彼氏彼女の事情 11


サクラが古い写真が並ぶそのアルバムを見始めたのは、ほんの暇つぶしのはずだった。

本棚の隅に置かれていた一冊のアルバム。
カカシが学生時代に撮られたもので、同じ年頃の彼をサクラは顔を綻ばせて見つめる。
クラブ活動は掛け持ちしていたらしく、野球やサッカー、美術部から陶芸まで、学園の様々な場所で写っていた。
サクラは自分も混じれたらと思うが、それはかなわぬことだ。
少しだけ寂しさを感じつつページをめくっていたサクラは、ある一枚の写真に目を留めた。

カカシと共に写っている、セーラー服の美少女。
文化祭の最中なのか、周りは賑やかな様子だ。
彼女がただカカシと二人で肩を並べているのなら、サクラも気にしなかった。
問題は、彼女がカカシに抱きつき、カカシがひどく慌てているという構図にあった。
「先生、顔が真っ赤・・・・」
呟くのと同時に、サクラは胸の奥に強い痛みを感じる。
カカシは、おそらく彼女のことが好きだったのだろう。

今、彼はサクラと結婚していて、二人の間は順調だ。
それなのに、昔のことを気にしてしまう自分は、心の狭い人間なのだとサクラは思った。

 

 

 

 

毎週月曜日、校庭に生徒が集められて行う全校集会。
照りつける太陽の下、長々と続く校長の話は教師にも生徒にも不評だったが誰も文句は言えない。
額から滲んだ汗を拭きつつ横を向いたサクラは、教師の集団に混じったカカシが自分に手を振っているのを見て顔を綻ばせた。
サクラの目に、こうした仕草が何とも可愛らしく映るのだ。
反射的に手を振り替えそうとしたサクラは、周りの生徒達のざわめきに、朝礼台へと顔を向ける。
思わず、声をあげそうになった。

つい数日前、アルバムで見かけた、カカシと親密なセーラー服の美少女。
彼女が、校長と共に朝礼台の上に立っている。
年を重ねて面立ちや髪型は変わっていたが、間違いない。

「産休の山田先生の代任としていらっしゃられた、音楽の先生です」
「こんにちは」
校長の紹介に続き、彼女はよく通る高い声で話し始める。
美人なうえに声も綺麗なのかと見惚れている生徒はサクラだけではない。
我に返ったサクラがカカシに目を遣ると、彼が尋常ではないほど驚いているのが分かった。
何事も、飄々と受け流してしまう彼が、あれほど動揺しているのは珍しい。
新任の教師の話はまだ続いていたが、サクラは不安げに彼女を見つめ続けていた。

 

 

 

「・・・先生、遅い」
早めに帰宅し、カカシの好きなものばかりを集めた夕食を作ったサクラは肩を落として呟く。
時計を見ると、時刻は8時を過ぎている。
何か用事が入れば電話がかかってくるはずだが、今日はそれもなかった。
「どうしたのかな」
テーブルの料理を見つつため息を付いたサクラは、聞こえてきたチャイムの音に目を輝かせる。
「先生!」

駆け出してたサクラは満面の笑みで扉を開けたが、そこに立っていたのはのは彼女が望む人物ではなかった。
集会で見た新任の女教師だ。
「こんばんは」
「・・・あ、あの、カカシ先生、まだ帰っていないんですけど」
「知ってる」
おずおずと見上げてくるサクラに、長身の彼女は笑顔で答える。
「え?」
「ああ、気にしないで。お邪魔してもいいかしら」
すでに体の半分ほど扉の中に入っている彼女に対し、サクラは拒むことが出来ない。
自分の不在中は他人を家に入れるなとカカシに厳しく言われていたが、彼女はサクラの通う学校の教師で、カカシの知己でもある。
警戒する必要はないと判断したサクラは、それが大きな間違いだということに気づいていなかった。

 

 

「あら、懐かしいわねぇ〜」
居間に通した彼女にそのアルバムを渡すと、嬉々とした表情でそれを見始めた。
茶をテーブルに置いたサクラは、彼女に促されてソファーの隣りに腰掛ける。
アルバムに夢中になっている彼女を盗み見たサクラは、その白くて細い指先、大きな瞳と長い睫毛、薄くルージュのひかれた唇に目が釘付けになった。
服のセンスも良く、自分が男ならばまず放っておかないと思う女性だ。
忍と名乗った彼女を横目に、サクラは自分の感情を抑えきれずに問い掛ける。

「忍生先生は、カカシ先生と昔お付き合いをしていたんですか」
「え?」
「あの、普通の親しい友達ではなくて、彼女というか、恋人というか」
「恋人・・・・」
きょとんとした彼女は、一度アルバムに目を落としてからにんまりと笑う。
「分かっちゃったかしら」
「・・・やっぱり」
「今回、代任の教師として学校に来たのも偶然じゃないのよ。結婚したって風の噂で聞いて、どうしても会いたくなったから」
「・・・・」
目の前に彼の妻がいるというのに大胆な発言をする彼女に、サクラは思いきり動揺した。
体を縮こませたサクラを見て、カカシの元カノである女教師は彼女の肩に手を置く。

