Cups 1
高い物ばかりねだり、真夜中でも構わずに呼び出し、他人の忠告には何一つ耳を貸さない。
まるで我が儘が服を着て歩いているような女性だった。
カカシが彼女と付き合いだしたのは、3年も前のことだ。
自分から告白をし、どんなことをしても手の入れたいと思った初めての人。
カカシは彼女を心から愛していた。だから、何があっても許せる。
彼女が側にいれば、他に望むものはないはずだった。
「こんなの、もういらない」
冷たい声音で言い放つと、彼女はリボンを巻いた小箱を放り出す。
方々手を尽くして探し出し、大金を叩いて購入したアクセサリー。
でも、手に入った頃には、彼女の関心は他のものに移っていた。
カカシが足元に転がった小箱を拾うと、彼女は背中にのし掛かってくる。
「ねぇねぇ、次の日曜日、映画に行きましょうよ。観たいのがあるの」
「その日は前から仕事が入っているから駄目って言ったでしょ」
「知ってるわよ」
笑顔のままの彼女は、カカシが自分の言葉を肯定すると信じて疑わない。
事実、カカシが彼女のために任務を放棄して火影に説教されたことは、一度や二度ではないのだ。
だけれど、今回ばかりはそういうわけにいかなかった。「火影様、直々の命令なんだ」
小さく呟いたカカシは、支えを失った彼女が転ばないよう注意しながら立ち上がる。
思い切り頭を叩かれ、カカシが振り向いたときには彼女はすでに玄関に向かって足早に歩いていた。
ため息を付いたカカシは、乱暴に閉じられる扉の音を聞きながら、彼女が散らかしていった部屋の片付けを始める。
機嫌を損ねた彼女をなだめるために、あと幾ら散財すればいいのだろうかと考えながら。
「先生」
肌に押し当てられたひんやりとして感触に、カカシは顔をあげてその人を見つめる。
カカシに水滴のついた竹筒を押し当てていたのは、彼の教え子であるサクラだった。
「水、くんできたわよ。冷たいでしょ」
「ああ、有難う」
受け取りながら礼を言うと、サクラはにっこりと笑ってカカシの隣りに腰掛ける。
その日の任務は、とある屋敷の草むしり。
休憩時間、7班の面々は木陰で休んでいる最中だった。「ナルト達は?」
「トイレを借りに母家に行ってる。すぐ戻ってくるわよ」
「そう」
隣りで体育座りをしているサクラを、カカシは何気なく見やる。
付き合っている恋人を除いて、一番近くにいる女の子が彼女だ。
ポケットの中に入ったままの物を始末するには、丁度良いと思った。「え、何?」
カカシが自分の首筋に触れたことに仰天したサクラだったが、それは首飾りを付けるためだったとすぐ気づく。
彼女に渡して、突き返されたプレゼント。
自分がするわけにもいかず持てあましていたのだが、サクラならばつけていてもおかしくはない。
光る石を不思議そうに眺めるサクラに、カカシは笑いかける。「サクラにあげるよ」
「え!駄目よ、こんな高価なもの」
「いいんだよ。サクラに似合うから」
驚きに目を見張るサクラの頭を、カカシは優しく叩いた。
「ナルト達には内緒ね」
顔を近づけたカカシの瞳を、サクラは見詰め返す。
サクラの頬がほんのりと赤かったことに、このときカカシはまるで気づいていなかった。
「カカシ先生、一緒に帰ろう」
任務終了後、サクラの珍しい誘いに、カカシは申し訳なさそうに目を伏せる。
「任務の報告書、提出しないといけないし・・・」
「待ってる」
「そう?」
にこにこ顔のサクラが手を伸ばすと、カカシはそれを掴んで歩き出した。
アカデミーまでの距離は長い。
取り留めのない話をしていた二人だが、その足が止まったのは、カカシがあるものに気を取られたからだ。「先生?」
訝るサクラは、カカシの目線を追う。
雑踏の中、仲が良さそうに腕を組んで歩く男女二人連れの片割れは、まさしくカカシの恋人だった。
自分に全く無関心ですれ違った彼女を、カカシは振り返って見ている。
「先生の知り合い?」
「・・・いや」
不思議そうに訊ねるサクラに低い声で答えると、カカシは表情を変えることなく踵を返した。知らなかったといえば嘘になる。
自分は彼女が親しく付き合っている男の一人。
気づいていながら離れられない方が馬鹿なのだ。
「あのね、先生、週末に花火大会があるの、知ってる?」
「・・・ああ」
「私と一緒に、行かない」
「いいよ」
内心の動揺を隠せないカカシは、よく考えることなく返事をする。
嬉しそうに顔を綻ばせたサクラを見ていれば、カカシもまた行動を取っていたかもしれなかった。
あとがき??
彼女の気持ちを知らないとはいえ、別の女性のために買ったプレゼントをサクラに渡す先生は最悪だな。
辛い。いのちゃん、助けて・・・・。