カカサク出会い編(小学校編)とか書くはずだったのに、気力つきた。
まぁ、ご要望があれば。


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