 

「気にしないで。私が今好きなのは彼じゃないから」
「・・・は?」
サクラが振り向いたときには彼女の顔はすぐ間近にあり、避けることは不可能だった。
突然のキスに仰天したサクラだが、彼女の力は思いのほか強く、はねのけることが出来ない。
「え、ちょ、ちょっとまっ・・・・」
何とか顔を背けても、体をソファーに押しつけられて再び唇を奪われる。
押し倒され、服の間から手を差し入れられている事実にサクラの頭はパニックに陥った。
「やっ、嫌!!」
理解は出来なくとも、危機的状況だというのは分かる。
遮二無二、手足を動かして抵抗したサクラは、彼女の体に押し当てた掌の感触に愕然とした。

「胸がない・・・・」
自分もある方だとは言えないが、彼女のは尋常ではない。
僅かな膨らみさえもなかった。
呆然とするサクラを見下ろした彼女悪戯な笑みを浮かべて告白する。
「だって、私、男だもん」
「・・・・え、えええーーーー!!?」

 

絶叫するサクラは頭の中で事態を整理しようと必死になる。
彼女は外見はどう見ても女、だが男だった。
カカシの元カノだと言ったが、よく考えてみれば、カカシは小、中、高と男子校だと聞いた覚えがある。
そして彼女ならぬ彼は、自分にのし掛かっていて、カカシは不在。
サクラの顔からは一気に血の気が引いていく。

「やだやだーー!!先生―!」
「呼んでも来ないわよ。カカシは足止めしてあるから」
楽しげに笑った彼が襟元を引っ張ると、サクラの服のボタンが飛んで床に落ちる。
女のような容姿だが、確かに腕力は男のものだ。
涙目になったサクラが全てを諦めそうになったとき、掴まれている手首の力が急に弱まった。

 

「おーまーえーはーーー、保健室に外から鍵を付けて閉じこめるなんて悪質な嫌がらせしやがって!!電話線まで切るなんて、どういうつもりだ!!!」
突然現れたカカシに背中を蹴られ、彼は躊躇いがちに後ろを振り返る。
「思ったより早かったねぇ。まだサクラちゃんに挨拶している最中なんだけど」
「それがお前の挨拶か!」
彼を強引にどかすと、カカシは放心しているサクラの腕を引いて抱き寄せた。

「可哀相にねー。変なオカマはすぐ追い返すから、大丈夫だよ」
「・・・先生」
安心して泣き出したサクラの頭を、カカシは優しく撫でる。
「やあねー、冗談に決まってるじゃない。親友の奥さんに本気で手を出すわけないでしょー」
「やりすぎなんだよ、お前は」
不満げに口を尖らせる彼に、カカシは目をつり上げて言った。

 

 

 

「カカシに飽きたら、いつでも私のところに来てね」
「はぁ・・・」
先程とは打って変わり、穏やかな口調で喋る彼にサクラは生返事をする。
向かい合わせに座って食事をしながら、サクラは疑問に思っていたことを全部聞き出した。
文化祭の喫茶店で面白半分に女性店員に扮したところ、その格好が気に入ってしまい、彼は卒業してからも女物の服で生活しているらしい。
写真の中でカカシの顔が赤かったのは、本気で嫌がっていたからだというのも分かった。

「でも、水くさいわねー。結婚するなら電話くらいしてくれたって・・・」
「お前が邪魔するからだよ。人の女、いつも横からかすめ取りやがって」
「親友だから、女の子の趣味も共通なのよ」
笑いながら茶をすすると、彼は目の前にいるサクラを舐めるようにして眺めた。
「サクラちゃん、思ったとおり私の好みのタイプ・・・・・どうしても会ってみたかったのよね」
「見るな、サクラが減る!」

カカシに肩を抱かれながら、サクラは痣が出来るほど強く握られた手首をちらりと見やる。
彼は冗談だと言ったが、あのときの目はどう考えても本気だった。
とはいえ、カカシの親友である彼に強くは言えない。
一抹の不安はあるものの、彼が赴任してきたことで、明日からまた賑やかな日々が始まることだけは確かだった。


あとがき??
前々から書きたかった話をようやく完成できて良かったです。(涙)
私の話には女装の男(美人)がよく登場しますが、好きなんですね。実際そばにいたらどうかと思いますが。
忍先生の名字は「蒲生」です。「蒲団」ではありません。(^_^;)
丁度『マンハッタンラブストーリー』が再放送していたから、つい。
忍くん、ごめんね。

忍先生は、もしかしてカカシ先生のこと好きなのかなー?と思ったんですが、本当にカカシ先生と好きな女性の趣味が共通しているだけのようです。
よって、ちまくて可愛いサクラは、思わず押し倒してしまうほど直球ど真ん中のストライクみたいですね。
・・・・サクラ、大丈夫なのか。
忍先生は音楽の先生なので、声色と遣うのも得意ということで。
このシリーズ、ここまでサクラ総受けになるとは、思いもしなかったです。

『彼氏彼女の事情』に投票してくださった皆様、有難うございました。


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